« 2004年9月 | トップページ | 2004年11月 »

スーパー林道2

N20041023_0066.JPG
~紅葉の奥鬼怒スーパー林道~

奥鬼怒のスーパー林道を現地見学してきた。
本当にりっぱな林道であり、非常に手入れも行き届いていた。日頃、廃道寸前の道を数多く見てきた経験からして、これが一般通行禁止の道とは俄かには信じ難い。

その整備された道を、極めて一部の者しか入ることがかなわないのは、非常に残念だが、だからどうしろと一概にも言えない。
それが行政財務の無駄というべきなのかも難しい。

今回はつまらない自己問答になりそうである。

林道を切り開くことが地球規模のレベルまでいったとき、その中で語るほど影響が大きい問題とは思わないが、だからといって環境にダメージを与えることがないわけでもない。

だが、しかし、少なくとも、アスファルトで地を固めてしまっていないフルダートの林道においては、そのリスクは最低限のものと思えるし、それが活用されているのであれば、その活用の効果との対比で「利益」と出るのか「損失」と出るのかということであれば、より「利益」と出やすいということになるだろうか。

そうであったなら、少なくとも既に作られた林道は極力活用すべきだが、その活用とは我々のような道楽者が走り回って、遊んで楽しむことではないだろう。

では、林道の本来の姿である森林管理への活用について考えるのであろうが、その前に経済的な意味合いでなら林道というものに必要性は認めても、原始林を真の姿とする純粋な自然環境学的側面のみでいったら、林道が必要な局面などありえないような気がする。

結論を導き出そうとするとき、極力自己に有利な結果を求めるのは当然であるが、林道の存在について考えるとき、たいそうな正当性は思い当たらない矛盾を常に背負っている。
しかし、当面は難しい思考に陥らずに、お気楽・身勝手といわれようが、思うがままに自己の探究心の充足に走ることになるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スーパー林道

N20040606_0017.JPG
~スーパー林道を行く(群馬・御荷鉾林道)く~

「スーパー林道」は「特定森林開発林道」とも言われ、極めて程度のよい林道を勝手に俗称したものではなく、森林開発公団が特定森林開発林道開設事業という法定事業により造成したものと理解している。
(昭和31年4月に設立された森林開発公団は、平成11年10月1日緑資源公団に改称された)

昭和40年頃に全国の主な林道46路線のうちから、更に23路線を選定して事業が開始され、昭和60年頃までには、その全23路線の合計で1,180kmが完成したという。
基本幅員は4.6mと広く、中には全面舗装や有料道路となっている場合もあるし、まったく立ち入りが禁止されていたりする場合もあって。現在も全国にほとんどその路線名が残されている。

私がよく走る東日本エリアには、次のようなスーパー林道がある。
【東 北】
田沢スーパー林道・奥岩泉スーパー林道・御大堂スーパー林道・朝日スーパー林道・田代山スーパー林道
【関 東】
奥鬼怒スーパー林道・奥志賀スーパー林道・妙義荒船スーパー林道・御荷鉾スーパー林道
【中 部】
上高地乗鞍スーパー林道・白山スーパー林道・南アルプススーパー林道・天竜スーパー林道

たいそう素晴らしい環境の中を走る道が多く、それだけに、様々な環境問題を生じてきた。
もちろん、それは重要な問題ではあるのだけれども、既にそこに道が存在してしまっている以上は、非常に走りたいのは正直な気持ちであるし、更に、ここは進入禁止とされているルートはなおさらで、特に地図を広げてみた時には、自転車でもいいから走りたい衝動にかられる。


| | コメント (4) | トラックバック (0)

紅葉を楽しむ秋の林道

0311040033.JPG
陽光に美しい紅葉も映えて

秋の山といえば紅葉に尽きる。渓谷沿いのドライブで紅葉を目で追って楽しむだけもよし、ハイキングで心地よく汗もかいての紅葉満喫も最高だ。
しかし、自分は「人混みご免」な性格なので、メジャーなところは今ひとつであるのと、ちょっと横着な気持ちもあって、近頃の紅葉は専ら林道で楽しんでいる。

なにしろ、林道ではかなりの深山に入り込むことができるし、人も滅多に入らない。場所を選べば、それこそ「手軽に紅葉一山ひとり占め」ができてしまうのが魅力である。

関東甲信越地方周辺の標高のある地域の紅葉は、平年並みなら10月20日~25日あたりを目安に考えている。今年は9月が暖かかったし、少し平年より遅いだろうか。

房総(地元)などではずっと遅くて11月に入るのだが、紅葉の規模がずっと小さい。これは南関東では一本一本の木の紅葉の質が悪いというよりも、紅葉しない常緑樹が多いことが一番の要因だ。いかんせん通年の気候差による植生の違いであるから、どうしようもない。

関東と甲信越境や東北地方の山々では、麓から山頂まで、高度差のある山では順次に、ちょっとした山なら丸ごと、雄大な紅葉風景を堪能できる。真冬にはほとんどすべての葉が落ちてしまう山である。すべての葉という葉が赤に黄色に染まりゆくさまは、本当に息を呑むほどだ。

そろそろ、来週末あたりから、見ごろになってくるであろう秋の山に出かけてみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日食を地に映す2

N20041014_0019.JPG
~天然のフィルターを通して~

天気は予報どおり、あいにくの曇り空だった。
前記事のように、紙に穴をあけて、太陽を紙に投影するつもりだった。
穴は、1つではなく沢山あけた。そうすることで、木漏れ陽のように欠けた太陽を沢山映すことができるからである。

今日の太陽は、ときおり、雲の間から顔をのぞかせて、何回かは、たくさんの欠けた太陽を映し出すことはできた。そして、その紙に投影された太陽を撮影したりしてみたが、薄雲を通しての少し弱い光のため、くっきりとした像にはならない。
けれども、それならばと、太陽を直に見ると、これがまた丁度いい具合に雲が太陽フィルターになって、直視でくっきり欠けた太陽が見えるではないか。
カメラの絞りを最小、露出を最速にして直接太陽に向けて撮影した。

流れる雲の向こうに浮かび上がる、見慣れない、丸くない太陽は、少しずつ欠け具合を変えながら、再び元の見慣れた姿に復帰していった。

※風邪で寝込んでしまい、それでもこれだけはと起き上がって撮影したが、今日の外気はちょっと冷え冷え。太陽の姿の復帰とともに、私も再び床に復帰した次第。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

日食を地に映す

eq.gif
~東京付近の天気予報は残念ながら・・・~

10月14日には部分日食がある。どうも関東の当日の天気はいまいちのようで、見られるかどうか期待薄かもしれない。

さて、日食の説明はここではしないが、安全な楽しみ方を一つ。
直接に太陽を目で観測するのは、目によくないことは確かである。見方によっては、かなり危険な場合もあるので、ちょっと推奨できない。

そこで、ここでは間接観測を紹介したい。などとといっても、特別目新しいことではないし、用意するのは、厚紙に5円玉の穴程度の穴を空けたものだけ。

まず、その厚紙の面に部分を太陽に対して正面に向ける。ちょうど、虫眼鏡で太陽の光を集める向きにするわけである。すると、厚紙に空けた穴からもれる光が地面に映るだろう。そして、厚紙をやはり虫眼鏡と同じように上下に動かして、その地面に映る光の焦点をあわせてやれば、綺麗に太陽の輪郭が地面に映る。

もちろん、普段の太陽はまん丸なので、その形のまま、まん丸な光が映るだけ。丸い穴から、丸い光では当たり前で面白くない。しかし、日食になると、一部が欠けた、その生の姿が地面に映し出されるのである。

ためしに用意した厚紙をつかって練習してみよう。
夜間、部屋の蛍光灯など、まん丸でない電球の下で、電球を太陽にみたてて前記の要領でやってみる。
・・・ドーナツ型や棒状の蛍光灯が、そのままの形で床に映るのを見れただろうか。

厚紙がなくたって、慣れれば、指で作った小さな隙間の穴から光を通してもできるので、用意なく日食に出くわしてしまったらやってみよう。
また、同じ要領で、木立の下に行くと、木漏れ日がみんな三ケ月型になっているのをみることができるかもしれない。


| | コメント (0) | トラックバック (1)

台風の林道への影響

041009-pcd001.JPG
小さめながら勢力はかなり強い今回の台風

勢力が強く、災害が心配される今回の台風22号。千葉県下でも、既にだいぶ被害が出始めている。
そんな中、何をのんきなと言われそうだが、台風が来ると林道の保全も案じてしまう。
なにしろ、台風のまともな直撃を受けると山の細道である林道はひとたまりもない。

土砂崩れ、路肩崩落に、落石、倒木と、簡単に通行止や通行不能となってしまう。これからの秋の紅葉の時期も心配だし。地元で冬季にお世話になる房総の林道も心配だ。
房総の山では、前面の雨雲だけでも随分雨量が多かったようだし、これからいよいよ、台風本体がやってくる。壊滅的被害にならないよう祈りたい。

まったく関係ないような話だが、房総は雪が少ない。滅多に積もるようなことがない。
このため、少々の積雪があるとかなりの倒木がある。慣れないべとつく雪の重みに耐えられず、ポッキリいってしまう木が多いのだ。

台風にしろ、雪にしろ、そうした自然による自然の倒壊作用は、仕方のないことだと思う。そこで倒れるべき木は倒れ、生き残る木は生き残る。けれども、あの峠のあの木、あの広場から見えるあの木、そうした思い入れのある木々が倒れてしまうのはやはり寂しいことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ギンナン

08170055.JPG
~これも秋の味覚の一つ~

その匂いだけはちょっといただけないが、秋のこの時期にお世話になるのがギンナンである。
イチョウの果実の種を食すが、誰もイチョウの実とかイチョウの種とは言わない。
これを単に炒って食べるのも美味しいし、茶碗蒸も最高だ。

逆に「銀杏」と書いて「イチョウ」と読む場合もあるのもなにか不可解だが、「銀杏」はもともとの唐音で「インキャウ」と読み、その音が変化して「イチョウ」になったようである。
他に公孫樹とも書かれる事が多い。

シイの実のように持ち歩いたりはしなかったけれども、ギンナンもよく拾った。手が荒れるというし、それよりもあのにおいの物体を手でつかむ気には到底なれないので、箸やビニール袋に手を入れて拾ったものだ。まあ、今でも機会があれば近所の神社で拾い集めては美味しくいただいている。

これからの紅葉の季節、黄色い葉は一際目立つ。神社の境内に特に多いが、林道沿いにも見かけることは多い。枝を一杯に拡げ、そのすべての枝に扇型の黄色い葉を密生させるイチョウの道を行くのは心地よい。(ちなみに、モミジなどの赤い紅葉はアントシアン。イチョウなどの黄色い紅葉はカロチノイドの発色である。)
しかし、イチョウの雌株にはギンナンが実る。そして木の下には黄色い落葉と混ざってギンナンも落ちているが、これを踏みつけて車で走ると、しばし臭くて閉口、いや閉鼻する。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2004年9月 | トップページ | 2004年11月 »