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日の出時刻と厄介な疑問(2)

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単純ではない日の出時刻

日の出最遅のピークは冬至より後にずれ、日の入最早のピークは冬至より前に訪れる。
前回の繰り返しになりますが、一年中で最も日の出時刻が遅いのは冬至であってしかるべきと考えそうなところだけれども、実際にはそうはならずに、冬至を10日あまり過ぎた1月の初旬となり、同様に、最も日の入が早い日は、冬至よりずっと前の12月の初旬となるのはなぜなのかという問題でした。

この問題は、実は私が子供の時分に長いこと不思議に思い続けていた問題でした、分からないといっても、少し考えれば分かりそうな問題だったので、書物などを調べることなく何とか自分で答えにたどり着こうと、人知れず頭をひねっていた記憶があります。しかし、結局、正解にはたどり着きませんでした。

では、その正解とは・・・これが、表題で「厄介な疑問」としたように一言で竹で割ったように説明することがしづらいのです。
ちゃんと説明しようとすると興味の薄い方は、ますます興味がなくなるようなものなので、詳細については、ここではその分野のサイトで説明しているのを紹介するにとどめ(最下段参照)、正確ではないですが、ごくごく平たく説明しておきます。

【説明】
(1)まず、問題の基礎として、時間・時刻というものを理解しなければなりません。
私たちが通常に使用する時刻というものは「平均太陽時」というものを使っています。
もともと、1日(天空を太陽が一周してくる時間)の長さというのは、太陽の実際の動きで決められていました。これを「真太陽時」といいます。

(2)しかし、地球の地軸の傾きと、太陽を公転する軌道は正円でないことから、そのままだと1日の長さが年間を通すと長くなったり短くなったりしてしまいます。そこで、平均値を取ることで1日の長さを無理やり均一にしました。これが「平均太陽時」です。

(3)そして、上記の理由で実際の太陽の南中時間はいつも一定ではないということが生じます。
 東京の南中時刻でみると次のとおりです。
  年間平均    11時41分
 (それぞれ、変化のピークごろの南中)
  2月11日ごろ 11時55分(遅)
  5月14日ごろ 11時37分(早)
  7月26日ごろ 11時47分(遅)
 11月 3日ごろ 11時24分(早)

(4)ここで、実際の南中時間が遅れると言うことは、実際の日の出時刻も遅れるということに注意してください。 

(5)一方、真太陽時で考えたなら冬至では最も日の出時刻が遅く、冬至を過ぎた後の日の出の時刻は、当然だんだん早くなります。

(6)しかし、これに(3)・(4)のような南中時刻の遅れ=日の出時刻の遅れというものを併せて考えると、冬至過ぎの時期は、南中・日の出時刻が大きく遅れている時期にあたり、この遅れる程度が、(5)の冬至を過ぎて日の出が早くなる程度を上回っているのです。

(7)このため、日の出時刻は、冬至以降も引き続き遅くなり、遅れの程度を早まりの程度が追い越す1月7日ごろをピークとし、それ以降になって、やっと実際に日の出時刻早くなってゆくことになるのです。

どうでしょうか、分かりづらかったと思います。
もちろん私の理解不足もあるでしょうが、正確さより分かりやすさを心がけて書いてもこのようになってしまいます。
自然の原理というのは、複雑そうなものでも得てして単純なのですが、これは、自然の原理に加え、人の手による原理である「平均太陽時」というものがからんだ問題であるためなのか、すっきりした回答でなくちょっと悔しい思いです。

【もっと詳しい説明】
  ・こよみのページ
  ・横浜こども科学館/(財)横浜市青少年科学普及協会

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愛宕山

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横尾林道から嶺岡愛宕山を望む

愛宕山といえば、まず千葉県最高峰の嶺岡愛宕を思い浮かべる。最高峰とはいっても、標高408mだから、普通の県なら裏山程度にしかならない標高である。
いかに千葉県が日本一低い県なのかとわかるだろう。
愛宕というのは、修験道に関する言葉で、京都の愛宕山(標高924m・嵯峨の山)がその総本山となるだろうか。なんでも、修験道の最高の秘法に「愛宕の法」というのがあるそうだ。はたして、どのような技であるのだろらか。
愛宕山という山名は各地に少なくないけれど、ほとんどの山頂に愛宕権現が奉られているらしい。
大雑把に言って、京都の総本山以外の愛宕山は、ほとんど標高というか、麓から山頂までの比高が低く、庶民の足でも1日の範囲で家から山頂へ往復できるところが、登拝の対象であったことを物語っているのかもしれない。
さて、嶺岡愛宕山に話をもどすと、この山は他の多くの房総の山々の例にもれず、さして目立った特長もなく、愛宕山という同名の山が周辺にも多数ある※ことも手伝って、房総第一の高峰としては、いかにも名が通っていない。
この山の山頂は、やはり愛宕の祠があるという。400mそこそこといっても、地元の最高地点、一度はそこに立ってみたい気がするが、現在は航空自衛隊の基地内にあり、入ることもままならないのは残念である。
愛宕山のある連なりを嶺岡山系というが、この尾根伝いに嶺岡中央林道という、かつては総延長26kmという房総随一のロングダートがあった。外房の鴨川から内房の鋸南まで、東から嶺岡中央林道2号・1号・4号・3号線と続き、路面はすこぶるイージーで、面白みはなかったかもしれないが、右に左に見渡せる景観、西の3号線などは三浦半島・富士の景色も楽しめた。
嶺岡愛宕があるのはこのうち1号線で、東側の林道入口の2~3kmは当時から舗装されていて、自衛隊最優先となっていたのも今と変わらない。
楽しめた景色そのものも、当時と変わらないのだと思うが、全線が舗装されてしまった今、どうしても足が遠のいてしまっている。

※愛宕山は房総に地図に載るだけでも7~8はあるし、実際にそう呼称されているものは、さらに多数に上ると思われる。林道で馴染みが深いもので、田取林道の愛宕山や保田見林道近隣の愛宕山などがあり、また、房総ではないが、銚子の愛宕山などは、地球が丸く見える丘などとよばれ、その麓に2年ほど住んだこともあって自分としては特に馴染みが深い。

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温泉水の起源

温泉の水・湯というものは、どこから来るものだろうか?
ごく若い頃は、地中にしみ込んだ雨水が、火山性の熱源に触れ、暖められたもの程度に漠然と考えていたのだが・・・

温泉そのものに興味を持つようになって、温泉の成因については、熱源と水そのものの起源は別個に考える必要もあると感じてきた。
温泉の成因として、地殻のプレート運動が非常に大きな要因であることは、世界中の温泉地の分布を見れば明らかだけれども、そのプレート運動を要因とする火山活動が、直接、温泉にどれだけ影響しているのかは、よくわからない。
いや、火山周辺の硫化水素を多く含有する温泉は、少なくとも熱源については火山活動の影響をまともに受けているだろうことはわかるのだが、火山から遠く離れた地でありながら、高温の湯を産する温泉(古くからの有名どころで言えば、南紀の温泉や常磐の温泉などはその例)などは、なぜそんな高温なのか?
そして、その水はどこに由来するのか?また、温泉は水温にかかわらず、内包する成分量によっても定義されているわけであるが、その成分は地中の岩石などから流れ出して供給されるものであるのか?

一説に、温泉の水は地球の形成とともに、地球内部で生成された水分子を主起源とする考えがある。つまり、温泉の水が地表で空気に触れるとき、それがその水の大気と初めての出会いであるということで、いわゆる「処女水」というわけである。
ロマン溢れる話ではあるが、各地での詳細な起源研究の結果は、残念ながらそのような結論を示していない。

現在考えられている最も有力な説は、循環水説といわれ、あまりに意外でなくてさみしいが、降水が地中に染み入って、地中で火山性の熱源を吸収するとともに、火山性のガス・周囲の岩石の成分を溶解して、何らかの理由により地表に再度湧出するという、たいてい誰しもがそう思うのではないかという説である。
もう一つ、岩漿水説といわれるもので、温泉水はマグマの揮発成分を主体とし地表で、湧出するまでの間に、これに多少なりとも地下水が混入すると考える説である。
ほかにもマグマ起源で諸説あるのだけれども、近年の酸素・水素の同位体研究によっては、マグマ起源の水はほとんど入っていないとされ、結局循環水であるという結論に行き着いてしまうのかもしれない。

温泉の熱源についてはここで触れないけれども、ともかく、温泉一つ考えてもなかなか、地中の出来事を簡単に理解するのは難しく、地球のシステムの複雑さを思い知らされて、逆にうれしく感じる。

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浜荻林道(現地より)

房総の海沿いにR128を南下、天津小湊から鴨川に入る少し手前、右下に見慣れた黄色い標識。入ってみると、ダートが4km続き、景色もなかなかの道。後半、登坂部から削掘進行中っぽい感じで、最後は工事中であった。
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追)削掘中の道は、方向から見ると郷台林道(保護林内で年中閉鎖)方面へ伸びていた

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房総の林道~冬の林道の楽しみ方

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袖ノ木林道の陽だまりで・・・

林道のシーズンといえば、やはり夏になるだろうか。
ほとんどの草木は生き生きと緑に生い茂り、あるものは花を咲かせ、また、群生して目を楽しませてもくれる。昆虫も最も勢いを増し、花に、樹液にと集まってくる。
林道の路面は、長い雪の季節が有るところでも、すっかり姿をあらわして、また、雨季や台風などの影響がないわけでもないが、四季を通じれば最も安定してくる。

一方、転じて冬季はどうなるか。
問題は雪による閉鎖で、入ることさえままならなくなってくる。仮にはっきりとした閉鎖がなかったとしても、物理的に困難が有る。
雪の山道はそれなりに、いや、かなり魅力的ではあるのだけれども、そのようなところに、手前勝手な興味・道楽のみで単独で入り込み、動けなくなったといって救助を求めるような他人に迷惑をかける愚は冒してはならない。そもそも、自身の身体の安全すら考えなければならない条件の下でのこととなるのだから。

と、まあ、冬の林道はオフシーズンなのだと言っているようでもあるが、それは、積雪のある山の林道の話しであって、全部が全部必ずしもそうではなく、それなりに楽しめる林道も中にはある。

関東周辺において房総の林道の存在は自分にとって身近であり、また、冬場の楽しみである。
暖かな房総とはいっても、気温は南国というほどのものではないけれども、とにかく、雪が滅多なことでは積もらないのが一番助かる。そして、自宅から1~2時間の距離にあるというのも非常にありがたい。
小春日和の日を選んで、気分次第で気軽に出かけてゆき、陽だまりを捜して景色を楽しみながら、お昼やお茶をいただくのは、極上の気分である。

冬にお気に入りのコースは、
小湊鉄道つきざき駅近隣から入ってゆく月崎大久保林道を経て大福山林道に至る、とっても素朴な大福山コースがひとつ、
また、亀山湖より少々南下した君津市香木原あたりから香木原林道(舗装)で入山して、渕ヶ沢奥米林道(舗装)を経て袖ノ木林道で鴨川方面の景色を見ながらお昼、高山~横尾~大山と珍しくダートが連続する房総中央コースなどは、房総の林道の王道といったところかもしれない。

大福山コースは、紅葉時期もなかなかだが、冬のひっそりして、静かな環境は心が和む。紅葉の時期は、この時期に限り歩行者/ハイカーが林道にも入るので注意が必要。実際、車は置いて、足で歩くと更に紅葉の楽しみが広がるエリアではある。紅葉時期は11月終わりから12月と非常に遅い時期になる。
一度、このコースで雪に出会ったことがあったが、まあ、走行に支障があるほどで無し、景色のみは、ちょうどいい加減に木々が雪をかぶって、大変感激した覚えがある。
すべての木々が落葉する北関東などの山と違って、房総の山は冬も緑が残るのだけれども、そうかといって深い常緑樹の中というわけではなく、やはり、落葉により冬はずっと道が明るい。

房総中央コースは、総じて尾根伝いのコースであるから、空の開けたところも多く、より明るい道が続く。また、南に開けているところが多く、北に少しだけ山を背負っているので、北風を遮ってくれることもあって、冬もポカポカと暖かいところが多い。なにより、向かいの峰岡山系の山々と太平洋を見渡す景観がすばらしい。
私が房総の林道で、冬の一番の楽しみにしているのは、袖ノ木林道の中途の陽だまりに陣取って、鍋焼きうどんを火にかけ、アツアツのうどんをすすりながら、くつろぐこと。近くに安房高山、向かいに峰岡愛宕山・峰岡浅間山を望み、鴨川の町並みの向こうに青々と黒潮の流れる海を見晴らす。頭上には房総の山特有の地層が顕著な切り通しの断崖が迫り、さらにその上を鳶が円を描いて飛んでいる。
なんとも、のどかで平和なひとときである。

千葉の林道一覧

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黒姫山麓での雪遊び(現地より)

黒姫山麓を訪れた。 事前には心配していたが、昨日は曇り、そして、本日は快晴と絶好の天候下、大人も子供も、雪遊びに興じている。いっしょのDEFENDERは8台ほど 黒姫山もくっきりと山体を見せてくれた。
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山名考

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冬の妙高

山名考
こういう分野があるという。「さんめいこう」、読んで字のごとく山の名前を考察する。地域の歴史や人文を背景として、その山がどういう訳でそう呼ばれるのかを推察、思考するらしい。
必ず正解を得られるものでなく、いや、むしろ検証のしようもないわけだから、答えがないといえばそうなのだろうが、ひどく深みにはまった、その姿勢が興味をそそる。
妙高山という山がある。そう新潟県南部で、長野との県境に近く日本百名山に数えられる標高2,454mの名山である。
元々は、越前~越後の「越の国」(こしのくに)の中ほどにある名山ということで、越の中山と呼ばれたという。
「中」山は、万葉仮名で「奈加」と書かれた。そして、いつしかめでたい字の「名香」に改められ、さらに、その音「ミヨウ・コウ」が転化して「妙高」となったと説明されている。
真実かもしれないし、まったくのマユつばものなのかもしれない。
「こじつけ」といったら、それまでだけれども、そこへ辿りつくまでの下調べと洞察にはなかなか感心する。
(名香という地名は残っているらしい)
自分の身近にある何気ない山、特に私が住む房総には全国的に見れば見るべき山はないのだけれども、こうした山の名前を探る目で、一つ一つ見てゆくと、あらためて親しみを覚えるとともに、地域の人々と共に流れた年月に思いを馳せてしまう。
さて、明朝は、その妙高山のお隣り、黒姫山の麓に向かう。あいにくの天候のようだが、雲の切れ目から、夏のほうがよく見慣れているあの山体を少しでも拝めればよいのだが・・・

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日の出時刻と厄介な疑問(1)

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海に沈む太陽

もはや、正月気分も抜け、仕事の山に奔走する日々をお過ごしの方々も少なくはないのでしょうが、ここでひとつ初日の出にちなんで、日の出、日の入の話。

日の出の時刻というのは、太陽がどういう状態を指すのか…というのは、本稿の主題ではないのですが、まずは、復習の意味でそこにも触れておきましょう。

太陽は、点ではなく大きな視角(見かけの面積)があります。したがって、地平線を通過するのにも時間がかかるわけです。そして、日の出・日の入、もしくは、日出・日没というのは、太陽面の最上点が地平線上に見える時刻を標準とするものです。つまり朝は、少しでも太陽が顔を出そうとした瞬間、夕方は沈み始めた太陽の最後の光が消える瞬間ということになりますね。
日出・日没は、天文学的なきまりごとですが、狩猟法などの法律でも使われ、最高裁判所以前の大審院の判決(大正11年6月24日)には具体的です。あまり興味ないかもしれませんが、気になるようでしたら調べてみてください。

ついでに申しますと、月も太陽のように視角があるのですが、こちらは太陽と違って満ち欠けがあります。このため、太陽と同様にすると、欠けた部分の昇降はまず確認できないわけもあって、天文では、中心点が地平線を通過する時刻を月の出没時刻としているという違いがあることは、一般にあまり知られていないかもしれません。


それでは、本題。
一年中で最も日の出が遅い日はいつなのかご存知でしょうか。
日の出から日の入まで、つまり昼間の時間が最も短いのが12月下旬の冬至であることは言うまでもありませんが、普通に考えたら、最も日の出が遅いのも冬至であると考えそうなところです。
けれども、実際にはそうはならずに、冬至を10日あまり過ぎた、1月の初旬となるのです。
もちろん、冬至に比べて昼間の時間のスタートに出遅れた分、日の入時刻は朝の遅れ以上に冬至よりも遅くなっていて、トータルの昼間の時間で冬至が最も短いわけですが・・・
また、これに対応するように、一年中で最も日の入が早い日は、冬至よりずっと前の12月の初旬となっています。

新聞の日々の暦欄を調べたり、天文年鑑などを見ていただければ、以上のようなことは確認できますし、人によっては、日常の生活の中で体感的に認識しているかもしれません。

日の出最遅のピークは冬至より後にずれ、日の入最早のピークは冬至より前に訪れる。
これが、ここで問題対象とする事象です。
そして、では、いったい、どういう理屈でそうなるのでしょうか。
これが、本題の疑問です。

ちなみに、これは日本の東西南北を問わず、同様に生じる事象なのです。
つづく

*参考*

国立天文台の日の出・入り時刻の計算

同 月の出・入り時刻

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国道110号線

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110号線ってどこにあるの?

当サイト名の「林道百拾号線」は、あらためていうまでもないだろうが、サイトの性格上から「林道」にDEFENDER110の「110」をこじつけたものであって、実在するようなものではない(と、思っている)。では、すべて路線名が番号表記される国道においては、110号線はどこにあるのだろうか?

国道は昭和27年に1号から41号の一級国道が、同28年に101号から244号の二級国道が指定されて以来、幹線道の重要性が増大してゆき、等級による優先順位も無意味なものとなってきたことから法改正により一般国道として統合されて路線名である番号はそのまま使用されて現在に至っている。

国道110号線を地図で探してみよう。3桁号数の旧二級国道は、北から順番に付番されていることから、北海道から順次南下しつつ国道番号を目で追ってゆくと、宮城県の石巻あたりで108号線を確認した次には、山形県で月山付近を走る112号線に行き当たってしまい、その間の号数が見当たらない。
なにか、他の路線と重複していたり、ごく短い区間だったりなどしないだろうかと、細かいところまで確認してもそれはない。
実は、残念なことに国道110は欠番していて存在しないのである。

一般国道は、数字の番号で線名が表されていて、現在1号線から507号線まであるが、欠番が48路線あって、それをを除くと459の路線が存在する。欠番の理由は二つの経緯があって、理由の一つは旧一級国道にあたる2桁号数の路線は58路線しか指定されず、具体的には59号から100号までが欠番したままであること。そして残る理由は2桁国道に格上げされたり、より幹線である国道の一部となったり、いくつかをまとめて一つの国道に統合したりして、後発的に欠番になった場合がある。
そして、お目当ての国道110号線はどうなのかというと、現在では名称を変え国道48号線となっていたのである。

国道48号線、それは仙台市に発し、山形市に至る東北の脊髄をまたぐ峰越路線である。事実上は、山形市までというより、13号線と重複する部分を除いて天童市までといったほうが現実的か。峠(関山峠)を境に宮城側で作並街道、山形側で関山街道と呼ばれている。峠付近には地図上で旧道の峠道が認められ興味を引くが、私はこれを実際に確認したことはない。

国道にもいろいろな隠れた話があって、少し調べてみるとなかなか楽しいものである。
今度、国道48号線を走る際は、110号線の幻影を追いながら走ってみることにしたい。

なお、国道に関する雑学的話題について、説明が平素で分かりやすいページを紹介しておきたい。
道路雑学コーナー

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90PU@R14

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歳月を重ね、渋くあせたコニストン・グリーンが、本来のwork horseとしての性格を一層引き立てている、味わいのある一台を見掛けました。 軽そうだし、余裕があればこいつを一台ガレージに加えたいものです。

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林道とのつきあい

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'90.11御荷鉾林道
既に林道にどっぷりつかっていた。一番楽しんでいた時期だったかもしれない

初めて林道に入ったのはいつ頃のことだったろうか
中学から高校にかけて自転車で走り回っていた頃があった。それは、MTBとかまだ聞いたこともない時代だった。片手で楽々運べるくらい車体は軽く、ハンドルはドロップ、タイヤは極めて細い。もちろんロード仕様の自転車である。
山のダウンヒルが楽しく、富士、上越、会津などへ遠乗りもした。広域の移動はむろん国道・県道クラス、ただ、ローカルな移動には、山間部だけあって林道も通らねばならなかった。いや、その当時は、県道も未舗装が少なくなかった。
その頃の自分とて、自然が好きなことは今と変わらない。変わらないけれども、やはり現在、林道に対して持っているイメージとはずいぶん違ったものを抱いていた。そう、それは「走りづらい道」以外の何物でもなかった。

少し時を経て、自動車に乗る年齢になった。夏になれば房総の海に行く。今ほど車は多くなく、千葉の海はさして注目されてもいなかったが、それでも夕方には上り方向の道がひどく渋滞した。
「自分の地元で渋滞などにはまってはいられない」というような意地もあり、抜け道に走る。地図を見ながら抜けていると思えば細くても迷わず入った。
いや、今にして思えば、この頃もっとたくさん走り込んでおけばよかったなあ・・・というほど、当時の房総の山中は、まだダートが多かった。今の国道クラスもダートだった。
残念ながら、その当時も、林道は「走りづらい道」以外の何物でもなかった。

更に時を経ると、「観光地」といわれるたいていのところには足を運び尽くし、好んで鄙びた温泉に行きだすようになる。山の中の一件宿が特に好みだった。まあ、これは今でもそうだけれども。
そして、そこを基点にして周辺だけを走り回ったり、歩いたりしてゆっくり時間を過ごすようになる。当然、その周辺には林道がある。宿への道自体が林道であることも珍しくない。
乗っていた車は、四輪駆動車ではなかった。床の低いクーペだった。もちろんダートを走るのは厳しかった。車体の腹をこする金属音やより強烈で鈍重な衝撃を感じながらの走行で10kmも走ると汗だくであった。、しかし、この頃に至っては、林道はもはや「走りづらい道」ではなく、取り巻く自然を肌で感じられる距離に近づけてくれる、まさに自然へと誘ってくれる道となっていた。

こうした、足取りで次第に林道に傾倒していったが、現在ではどうであるか。
まず、以前に比べて、圧倒的に情報量が増加した。言うまでもなくネット環境の恩恵である。
しかし、一方で全国隅々までの舗装化進行で、対象自体は大幅に減少してしまった。
そして、一番大事なのは、自分自身の付き合い方。

特に取り立てて書き連ねるほど悪化しているとは思わないが、ともすればナチュラルに林道と親しめない方向になりがちな気がしてならない。原因は明らか。ウエブサイトの管理・・・ツーリングレポートなどの更新にある。
林道に身をおいて、自分がどう楽しむかということからどう伝えるかという方向に軸がぶれてしまってきている。

本当はもっとゆったり、そして、じっくりと、林道ではなくその周辺の自然に親しみたい。道は道具であって目的ではない。※1
林道は自然へと誘ってくれる道であって、目的地ではないのである。
ある程度、サイトの形も収まってきたいま、ごく自然な形で自然に触れ、驚き、感動し、諸々の感情・知識を得て、心に刻んだものを皆さんに伝えるといった理想的な方向を目指して、林道と付き合っていければ幸いである。


※1 このあたりは自分の哲学の基本。PCであろうと車であろうと、道具を目的にすることは私としては美学に反する。道具はより多く、そして合理的に「使う」ことに意義をもつ。

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猿害

サルが山野の食物不足のため、農作物を荒らす『猿害』。ほかにも、熊、鹿、猪など、人の経済活動に対する害を及ぼすものが知られる。
林道を走っていてこうした事例で一番よく目に付くのは、鹿の害に対処する諸施設だろう。
山一つを丸ごと囲んでしまったような柵や、その柵を道が横切るところに作られた、所謂「鹿ゲート」
私としては、見るからに、人と鹿との、まさしく争いといったイメージを受ける。
「人間と自然」と大きく構えると、人間が悪者のようだが、実際に、これらと対峙直面している方々にとっては、我々の想像を遥かに越えたものがあるのだとは思う。

人間中心的な見方をしないで、極めて客観的に考えると、どちらが善悪というよりも生物間の争いなのかもしれない。ただし、それにしては、やはり人の力は不公平に強大すぎる。また、一方が「生きるため」であるのに対し、一方は「豊かな生活のため」と、何ランクか上を追及する行為という違いもある。

今ひとつ判然とはしないが、人間の行動というものは、はたして自然なのか別の次元なのか、人間だけは生物のなかで、ある意味、特別なのかということ。
あくまで、人間もこれまで現れた生物となんら変わりなく、単なる自然の中の生物であるとする立場をとるならば、人と獣たちの関係は加害・被害の関係ではなく、競争・闘争の関係になるのかもしれない。
けれども、そうではなく、人はある意味で一線を超えた生物と認めるならば、それなりの自覚を持った行動が必要だろう。

思うに人間は、自己や種の保存・繁栄のため以上の行動を積極的に起し、身体の変化=進化によらず器具によって身体的不足を補って動的能力を高めることをする初めての生物といえる。※1
つまり、結論として人間はある意味特別といってもよい※2

ならばこそ、私たちは自然をおおらかに見据える目をもち続けなければならないだろうし、自らの行動の大多数は自然と相反するということを、どう乗り越えて行くか深く考えなければならない。

※1:このため、人間は今後、身体についてはほとんど進化しないかもしれないと思っている。

※2:宗教的、思想的な意味合いの人間特別視ではない。

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温泉事情3

温泉宿の食事

日本人の大多数は宿での楽しみに食事を上げるのではないか?テレビ番組の宿の紹介でも風呂や建物などとどちらに比重があるのか分からないほど、食事の良否は一大関心事らしい。
これは、私?いや我が家にとっては複雑な部分。家族揃って少食?なのである。個々の品についてみれば、美味しいもの、珍しいもの、特有のもの・・・いろいろと楽しみにしていないというわけでもない。
しかし、食事全体としてみたとき、とても全部食べ切れそうもない。もったいないとかではなく、せっかく出してもらったものを、残すわけにも行かず、なんとか口に押し込むのだけれども、一食分が1日分の量だったりする。あの分量は何とかならないものか?
家族全員そうなのである。みんなで、好きな物や得意なものを、嫌いなものや苦手なものと交換し合いなんとか食べ尽くそうとする。部屋食ではなく、食堂で食べるときなどに隣りの食卓など覗くと、ずっと後からきた家族が、あっというまにペロリと全部平らげ、ついでにご飯を何杯もお代わりし、気がつくと「お先に失礼ごちそう様」のご挨拶。中には足りないとか言う声まで・・・
これでは、宿としても、たくさん出さざるを得ないことはわかった。
まあ、そういっては何だが、みんな食いすぎだぞい。わたしゃ、成人以来何十年、標準体重のままだが、同年輩は10kg、20kgの増量は当たり前。ほとんど「まあるい」オヤジになっている。必要摂取カロリーがどうのと言う気はないのだけれど、少なくとも自分は少食でなく標準だと断言させていただく。
今後、宿を予約する際に、値切りが目的みたいに思われたくないから、「値段そのまま、食事は3分の2」と言いたいのだけれど、もう何年も言うべきか否か迷っていて言っていない。

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栃木・馬頭町の林道

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栃木・城間沢林道

ふと、寄り道をしてみた。国道294号線を淡々と南下すべきところ、那珂川の中流域にあって温泉も点在する馬頭町で、ふと地図(自己使用の書き込み地図→林道地図)に目をやるとその那珂川を東側へ渡り、県道27号「那須黒羽茂木線」から派生している林道が2本あった。県道27号沿いの城間の集落から、国道293号線沿いの仲内へ抜ける城間林道、そしてもう一つ同林道の終点から西へ折り返し、再び県道27号沿い八溝大橋のところへ出てくる久那瀬矢又林道。
走ってみると、案の定これら2本の林道は舗装されていた。城間林道は林間及び沢沿いの全体に暗い道。久那瀬矢又林道は、アップダウンとワインディングが連続し、それほどには展望はないものの、比較的明るい道であった。
どちらの道も支線らしき道が多数ある。そちらはほとんどダート。その中で1つだけ、城間林道のほぼ中間点から東に分岐する城間沢林道というダートに入ってみた。
小さな沢に沿って少しずつ登って行く道で、約1.5kmのショートピストンコースではあったが、周辺は案外深遠な環境が残されていた。あいにく、真冬のこの時期では活発な生き物は影が薄かったけれども・・・
その他の支線などは時間の関係もあって、調査することはしなかったが、旅の途上のちょっと一休みに、小さな小道に立ち寄るのもまた楽しいもの。

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温泉事情2

温泉宿

温泉の「宿」を、実質を見て分類すると
1 ホテル、2 旅館、3 湯治場、4 素朴な宿
といったところになる。
もちろん各分類間に明確な線引きはないし、そのような分類が大した意味を持つわけではないけれど。
「宿」なので、宿泊施設のない日帰り湯や、天然の露天風呂など温泉はここに含まない。
1は自分としては積極的に行くことはない。料金もさることながら、興味がない。まあ、他に適当な宿がない場合か団体旅行などに利用しようとするときくらいか・・・以前は、日帰り湯としても利用していたが、最近は専用の日帰り湯が、より低料金でたくさん出来てきたので、そういう存在意義も既にない。
2は、大変よろしいが、お値段がきつい。夫婦2人のときはまだ良かったが、バブルで設備投資して値上がった上に、子供が既に大人料金を要する年齢になってしまったことから、家族で1泊すると、安いPCなら1台買えてしまうほどで、それなら、モノが残ったほうがとなりがち。
3は近年少ないが、建物の雰囲気がすばらしい。かなり低料金な場合が多い。たいてい環境がよい。こんな感じで3拍子といったところ。それでも料金高騰の波はここにも現れてきてしまっている。
4は、その他諸々、「旅館」といいながらも、それとは随分趣が異なって、ずっと質素な造りの宿や、温泉民宿など。これは、今でもかなり低料金。環境などは、ピンからキリまである。
しかし、温泉がはやりになって以来、どういうタイプの宿にしろ、なかなか、手軽に(安く)くつろげる宿に出会いずらくなってきた。

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川俣檜枝岐林道

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雪に閉ざされた川俣檜枝岐林道

いまは、林道屋さんたちは、沈黙の季節。そりゃあそうでしょう、本格林道のほとんどは雪に埋もれて入れません。
しかし、スノーモービルで走ったらさぞかし楽しいだろうと思います。そういえば、スキーで、そう、よく初心者コースとか言って林道回りのゆる~いコースがありますね。スキーとしては、まあ、面白いとは言いがたいのだけれども、その景色は絶品です。近年めっきりスキーの回数も減ってしまっていますけれども・・・
川俣檜枝岐林道は、栃木県の川俣湖から檜枝岐村の中心地へ抜ける、峰越えのロングダート。峠は帝釈山(2,060m)へ1時間もあれば登りつく登山口になっています。今年の夏には是非登ってみたいと思っていますが、いまは、このように深く雪に埋もれて、静かにまだ遠い春を待っています。

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ニホンザル

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ニホンザル/福島県南会津郡檜枝岐村
新年です。申年ですね。
林道では、比較的よくお目にかかるニホンザルです。
霊長目オナガザル科、体長は50~70cmくらい。よく知られるように、生息北限の青森県下北半島は世界のサルの中でも最北限の生息地。順位・血縁によってなされる群れをなして行動しています。
昼食時などに車のドアを開けっ放しでいようものなら、大変なことになるので注意が必要。カワイイ見た目と裏腹に、とんでもなく凶暴・悪辣な仕業をいただいてしまいますよ。

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