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シャボン玉の映り込み(その1)

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~点対称の夕空の謎~

夕暮れ近く寂しい空気が漂う時間、サンダル履きで庭に降りてぼんやりとしていると、どこからともなく、浮遊物がやってきて目の前をゆっくり過ぎてゆく。シャボン玉だった。

シャボン玉のやって来た方を見れば、庭石の上に裸足で降り立った私の娘が、しみじみとシャボン玉を飛ばしている。幼少の時分からシャボン玉好きではあったが、いまやもう女子高生である。年月の流れは早いもの。私自身のことについては少々焦燥さえも覚えなくもないのだが、自らの口許から次々送り出される透明でいて迷彩色を放つ球体を追う彼女の瞳には、幼少の頃と何も変わっていない懐かしい光があった。

シャボン玉が妖しい虹色迷彩を放つことは、誰しもその目で見知っていることだと思う。虹色のできる理由は、別の角度で入ってきた光が球体をなす薄い膜(この厚さが光の波長程度のとき虹が見える)の外面と内面のそれぞれで反射されて、人の目には同じ方向で入ってくるとき、波にズレがあるために、相互の光の波が干渉を起こすということによると説明される。
もっと正確で詳しい話まで突き詰めたら、かなり難しい話でもあるが、大雑把になら全く理解できないということもない。

目の前を通りすぎてゆく大小の迷彩球を、私は左から右へと次々見送っていたが、やはり、光が横から射す朝夕の光というのはドラマチックである。それらの球体は、迷彩の向こうに夕暮れ迫る空のオレンジをも映し込んでいた。

そして、私に驚きと疑問を与えてくれたのは、そのオレンジの空にさらに黒く浮かび上がる我が家のシルエットだった。球体であるシャボン玉に魚眼レンズを覗いたように歪んだ景色が映り込むのは想像にかたくない。むしろ自然である。けれども、シャボン玉の下半球に映っているのは、暗い庭の景色ではなく上半球に映っているのと同様にオレンジの空と我が家のシルエットである。

しかも、その映り込みに浮かび上がる我が家のシルエットは、上半球と下半球では正反対の像であり、上下の像は点対称の関係にある。いったい、これはどういうことなのだろうか。

考えるのはともかく後にして、しばし私はこの美しい像をただ眺めていた。娘はあいかわらず次々と大小の美しい球体を送り出し、私は凝縮されたシンメトリーの夕空を追い続けた。(→つづく

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