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NewTypeへの進化の態様

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~変わるべきとき、進化は羽化のごとく進むのか~

生物には多種多様に拡散、進化した種というものがある。
生物の進化というのは、この種に変異が起きる、種が変わる、分化するなどということであるが、種が変わっていくというときには、一体どんな風に、どういう変わり方が起きるだろうか。

まず、進化の態様について想定するときに考えるべきことは、進化のシステムだろう。次いで、その結果としての進化による変異は急進的か漸進的に現れるかということになってゆく。そして、最終的に、具体的には目に見える形としてどのように進化がはじまるかということ。

進化のシステムについては、広く一般には、既に決着の着いた問題のように思われているところもあるが、現実にはそのようなことはなく、まったく諸説入り乱れていて、結論を見るには程遠いと言わざるを得ない。
私なりに支持する進化論もあるのだが、今回ここでは言及しないこととする。
更に、変異が急進的か漸進的かということも、進化のシステムに大きく左右されるわけだが、これも、しばらく言及しない。

さて、いきなり本来話の根底となるベき部分を飛び越すのもどうかとは思うけれども、空想の遊びとしてでもいいので、この進化というものは、それが起きるとき具体的にどう発現するのかを想像したい。

昔から言われる「ニワトリが先かタマゴが先か」という問いかけ。その問いの解答だけなら、私はさほどの問題ではないように感じていた。
タマゴが先ではないと考える理屈が解らなかった。

ニワトリAとニワトリAが生んだタマゴは個体が違う。しかし、そのタマゴとそこから生まれるニワトリBは同一の個体であり、同一の世代である。
そのタマゴはニワトリBと同一であるのだから、進化のときには「プレ・ニワトリ種」のAが「ニワトリ」であるBを生んだというのが正解で、タマゴとして生み落されたとき、既にそれはニワトリだったことに何か疑いがあるのだろうかと考えていたからである。

一個体が同一の世代中に個体変革を起こして別の種となるモデル(後天的進化)は、常識的には少し考えづらい。ごく普通には世代の変わる時に種が変わる(先天的進化)のではないだろうか。

そうだとすると、進化のときには、親から、その親とは違う種の子供が生まれてくるということになる。まあ、それも、進化が連続漸進的でなく、断続急進的であるとした場合の話ではあるが・・・

人間の場合で考えてみると、あるとき、それまで見られなかった特長をもつNewTypeの人間が突然現れる。ところが、それは単発的ではなく、世界各国において散発的に、しかし、確実にあちこちで次々とNewTypeが生まれる。
その世界新記録が生まれるまでは、信じられなかったような記録が、一度出ると当たり前に出始めるように・・・
そんな、突発的な断続急進的進化が私には一番自然に受け入れられるような気がする。


今回の話はまったくの机上想定です。
何の実証もなく、私の感覚のみで話している部分ばかりを多く含みますので、その点、承知の上でのみお読みください。

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コメント

またまた、小説家の根古津甲斐です。
さて、お代官様も今西錦司がお好きなようですね。
私も、先だってコメントさせていただいたとおり、クリチカル進化論は非常に傾聴に値するものであると、考えております。
 ただし、DNAの塩基配列を変えるような、外的要因が存在しないと進化(ある意味での奇形)も進まないはずですが、局所的ではなく地球規模でほぼ同一条件で、そのような外的要因(放射線または化学物質?)が同時に作用することが、はたして地球史上あったのかどうかは、疑問であると考えざるを得ないものと思われます。
 たしかに、地球史上、何度かの大絶滅はありましたが、それは小惑星の衝突や氷河期の到来という、ごく力学的や気象学的な変動ですから、先に述べた外的要因ではないと思います。
 また、生物が生物自身の意思で進化するとの説もあるようですが、意思の力ではDNAの塩基配列を変える力もないようです(フォースがあるば別ですがね。)。
 さて、近年は化学物質、放射能と局地的には世界各地でばら撒かれているご時世ですが、New-typeの出現は間近ですかな?
既に、お代官様がそれなのでしょうか?

投稿: 根古津 甲斐 | 2004.12.11 08:27

根古津甲斐さん、こんばんは

>また、生物が生物自身の意思で進化するとの説もあるようですが、意思の力ではDNAの塩基配列を変える力もないようです(フォースがあるば別ですがね。)。

このあたり、なんとも言いようのない部分があります。
どう見ても、意思・主体性というものがあって(その生物個体の意思とは限りません)進んだ方向性があるのではないかと見るのが、最も自然な進化という例が外観上には、多々存在するのに、それを説明できる理屈はまったく見出せない。
また、現在の進化論主流では、それは完全に否定される部分であるはずなのに、簡単な説明、たとえば子供の図鑑や博物館などでは、いかにもそうした、意思があって、そのように進化したと説明しているとしか読めない説明を施している。
遺伝子・分子レベルの進化論というのは、素人にわかりやすくないけれども、具体的形として証拠を見出せる強みがあります。
けれど、まだ、大きく見落とした部分があるような、そんな気がしてなりません。「大げさな例え」でいえば、32,768世代目には遺伝記録は必ずリセットが起きるとか(いわゆる隔世遺伝の類いになっちゃいますかね?)いうのどうですかね(いや、ジョークです)。

投稿: 代官 | 2004.12.12 02:28

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