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Nikon D200

D200IMG
~期待は非常に大きい~

デジタルカメラを使うことで、自分の中で様々な世界がとても広がってきたと思う。
フィルム・カメラにもともと興味はあったが、なにはともあれ面倒がりやなので、写してすぐ使えないと気持ちが維持しないし、フィルムを買うのさえ面倒がるから、使う枚数も限られてしまう。あまり使いきれていなかったのが実情であった。

デジタルカメラは、昆虫や花の記録的撮影に使って来た。やがて、WEBサイトでレポートに使い出して、かなりの枚数を写すようになってきた。そんなこんなで、いろいろいじっているうちに、カメラや撮影本来の楽しさというものも自分なりには育ってきた。

これまでどおりの用途では、例えばサイトで使うレポ画像などは、やはりコンパクト・デジタルカメラの領域であって、通常には一眼レフは必要ない。でも、一方で、歩いて、また車を降りて、じっくりと「写す」ことを目的に写す「時」も増えてきたのは事実。一眼レフを必要とする場面が出てきたカナと思えるようになってきたのに加え、自己満足的ではあるけれど、正直に言って撮影技術的にも割と追いついてきたのではないかなと思っている。

そこで、デジタル一眼。Nikon D200です。

カメラのクラスとしては、アマ・ハイエンドがいい。今の自分の技術は当然ながらエントリークラスが相応といえるが、人は成長するし、欲も成長する。特に欲のほうは、技術力にかかわらず確実に成長するのは間違いない。また、カメラに限らず機械というものは、次々変えていたら、身に付く技術も付かぬままとなってしまう。だから、進歩の激しいデジタルモノといえども、長く遣いたいし愛情も持ちたい。

欲が成長といっても、今で言えば1DMarkⅡとかD2Xという、プライスレベルには、今後も踏み入ることはないだろう。そこまでの身の程ではない。その一段下、ぎりぎり届くレベルで20Dかやや無理をして35mmで売ろうとしている5Dか・・・ただ、これらは、いまいち、自分に訴えるものが薄い機種であって、なけなしの資力もうるさい愛情も投入できそうもない。

そんなこんなで、実はそのクラスは断念し、ここは、いったん腕に合わせて、ひとまずオリンパスE500にいこうかなと思っていた。いや、実際、これはいいカメラだと思う。ところが、時期を計ったように、これしかないというような丁度いいものが出てきてくれたのである。

かなり前から、形もないのに名前だけ存在したD200・・・そんな時から密かに待ってはいたが、本当にその名前で出てきたのには驚く。細かいスペックももちろん調べたが、カメラ小僧ではないので、そういう話はしたくない。自分の中で密かに比較検討などもしているのだけれども、人に向かってスペックでモノを語るのはどうも好きではない。

ともあれ、各方面の反応は、発表時の自分の第一印象よりも、さらに良好なようで、想像を超えた名機であると期待したい。自分としては、トータルパッケージングとして満足の一品とみた。
飛びつくように早々に予約を入れて、発売日※を待つ身だが、その先に続く金欠状態は恐ろしい。

※Nikon D200 は12/16発売予定。レンズキットはAF-S DX Zoom18-70mmですが、ボディと同時発売のAF-S DX VR Zoom18-200を予約した。

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炒り椎の実

N20051103_004
~殻が割れて美味そうな実がのぞく~

椎の実を炙った。
この香ばしい香りはたまらない。あつあつの殻を爪でこじ開けて、ささやかな実をぱくりといくと、口の中に木の実特有のこくと懐かしさのあるあの味が広がる。

子供の頃は、実のなる椎の木を庭に欲しいと思ったが、どうしたわけか、まだそれは実現していない。こじんまりした庭にあの大木は無理だし、実がなるとしても、小さな椎の木では、ちょっと興ざめる。やはり、椎の木はこんもりと、遠くから見たら山のようでなくては・・・そんな思い入れもあるからか。

昨秋も椎の実を題材に1項書いたが、自分にとって、秋を感じるものとしてははずせない存在である。フライパンなどで炒るのだが、昔は穴の空いた古い鍋を、椎の実炒り専用に使っていたのが思い出される。炒るのは空焼きみたいなものなので、無造作に使えてよかったし。蓋もついているから丁度いい。
その鍋を揺すって炒っている時の、カラカラという音も秋のイメージとして頭に焼きついている。

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