水が這い上がる川
自然風景にある錯覚(その1)
この道は上りか下りか?
私の住む千葉・房総では、地層というものをよく目にする。
一足山に入ると、道路を通すために開かれた切り通しや、河川が長い年月をかけて削った断崖のなど、いたるところに地層が現れる。
おもしろいことに、よくみると房総の地層は、全般に東京湾に向かって傾斜している。これは、関東平野全体の地質の傾向に準じたもので、平野の外縁部(関東山地など)が同心円状に高く、平野の中心部(古河市あたりを指すのだろうか、詳しくは知らない)が低くて、そこに向かってどんどん落ち込んでいくような傾向にあるらしい。そして、房総では東京湾の方向に向かって一様に地層の傾きがあり、多く見られる地層の路頭は、その傾向にしたがっている。
さて、子供の頃、房総における一級の河川である養老川で水遊びをしたことが何回かあった。
房総には川回し※といって、うねうねと蛇行する川をトンネルでバイパスさせる習俗的な河川技術があるのだが、このトンネルの中を流れる川を見てはっと驚いたことがある。
自分の立っている足元の川床は、そのトンネル(とはいっても、ごく短いもの)の向こう側のそれよりも、明らかに高位置にある。そう、感覚として言えば1mは高く感じた。
ところが、私の足元は下流であって、水はトンネルの向こうの低いところから、私の足元の高いところへ這い上がるように登ってくるのである。
もちろん、現実には、低位置にある水が這い上がって、高位置に向かって登ってくるなどという話があろうはずはなく、それは明らかに目の錯覚であったし、これは、子供だった私にもすぐに分かることではあった。
冒頭にお話しした、房総独特の傾斜した地層のせいである。
実は地層はトンネルの向こう側からこちらに向かって落ち込んでいた。そして、私の立つ川床の周囲一面には無数の地層が傾いて走っていたのである。ところが、そのために、川床に立つ私の目は、そのラインこそが真の水平方向、重力の水平方向なのだという認識誤りを起していたのである。
実際には、真の水平に近いのは川の水面である。けれども、その水面がこちらに近づくにしたがい、一つ一つ地層の上位位置にくる様子は、さながら低位置から高位置に這い上がる水という錯覚を起させるに十分な環境条件にあったわけである。
しかし、みごとな錯覚というものは簡単には補正できない。地層と水流の織り成す錯覚。いくら理屈がわかっていても、何度も目をこらしてみても、水は相変わらず低位置から這い上がって流れていた。
※川回しは、水田を得るためなどの目的のため、蛇行河川の近いところ同士をトンネルでつないでバイパスさせ、干上がった旧河川床を利用するという、河川土木技術で房総には他に例がなく多くの「川回し」が見られる。
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