金星の落とす影
~月と金星~
林道の広場で、いつもより、ひときわ静寂に包まれた車の寝台で目を覚ます。まだ東の空に薄明が訪れるのには時間があるようだった。人工の光はなにひとつなく、月明かりもない深い暗闇と思っていたが、案外、視界が効いていた。一晩、暗闇で寝ているうちに、目の感度が研ぎ澄まされたか、微小な光も見逃さない。
すこし冷えた体を気遣いながらも、車を降りて外に出た。
視界が効く理由がわかった。思いもかけないような強い光の点が、宙の斜めから射るような光芒を投げかけていた。
まだ、目の焦点はうまく合っていないのか、それは幾重にも重なって目に焼きつく。
明けの明星が落とす影を見たことがあるだろうか。
現在のような光溢れる環境では、そうは見ることが出来ない。
※今年は6月8日に金星が太陽面を通過したが、今回の話は、そのような太陽を背景にしたシルエットのことではない。いや、その太陽面通過というのは、まさに世紀の天体ショーではあるのだが・・・
金星は、全天でも太陽と月に次いで明るくなる天体である。
地球より内側で太陽をまわっている惑星(内惑星という)である金星は、それゆえに普通は日没後の西の空か、日の出前の東の空でしかお目にかかれないが、最も明るくなるときには、青空の中にも探し出すことが出来るほどになる。
内惑星であるので、太陽と地球の間に来るとき(内合という)は、最も近づいて、見た目の大きさ(視角という)は最大となるが、新月のように影全面をこちらに向けている。逆に、太陽の反対側に行ったとき(外合という)は、満月のようにまん丸でも、最も遠くて視角が小さい。見た目で、太陽からもっとも離れたとき(角度で47°くらい)は半月のような形で、視角はほどほどとなる。
このように満ち欠けする金星が最も一番明るく見えるのは、光が当たって明るい部分の見た目の面積最も広いときであり、それは、半月状態より新月状態に近く、新月状態の前後35日くらいの五日月のような形のときである。
一番明るくなるときを最大光度といい、マイナス4.7等級の明るさであるので、まだ薄明かりのない空にあっては、まばゆいばかりの明るさで、その光は影をも落とすとは、よく言われるので聞いたことがあるかもしれない。けれど、なかなか実際にその影を目にすることはできず、それを見たのは、もう何年もなく久しいことだった。
月の影のようにくっきりとしたものではない。なんとなく目をそらすと見える程度でのものではある。
けれども、星が落とす影などとは、やはり、やや非日常的なものには違いない。これを目にしたとき、何ともいえず幸運が訪れそうな予感すら覚えた山中の朝だった。
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コメント
またまた、作家の根古津甲斐です。
金星の影のお話、私も実際に見たことはありませんが、月が新月に近い状態で、雲ひとつなく、空気が澄み、金星の光度が高い条件では、ありうることでしょう。
まあ、SFで、地球の内側を航行する宇宙船(海賊船でもOK)でそのような現象を描いたシーンがあったような、記憶があります(もちろん、太陽に対して惑星か巨大な構造物の裏側にある場合でしかありえませが)。
それから、「金星は地球の将来の姿である。」とか、「地球人類の祖先は温室効果で居住できなくなったかの星からやってきた。」という説もあり、人類が金星に対する思い入れは、他の惑星以上のものがあるようです。
なんせ、麗しのビーナスですからね。
さて、先だってお代官様のこのサイトが1周年を迎えた旨の記事がありましたが、まことにご同慶の極みでございます。
今後も、興味深いこのサイトの継続にご努力ください。
少々、気になったのは、お代官様、少しお疲れですかな?
もうすぐ、Xmasですよ。
投稿: 根古津 甲斐 | 2004.12.18 07:29
根古津甲斐さんこんにちは
いつも、根古津甲斐さんらしい感慨あるコメントをいただきありがとうございます。
ほぼ地上観測でしか、その姿を知る術がなかった時代にいた我々には、厚い大気に包まれ、ただ白く輝く金星は最も近くいて、さっぱり様子が判らない、謎のベールに包まれた神秘を持っていましたね。
「金星は地球の将来の姿」との話は、近い将来か遠い将来か解りませんが、人によるものであれば近く、太陽の老齢化による肥大などによるものならば遠く、いずれにしても、そうなることが自然な気はします。
Xmasですか?うう~ん特に楽しいイベントは思い当たりませんよ。そういえば、根古津甲斐さんこそ、昨日はおつかれな会合の後であったのではありませんか?
投稿: 代官 | 2004.12.18 08:58