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カイロ

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~30年近く愛用のハクキンカイロ~

明日はキャンプだ。幸い天気は好いようであるが、標高もある山の中、かなりの冷え込みが予想される。

そろそろカイロの時期が来たなと思ったら、燃料が切れてしまっていたので町に買いに出た。若い人はカイロに燃料?と思うのかもしれないが、カイロはやっぱりハクキンカイロだ。

ところが、驚いたことに売っているはずの薬品店にそれは置いていなかった。郊外型の大型店舗は、やはり客層がちょっと違うのだろう。やむなく、旧商店街にある昔からの薬局に行くと、「はいはい、ありますよ。」と快い返事。さっそく、求めていた代物を購入した。

しかし、その後が違う。「いや~、最近じゃもうあまりないんですよね。カイロ本体なんて、もうは売ってないでしょう。ハクキンカイロの会社も潰れてしまったようだし」ときた。

いや、いくら使い捨てカイロ全盛の世とはいえ、それはあんまりではと思ったが、そこは苦笑いして薬局を出た。

購入したのは「ベンジン」。昔懐かしい響きの名だ。
ほんとうは、「ベンジン」じゃなくたっていい。オイルライターの燃料である「ナフサ」でもいいし。キャンプで使う「ホワイト・ガソリン」でもいいのだ。これらみな、名前は違うが、同じようなものである。

ところで、このハクキン・カイロ。白金の触媒作用を使った酸化反応による発熱器であるが、いまもって見てもなかなか味わい深い逸品と思う。

ただ、それとは別に、カイロを眺めていたら、使い捨てカイロとハクキン・カイロの違いというのは、私自身の趣向において両極端に位置するものだと気づいた。百円ライターにも代表されるように、使い捨て商品には非常に嫌悪感をもっている。
資源問題などを言っているのではない。あくまで、趣向の世界である。

形あるものは、消費物のみ更新し、可能な限り永く愛着を持って使いたいのである。もちろん、それなりの風格をもった容姿が欲しいところであるのだが。

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石の顔

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Nikon D200 / AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~様々な表情を楽しむ~

河原を歩く、上流の沢がいい。
ごろごろと、数限りなく石が転がっているけれど、もちろん、どの石もみな色、そして形がはっきり違う。その川が流れてくる源の山の色彩が個性となってそこに出るから、川によっても石の種類が、傾向がそれぞれ違う。

河原の石をぼんやり眺めていると、ひとつひとつに顔が見えてくる。小さな石より手ごろな大きさの石のほうが表情ははっきりしている。

林道を走って一休み。河原の石に腰掛けて珈琲をすすりながら、ぼんやりと石を眺めていると、その石には目鼻があって、こちらを見ている。そう見えた。

命の宿らない無機質に個性が見えてくる。幻想の世界では石にも命を宿らせてしまうが、こうやって石を眺め、個々の表情を目の当たりにしていれば、それは、人の当然の感情だろうと納得できる。

石の名前のことはよく知らない
これまで鉱物の世界には足を踏み込んだことがなかった。
どんな世界も踏み込んでみると奥は深いもの。

それぞれの石が、どんな成因で出来上がり、その成因によってどんな特質を持ち得て、そしてどうして今、そこに存在するのか。深い知識があったなら、また違った目でこの石たちを眺められたことだろう。
興味ある世界。

ただ感傷的に眺めることも楽しいけれど。

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