« 湿原 | トップページ | スズメバチの巣 »

秋分と彼岸

N20050923_034
~彼岸花が咲く里道~

昨日、林道へ続く里道を行くと、小川に沿って彼岸花が点々と咲いていた。そうか、今日は秋分の日だったなあと思い出す。

秋分の日とは、昼と夜の長さが同じ日という言い方が一般で、厳密に同じくなるわけでもないのだが、太陽がこちら側、天の北半球から天の赤道を横切って天の南半球に移る時のを日付けである。
むろん、半年後に太陽は今度は南半球から北半球に帰ってくる。そのときが春分となる。
赤道上に太陽がいるわけだから、その日の出、日の入りは、ほぼ真東から昇り真西に沈むことになる。

一方、彼岸というのは元々は仏教でいうところの、悟りの世界のこと。こちらの世界を此岸というのに対してあちらが彼岸であり、仏教のことはまったく知らないが、こっちの岸とあっちの岸というようなものだろうか。

この天文の分野の「秋分」と、仏教の分野の「彼岸」が、どうしたわけか、今は一緒に扱われている。

まったく関係なさそうにも感じるが、それなりに深い関係があって、日本では春分と秋分の日がそれぞれ彼岸の中日(なかび)に当てられ、自然をたたえて生物をいつくしむ日、先祖を敬い偲ぶ日として、祝日となってさえいる。「日本では」と書いたのは、仏教行事の彼岸は、当然のように他の仏教国でも同様に行われていると考えがるのが普通だが、実は日本独自のものらしい。

さて、その秋分と彼岸の関係だが、昼と夜が同じで、昼夜半々というのが、仏教の中道精神を表すことや、極楽浄土である彼岸は真西にあるのだそうで、そうなると、真西に太陽が沈む秋分は、その方向、進むべき方向が示される日ということになるというあたりが、関係といえば関係であるようである。

いずれにしても、農業信仰上の暦も含め、長い歴史のなかで形作られてきた日本の習俗であるので、一言で片付くことではないのだろうが、暦と天文というものは非常に強く結びついていることの一例ではある。

|

« 湿原 | トップページ | スズメバチの巣 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/5192/6094438

この記事へのトラックバック一覧です: 秋分と彼岸:

« 湿原 | トップページ | スズメバチの巣 »