
~ぼんやりとした姿を追う~
この1月上旬、昨夏に発見されたマックホルツ彗星が接近し、双眼鏡や肉眼でも良く見えるまでに明るくなって、冬の空をにぎわせた。私自身、2桁もの単位の年数で、久しぶりに熱の入った天体撮影にも興じて楽しむことができた。
絵などに描かれる彗星の一般的なイメージと、現実の普通の彗星とでは、その明るさなどにずいぶん隔たりがある。
天体を見慣れていない方が見て、「えっ、あれ?」というくらいのなんとなく見える程度に過ぎないものでも、天体に親しんだ方には、「おお~よく見える」という感じに、ありがたいものだ。
肉眼でくっきり見える彗星などというのは、そうそう現れるものではない。まして、誇張した絵や時間をかけて露出した写真画像を、目で見えるものとしてイメージとして描いていたら、かなりガッカリしたものになってしまうだろう。
「すばる」の和名が有名なプレアデス星団のすぐ近くを、肉眼や双眼鏡などでみると、何となくぼんやりしたモノとしてみえたマックホルツ彗星だったが、私にとっては、ちょっと楽しいものになった。
デジカメを日常のカメラとして使い出してから、天体撮影というデジカメにはあまり得意とはいえないものに、じっくり取り組む機会などほとんどなかったのだが、今回は、古い望遠鏡を引っ張り出しての手動ガイド撮影(※注)までする気を起こさせるなど、これまでになかった、楽しみの時間を与えてくれた。
古来、不吉の前兆ともされてきた「ほうきぼし」。ひと目でそれと判るような明るい彗星を「箒星」とすれば、それは数年、数十年にも稀にしか姿を見せない珍しいものであったし、また、その特異な容姿からのイメージもあって、そのように言われたのであろう。
天体の運行に吉凶を求める気にはならないが、彗星がもたらすもの、又はもたらした可能性があるとされるものは、決して少なくない。
顕著に見られるものは流星群か。
彗星が、その軌道上にまき散らしていったちりの中を、地球が横切るときに、地上から観測すると、天空の一点から放射状に流星が生じるように見えるものである。
この地上に、最も大きな影響を与えるものとしては、彗星の衝突というものがある。中生代白亜紀後期の恐竜等の絶滅も、現在では、巨大彗星の衝突に起因するとされる説明がかなり有力になってきている。
もっと仮説に近いもので、原始生命の源は彗星に乗ってやってきたとするような説もある。
この地球上とのかかわりが案外多い彗星。私にとっても年の初めのいい贈り物だったのではと思っている。
(※注)手動ガイド撮影
望遠鏡を覗き、天体の運行(地球の自転による日周運動)を目で追いながら、手動でその天体(撮影する天体である必要はなく、見やすい天体を選ぶ)を望遠鏡の視野に入れ続ける。
それにより、同じ台に乗った他の望遠鏡で撮影するようにセットしたカメラ、又は望遠鏡の上などに乗せたカメラ単体などを、天体の日周運動に合わせて撮影する方法。
シャッターを長時間開いて撮影しても、カメラに対して撮影する天体が動かないので、僅かな光も蓄えて明るく写すことができる。
最近では、手動で星を追う代わりに、電子制御のモータードライブ装置を使用するのが当たり前のようになった。この場合は自動ガイド撮影という。
また、このように天体の日周運動を追わず、三脚などで固定して天体を撮影する方法は、固定撮影といい、撮影された天体の像は線状に流れる(右画像は固定撮影のプレアデス星団)。
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