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シュレーゲルアオガエル

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~土の中から出てきた土色のアオガエル~

4月~5月の春の宵、水が満々と張られた水田は、なにもかもみずみずしく、わたる風も爽やかで、その風に乗ってコロコロコロと聞こえてくるカエルの声と、まさに日本の原風景ともいえるような景色と音に包まれる。

特にまだ田の土が起こされてそう間もない桜の咲く頃の月の晩、「月」「夜」「カエル」そうした情景を歌った童謡が、心の中でオーバーラップするのだろう。なんともいえない安らぎを覚える。幼いときに見た童謡の絵本の挿絵が、脳裏に焼きついているのかもしれない。自分の無意識の中に浮かぶイメージは、おそらくその頃に見た挿絵そのものなのだろう。そういった意味では、絵本の挿絵というものが心に落すの影響というのは、思いのほか大きいものだと感じる。

さて、この「コロコロ」の声の主であるシュレーゲルアオガエル、声は超有名なはずなのだが、非常に知名度は低く、その姿も一般にはあまり知られず、存在をよく知っており図鑑で何度も見たことがある人でも、自然の中で見ることはそれほど多くはない。実際、興味を持って探しても簡単には見つからず、アマガエルやアカガエルを見つけるようにはいかないのだ。

このカエル、普通は緑色をしている。一見したところアマガエルにそっくりであるが、アマガエルならば目の前後に黒線が走るが、シュレーゲルにはそれがない。そして緑色の質はややエメラルドに近い。もう1種、近縁で同系色の種にモリアオガエルがいて、こちらのほうが名前のとおりアマガエルよりもずっと近縁であるのだが、モリアオガエルはやや大きめのカエルであり、目も赤いので判別はたやすい。

シュレーゲルアオガエルは、通常の季節には森に住むが、春の繁殖期には、主に谷あいの田などに出てきて暮らしている。そして、あの素晴らしい鳴き声を聞かせてくれるのではあるが、いくら探しても簡単には姿は見えない。それは、このカエルが、水田では土の中に潜って繁殖行動をしているからで、しかも非常に足音に敏感であり、鳴き声を頼りに近づこうとしても、10mほどまで近寄ったかと思うとピタリと鳴き止んでしまうのである。

今日は、たまたま農家のおじさんがトラクターで田を起こしていて、その音で私の足音が聞き取りづらかったのかもしれない。すぐそばから鳴き声が聞こえてきたので、見当をつけて土をひっくり返してみると、はたして、そこに土色に体色を変色させたシュレーゲルが潜んでいた。

通常時の緑の体色(四季の扉)

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スプリング・エフェメラル

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~儚い春を咲くニリンソウ~

山の早春、樹木がまだ芽吹ききる前の、明るい林床。夏は鬱蒼と暗くなるその一角は、このときばかりと賑やかに、しかし、ひっそりと可憐な花たちが姿を見せる時期である。

林の中には、春先3、4月ごろ、地中から顔を出して早々に花をつけが、花が終わる春たけなわから夏までは葉を残し、夏ともなるとはや姿を消してしまい、あとは翌春まで地下で過ごす草花の仲間がいる。そして、これらの仲間をスプリング・エフェメラルと呼ぶ。

「スプリング・エフェメラル」、その音の響きだけでもセンチメンタルであるが、意味も、エフェメラルが「かげろう」つまりは「儚いもの」をさす言葉であるから、春の儚い植物~儚い命の春植物といったような意味を持ち、まさしくセンチメンタルである。

代表的なところでは、カタクリやフクジュソウがあるが、このほかにもイチゲやニリンソウなどイチリンソウの仲間、エンゴサクやケマンなどの仲間が含まれるとおり、植物の種や属といった区分ではなく、もっと主観的な意味の仲間分けである。

スプリング・エフェメラルたちは、その受粉をもっぱら虫に頼る。春まだ早い時期のことであるから、活動している昆虫はまだそれほど多くはない。スプリング・エフェメラルの花が、比較的大き目で目立つ可憐な花をつけるのは、そういうこともあって、それら数少ない昆虫の目を引くためであろうか。

昆虫たちとの関わりの話とともに、もうひとつ、昆虫にもスプリング・エフェメラルと呼ばれる仲間がいることを付け加えておく。有名なギフチョウなどがその代表である。なるほど、上記の植物たちと生活史も似ている部分がある。

明日にでも、春の野山に出かけ、これら春の妖精たちに出会いたいものであるが、なかなか、現実の時間の制約がそれを許してくれない。

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