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晴天の旅行者(ツチグリ-その2)

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~繁殖適地を求めて~

ちょっと変り種のきのこであるツチグリが、「晴天の旅行者」と洒落すぎた名前で呼ばれることを昨日書いたばかりである(→ツチグリ)。しかし、昨日の朝に見かけたツチグリのうち1つを庭に転がしておいたところ、今日になってそれを眺めていて、おや?と考えさせられたことがあったので、ちょっとだけ追加して続きを書いておく。

それは、このきのこが、このように乾湿によって丸くなったり開いたりして移動するのには、より主体性があるのではないだろうかということである。

昨日まで理解していたことは、このきのこは、胞子が風に乗りやすい晴れた日に自ら胞子を吐き出すという術を持ち、また、自らの本体さえもときおり移動して繁殖地を広げる能力も備えた、二重の繁殖システムを持っているということだった。

けれども、昨日、庭のやや日陰となる木の下に転がしておいたツチグリが、今日は小雨模様の湿った天候にもかかわらず、丸くなって転がりだしていた。おや、これは晴れ、雨というよりも、乾燥地での繁殖を嫌っているのか?という疑問が湧いた。

昨日ツチグリを転がしておいたところは、少し日陰になる所が無難かなという思いもあって木の下にしたのだが、確かにカラカラではないものの雨が降り込まない。そして、今日は小雨の天候であるのに、湿ることなく写真のように丸くなり始め転がりだそうとしている。

今日の様子を見て思うに、このきのこは、胞子を出す場所として、できるだけ湿り気を得やすい場所を選んで、より主体性をもって移動しているという可能性も十分あるなあということ(もちろん、結果的な話であって、意思でそうしているというのではないのだが。)。

つまり、上記の二重の繁殖システムは、単純な二重ではなく、湿り気のあるところへ自ら移動し、そこで胞子を出すというように、2つの能力が相関関係を持って機能するより完成されたシステムなのかもしれないなと、独りで感心してしまった次第である。

庭にはアミガサタケも顔を見せていた。

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ツチグリ

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~晴天の旅行者「毒ガスふぅふぅ」~

なたね梅雨ともいわれる春の長雨が続く。芽吹き始めた植物たちは、この雨の間にみるみる育っている。ほんの少しだけの日数目を離していただけであるのに、野に出てみると驚くほど様子が変わっていたりするものである。

さて、そんなこの時期であるが、今朝散策に出た野でツチグリの姿を見つけた。ツチグリは主に夏から秋に、山道や林道の際や崖などによく見られるきのこの一種であるが、この春に適当な気温があり長雨もあって環境が整っていたのだろう。

小さなうちは、黒っぽい球体であり、成熟してくると二重構造となっている外皮の部分が、上から放射状に裂けて星形に開かれ、中に薄皮に包まれた球状の袋が現れる。

球状の袋はてっぺんに穴があり、中には成熟するとこげ茶色になる胞子が出来るが、この状態での星形の外皮はなかなか機能的である。

この外皮は、湿っていると開き、乾くと閉じて球状となる。このため、ツチグリの英名は「星形の湿度計」という意味の「Astraeus hygrometricus」というくらいであるが、それだけでなく、閉じたときに球状の袋を押しつぶすために、袋の中の胞子を袋のてっぺんの穴から飛散させるという、能動的な仕組みになっているのである。

いたずらに指で球状の袋をつつくと、まるでガスでも吐き出すように胞子を吐き出すのが見ていて楽しく、我が家の子供たちが小さな頃には、ツチグリを見かけるたびにつんつんとつついて遊び、ツチグリのことを「毒ガスふぅふぅ」と呼んでいたのが思い出される。いや、我が家では、いまやそれが標準名となってしまったのであるが・・・

さらに面白いのは、晴れて乾いた時に外皮が閉じると、全体として球状となるため、強めに風が吹けば地上を転がって自身が移動するのである。そして移動先で湿気を帯びれば、またそこで根を下ろすかのように、星形に外皮を開いて安定する。

このように晴れた日になると移動する様子から、ツチグリのことを「晴天の旅行者」とも呼ぶようである。ロマンチックな名であるが、ちょっと洒落すぎな感もある。ほかには柿の実が地にあるようにも見えるためか、土柿(ツチガキ)の別名もある。

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畦塗りと蛙の声と

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~コロコロという声はどこから聞こえる?~

わが家の家のすぐ目の前から、道を少しだけ下ったところに田んぼがあり、普段から周辺で季節の写真を撮ることも多いので、田とのなじみは四季を通してとても深いものがある。

桜が散るころ、そろそろ晩春といえるこの季節になると、もう田には水が張られているが、その水を漏らさぬように、そして、通路としても使えるように、あぜ道は毎春きっちりと作り直されている。

畦はご存知のとおり、粘土質ぎみの田の土をコンクリートよろしく塗りつけ固めて作られるのだが、近年ではトラクターに装着して使用する畦塗機なるものがあって、旧来のように人の手による鍬での作業ということは少なくなったようである。

それでも、いつもの田を歩いていて、真新しくなった畦を見れば、春になったなあと強く感じさせられるし、それにもまして、畦が新しくなると、いよいよこの畦の周囲を中心に蛙たちの活動が急に著しくなってくるのが楽しみである。

「畦」と「蛙」の字は、つくりが同じく「圭」であり、この関係は、「圭」が土盛などを表す字であるようなので(昔の中国で「三角に盛る」ことを圭と表すらしい)、やはり、あぜとカエルが関係ありと考えるのが自然と思われるものの、はっきりはしない。しかし、少なくとも現実のあぜとカエルは大いに関係がある。

今年も、田んぼの土はひっくり返されて、畦塗りを終えたばかりの新しい畦の周辺からは「クワックワッ」というアマガエルと「コロロコロロ」というシュレーゲルアオガエルたちの声が、風に心地よく流れ始めた。

シュレーゲルアオガエル

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北斗七星

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~春の宵空高く輝く七つ星~

春、いまごろの宵空には、北斗七星が北の空高くよく目立つ。ちょうどひしゃくをひっくり返し、北極星に水をかける形だ。

北斗七星は、昔の中国の星宿(星座のようなもの)を形成する7つの星の一団であるのだが、非常に知名度が高い。

日本で一般には、占星に関わる12星座(天文的には黄道12星座という。)の名はよく知られるが、それ以外の星々のまとまりの名称の中では、最も広く知られた名称のひとつだといえるだろう。

もっとも、黄道12星座の場合、名称は知られていたとしても、実際の星空での姿となると、よく知られている星座ばかりともいえないので、実際の姿を知っているという意味でいったら、全天でも片手に入る認知度の高い星々の一団といえるだろう。おそらく、憶測ではあるが、北斗七星はさそり座、オリオン座あたりと並んでベスト3くらいなのかもしれない。

天文学上の「星座」の世界標準は、国際天文学連合定義の88星座であり、北斗七星は初めに書いたようにその星座ではない(北斗七星はおおぐま座の一部になる。また、中国の星宿には、ほかに「斗」(南斗)や五車などが有名どころ。)。にもかかわらず、北斗七星が人々によく親しまれているのは、7つの星がそろって明るく、形もよく整っていて見やすい上、文字の持つ響きやイメージも印象深いことが要因だろう。

古来の日本においても、北斗七星は、七つ星又は四三星などという名で呼ばれたとされており、やはり同じ7つの星で一団と捉えられていたようで、このあたりからも目立つ星の固まりであることが分かる。ちなみにさそり座、オリオン座なども、同様に釣り針星、鼓星というような名で現在の星座と同様に一団とされていたようである。

私も初めて星の並びを覚えたのは、初夏の宵に北西の空に下り始めたこの7つの星たちだった。また、それだけではなく、幼かったその当時に、その名を聞き、かつ、星空の中に直接に姿を見たことが、その後、星、天文という世界に非常に強い関心を持ってゆくことになるきっかけとなったのだろうなと思う。

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