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猿害

サルが山野の食物不足のため、農作物を荒らす『猿害』。ほかにも、熊、鹿、猪など、人の経済活動に対する害を及ぼすものが知られる。
林道を走っていてこうした事例で一番よく目に付くのは、鹿の害に対処する諸施設だろう。
山一つを丸ごと囲んでしまったような柵や、その柵を道が横切るところに作られた、所謂「鹿ゲート」
私としては、見るからに、人と鹿との、まさしく争いといったイメージを受ける。
「人間と自然」と大きく構えると、人間が悪者のようだが、実際に、これらと対峙直面している方々にとっては、我々の想像を遥かに越えたものがあるのだとは思う。

人間中心的な見方をしないで、極めて客観的に考えると、どちらが善悪というよりも生物間の争いなのかもしれない。ただし、それにしては、やはり人の力は不公平に強大すぎる。また、一方が「生きるため」であるのに対し、一方は「豊かな生活のため」と、何ランクか上を追及する行為という違いもある。

今ひとつ判然とはしないが、人間の行動というものは、はたして自然なのか別の次元なのか、人間だけは生物のなかで、ある意味、特別なのかということ。
あくまで、人間もこれまで現れた生物となんら変わりなく、単なる自然の中の生物であるとする立場をとるならば、人と獣たちの関係は加害・被害の関係ではなく、競争・闘争の関係になるのかもしれない。
けれども、そうではなく、人はある意味で一線を超えた生物と認めるならば、それなりの自覚を持った行動が必要だろう。

思うに人間は、自己や種の保存・繁栄のため以上の行動を積極的に起し、身体の変化=進化によらず器具によって身体的不足を補って動的能力を高めることをする初めての生物といえる。※1
つまり、結論として人間はある意味特別といってもよい※2

ならばこそ、私たちは自然をおおらかに見据える目をもち続けなければならないだろうし、自らの行動の大多数は自然と相反するということを、どう乗り越えて行くか深く考えなければならない。

※1:このため、人間は今後、身体についてはほとんど進化しないかもしれないと思っている。

※2:宗教的、思想的な意味合いの人間特別視ではない。

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