霜柱 / しもばしら
~霜の柱と書くが、霜とは由来が違う~
時代が移り変わり、日常に歩く道はアスファルトばかりになった。長靴は要らなくなったが、季節感は著しく損なわれた。
土の道を歩けば、春には道端の草が花をつけ、夏にはアリがせわしく働いていた。秋には、いつの間にやらズボンの裾に草の種がつき、冬には水溜りの氷をわざと踏んでパリパリとさせたものだった。
冬の朝は、決まって霜柱を蹴って歩いた。土の中に隠れている結晶を次々と掘り起こすと、それはサクサク、さらさら、と音を立て、朝日を浴びて水晶のようにきらめいた。
我が家のある地方、スイカや落花生の産地である下総台地は、表土の大半が関東ローム層の赤土で覆われている。いや、実際には純粋な自然の表土なら、その上に植物由来の黒土が乗っているはずだが、宅地造成や畑の整備、道路の土など、後から入れた土には、赤土を入れることが多かったからだろう。
この地質には霜柱が出来やすい。粘土層には霜柱は、まず立たないし、海岸の砂浜のような粗い砂にもほとんど出来ない。
霜柱は、霜のように空気中の水分が凍ったものではなく、見てのように、土の粒子の隙間を通って上がってくる水が凍って出来る。そこにあった水分が凍ってしまうと、それを補うように、次々と下から水が上がってくる。雑巾にしみわたる水と同じだ。土なら土の粒子の隙間、雑巾なら繊維の隙間を水が満たそうとする、いわゆる毛管作用というやつである。
赤土は、この毛管作用にほどよく適した粗さ加減だということなのだろう。
霜柱は、このように毛管作用で生成されるから、次々と下のほうから出来ては、既に凍った部分を押し上げてゆく。この力は結構なもので、手で持てる程度の石は簡単に浮く。また、柱の長さは、長いものだと10cmを超えるものも見かけることが少なくなかった。
考えてみると、我が地方は、霜柱を作りやすい赤土が多いというほかにも、霜柱を良く見かける土地柄なのではないだろうかと思う。
霜柱は上に雪が積もっていたのでは、目にすることもない。
また、発生する地表の温度は、氷を生成するために0℃以下でなければならないのは当然として、水が絶えずに供給されなくてはならないのであるから、すぐ下の地中は、水が液体でいられる0℃以上でなければならないはずだ。
雪は元々滅多に見ることがない地方だが、多量に発生する霜柱に、せいぜい冬をを楽しんだものだった。いまはそれも生活の場からは少々遠ざかった感がある。
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