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天測点

N20050515_021
~そのことばの響きが、とても想像力を広げる~

先日、山頂の天文台に泊まる機会があった。
残念ながら一晩通じて雲が切れずに、星空を仰ぐことは出来なかったが、口径91cmの反射望遠鏡を見学し、その望遠鏡が収まった天文ドームの建物で、更ける夜を惜しみつつ、友人達と語り合って明かした一晩は、とても楽しく有意義なものだった。

さて、朝目覚め、霧の残る天文台の周辺を散策した。そこは、堂平山頂(標高876m・埼玉県都幾川村)をとりまく敷地であって、ひんやりとした空気に包まれていた。天文ドームのすぐ前にある小高い丘の部分が山頂で、これを登ってみると、1等三角点を示す石柱が、半ば地面に埋もれるように立てられていた。
そして、その隣に、少し大きめの石碑のようなものが立っている。はて、これはなんだろうかと覗き込むと、そのコンクリート製の石柱には、銅版のようなものが埋め込まれ、「天測点」の文字が刻まれていた。

天測点とは、かつて天文測量に使われた遺産のようなものである。
「天文測量」といっても天体の観測が目的なのではなく、地理観測のために星を観測して正確な経度や緯度を求めるのである。
天測点は、この天文測量を行うために使われた子午儀という測量器を載せる台のようなもので、国土地理院が、昭和26年から33年に全国で48箇所設置したものだという。

見た目は、ただのコンクリート石碑のようだが、そうではない。当時の観測機器である子午儀は、とても重くて観測台を必要としたので、観測の都度、いちいち観測台を山頂に持ち運ぶ手間をなくすため、あらかじめ観測点に固定して、コンクリート製の決まった大きさの台を置いたのである。

なお、昭和34年以降は、軽量の機器が開発され、三角点に運び入れた測量機器単独で、天文測量ができるようになったために不要となり、また、現在は、ご承知のとおりGPSによる測量で手軽な測地が出来るようにもなったことから、天測点は、すっかり遺物としてその姿を残しているにすぎないものになった。

この天測点は、全国48箇所に設置されたと書いたが、関東では、この「堂平山」のほかに、茨城県日立市の「高鈴山」、栃木県宇都宮市の「八幡山」、千葉県君津市の「鹿野山」に設置されているようだ。

堂平山の天測点を示す金属の表示板には、「第17号 天測点 地理調査所」と刻まれていた(地理調査所とは、国土地理院の旧称である)。地理測量の施設であることは間違いないが、「天測点」という言葉の響き、なにか想像を描きたてる。
ちょっとファンタジーじみていて変かもしれないが、私の頭に浮かんだのは、毎日決まった時間になると、眼鏡をかけた老キツネの観測者がここにやってきて、望遠鏡をのぞきながらメモを取っている。そんな光景だった。


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