夢のはなし

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~これはただのカラスウリ~

元旦の夜の夢は「初夢」、しかし、今年はどうも記憶に残っていない。

歳を重ねるごとに夢を見なくなったのか。そう感じるだけで、起床後まで覚えていられなくなったのか。どちらにしても、最近はあまり印象深い夢を見た覚えが少ない。若い頃は夢を映画のように楽しんでさえいたくらいだったのだが。

・・・落葉樹に囲まれつつ少し開けた山中の野原、一陣の風に落ち葉がにわかに舞い、どこからともなく朱色に色づいた、ラグビーボールのような見覚えのない「樹気の実」という名の木の実が、回転し浮遊しながら飛んできた・・・

少し前に見た夢の中の一場面である。私の脳が勝手に創出した夢の話などなんの意味もないが、久しぶりにとても鮮明で強いイメージを残す夢だった。夢というものに、外部から直接リアルタイムのデータが入り込む要素があるとは思えない。だから、見たことも経験したこともないような夢の場面であっても、それは意識の内外を問わず、自分の脳裏のどこかのメモリーに蓄積されたものが引きだされたり、紡ぎ合わされて創られたものと考えざるを得ない。

そうすると、私が見た「樹気の実」とは、今の自分に内在する、どのような意識・記憶が何を表現するために創りだしたものなのだろうか…などと考えてみたりもするが、もちろんそれが何であるのかは解らないし、分かったところでどうなるわけでもない。

けれど、いずれにせよ、人の脳の働きは、いろいろ不可解で面白いものである。

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相対速度

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~真の相対速度をみた~

乗り物の窓からの景色はいつまで眺めていても飽きない。
居ながらにして、次々と現われ流れてゆく風景は、長い旅程もあっという間に感じさせるほどの魅力がある。それは、列車で車窓にへばりつくように景色を見ていた小さな頃から今も変わらない。

飛行機の窓から眺める景色はことさらである。何しろ、空というこの足で立つことのない場所からの風景である。見える景色のすべてが既に非日常の中にある。

先日、八丈島へ小旅行をしたときのこと。搭乗機が羽田を発った後、見慣れた地形を目で追うコースで南下し、ちょうど房総半島の最南端を抜けようかというところで、おそらくは羽田へ向かうであろう、すれ違いの旅客機の姿が見えた。
そして、旅客機は、視界をぎょっとするような速さで過ぎ去って行く。

思い返してみれば、巡航状態の飛行機から、逆方向に飛んでゆく飛行機を見るというのは、それほど多くはないものだ。
もちろん、自身の搭乗機と同じ方向に飛ぶ機と、逆方向に飛ぶ機では、視界にとどまる時間がまったく違うのだから、見過ごす場合があることも含めれば、逆方向に飛ぶ飛行機を見る機会は少なくて当然かもしれない。

それはともかく、この日みた逆行飛行機はとにかく速かった。言葉で表すのはちょっと難しいのだけれども、普段、空に見上げる飛行機で身についた視界内の飛行機の動きの感触からすると、とんでもなく速い。まるでミサイルのようだった。

もちろん、速く見えるのは、すれ違いであるからだけれども、高速道での対向車の見え方とはちょっと違う。新幹線のすれ違いでも、長い16両編成が非常識なほどあっという間に走り抜けて行くのを感じはするが、新幹線の場合には、聴覚的驚きが主なもので、相手車両があまりに至近距離であるせいか視覚に訴えるものは多くない。

思うに、地上の乗り物同士の場合、自身の周囲の風景も目に入るため、自身が前方に走っているという体感が残ることから、人は、逆行する側に対して純粋な相対速度では見ておらず、絶対速度を意識し、やや差し引いて速度を感じているということではないだろうか。

地上の乗り物に比べ、自身についても、また、相手についても、その絶対速度を体感することが少ない巡航中の飛行機同士では、相手の速度に対し、純粋に自身との相対速度を体感し得るということなのかもしれない。

今回の飛行機でのすれ違いは、比較的、低空であったし、東京湾入り口という場所から考えると、飛行機双方が、比較的低速で巡航していたのではないかと思われる。
速度が、せいぜい600km/h程度(これは、まったくのあてずっぽうですが、この場合それはどうでもいいのです。また、対空速度でも、対地速度でもどちらでもよいです。)だったとすると、このすれ違いで、自身の搭乗機から見た相手機の相対速度は、その2倍で1,200km/hくらいということになる。

この日見た相手機の相対速度が、本当にその程度のものだったのか、それ以上だったかはよく分からない。けれども、自身の目が感じた速さはとにかく途方もなく速かった。普段、真の相対速度というものを体感する機会が少ないための新鮮さだったのだろうか。

空はよく晴れ、飛行機の小さな窓の外は、空と海の分かれ目がはっきりしないほどに真っ青であったが、春霞の向こうに白い富士がぽっかりと浮かび、天地の境をかろうじて示していた。平和そのものの風景を背に、旅客機は視界を一閃して飛び去った。

※上画像内の相手飛行機は見難いですが、画像中央やや下で、陸と海の境い目付近です。ちょうど千葉県館山市の洲崎灯台が飛行機のすぐ背後方向になります。また、下画像は、それから即ズームして、1秒もかからず撮影してますが、相手飛行機は、もうここまで移動してます。下画像では、上記の洲崎灯台が白く確認できますね。Nd30020090221110756

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アウトリガー付きの漁船

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~南の島の異形の船~

先月のことであるが、八丈島を訪れた。

島は例年あまり天候の良くない頃である。天気予報の動向を見ながら、足止め覚悟で訪れた島は、幸いにして訪問時に限っては、本当に穏かな天候に恵まれた。

とはいえ、到着時にはまだ前日までの荒れ模様の気配が残っていた。聞けば、前日の飛行機は全便が欠航で、船などはここ数日間というもの来ていないという。自分たちが乗った飛行機も、羽田を出る時点では、まだ、到着できるのか、羽田引き返しとなるのかが、正直なところおぼつかない様子の航空会社側の案内だった。

そんな状況の中で着いた八丈島だが、島に着いて向かった海は、確かにまだまだ荒れていた。この日も本土からの船は港に着けないようである。

人気がなく閑静な漁港へ足を止め、海の様子をうかがった。確かに押し寄せる波は大きいが、地元房総で育った身である。時化の海を知らないわけではない。ただ、その荒れた波の大きさは、「何か変わった漂流物でも落ちてないかなあ」と台風の直後に訪れる時の、最高潮に荒れた地元の海のそれ並のレベルであった。

そして何よりも、見渡す限りの波浪の海は、まるで、この島自体が大海原に漂流する小さな船であるかのように、ゆっくり大きくうねっているようにも感じられた。

ところで、そんな海の迫力をしばらく眺めた後で、漁港内に陸揚げされた漁船を見かけた。しかし、初めに視界に入ったとき、すぐさまそれが漁船とは気付かなかった。なにしろ、その船には南太平洋などで使われて発展したカヌーの一種、アウトリガー・カヌーよろしく、アウトリガーを備えていたのである。

大きなカヌーかと思ってよく見ると、紛れもなく小型の漁船であった。しかも、その場に居並んでいる他の小型漁船を良く見れば、みなアウトリガーが付いているではないか。
こんな漁船風景は見た記憶がなかった。

船の本体の片側に、浮力体を張り出したシングル・アウトリガーの船体は、本船がそちら側へ倒れる方向に力が加わったとき、その浮力で抵抗し、本船がその逆側へ倒れる方向に力が加わったときは、その重量で抵抗するという仕組みにより、巧みに船体全体を安定させる。

私も、湖の静水でほんの遊び程度にカナディアン・カヌーに乗るのだが、その実、水が苦手なので、内心、カヌーにアウトリガーを付けたいくらいに思っている。

見渡す限りの怒涛の海原を見た直後である。風が吹きぬけ波浪に洗われることの多いこの島の風土には、きっと漁船にも船体を制御する上でアウトリガーが必要なのだろう。特殊な形状の漁船を突然目の前にしたが、この島の風土を思えば、すんなりとそう理解するほかなかった。

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シャボン玉の映り込み(その3)

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~スプーンで再現した正立像と倒立像~

シャボン玉の映り込みについて、星の写真屋さんであり、いつもとてもお世話になっているARGOさんから貴重な考察をいただいた。

簡単に書くと、
まず、シャボン玉に写った正立と倒立の2つの像の反射面であるが、正立像はシャボン玉のこちら側の面で凸面、また、倒立像は私が前回書いたシャボン玉の向こう側の面での2回反射などとは考えずに、シャボン玉の向こう側の面は凹面であるのだから、単純に1回反射で倒立するだろうということ。
次に、各像の大きさは、確かに(その2)に掲載した撮影者の私の像のように近接した対象物は、倒立像が大きいが、(その1)の家屋の像を比べると、正立像のほうが大きく、これら大きさが違って映るのは、凸面と凹面にカメラからの距離の差の問題ということである。

最初のご指摘は、かなり私がうっかりしていた点である。凸面鏡には正立像が写るのはいいとして、凹面鏡に倒立像が映るというのは、いまさらながら考えれば当たり前のことであった。丸スプーンでの模擬実験のヒントまでいただき、おそらく正解といっていい考えで、大納得である。
したがって、この記事の(その2)に書いたことのうち、向こう側(裏側)の面での反射は2回ではなく1回に訂正する必要がある。

2つ目の像の大きさについては、上下反転画像との合成画像まで作成して説明いただいた。確かに家屋の像は正立像のほうが大きくて、撮影者の像の大小とは結果が逆である(元画像を私のノートパソコンのモニターいっぱいの表示で確認すると、正立像は77mm、倒立像は74mmだった。)。
この大きさの違いについては、凹面鏡のパースペクティブ(遠近感)の問題であるので、キッチリした答えはなお検討が必要だと思うが、基本的には無限遠の距離にある対象物は、より近くにある凸面で反射した正立像の方が大きく見えるのだろうということになろう。

ヒントをいただいたスプーンの反射を使い、シャボン玉を撮影した同じ場所にて、凸面と凹面の反射像を並べて掲載してみた。

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シャボン玉の映り込み(その1)
シャボン玉の映り込み(その2)

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シャボン玉の映り込み(その2)

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~合成された点対称~

シャボン玉に歪曲しながら凝縮された映り込みは、なぜ点対称の像となるのだろうか。
夕空に浮かぶシャボン玉の色の美しさに見とれながらも、その妖しく歪んだ不思議な映り込みの理由に頭をめぐらせてみたが、答えとまでいえそうな確かなものにはたどり着かなかった。

まず、考えられることは、シャボン玉の球体には上下ともに同じく空が映っているのだから、決して単一の面で反射された1つの像ではないといえるだろう。つまり、シャボン玉全体としては、同じものが2つ映っていて、その2つの像は、それぞれ別の場所で反射し又は別のルートを通ってきた光が合成されて見える像であるはずだということだ。

そして当然考えなくてはならないのは、その2つの像をなす光のルートはどのようなものだろうかということになる。この記事の(その1)で、シャボン玉の虹色迷彩の反射に簡単に触れたが、その説明からいうと、シャボン玉は膜の外面と内面でそれぞれ光を反射しているということになるから、この美しいシンメトリー風景は、それら2つの面で反射した像の合成ということになるだろうか。

いやいや、これでは、最後の詰めの点対称を説明できない。この場合にできる2つの像は、その位置がずれても上下左右が入れ替わるような関係にはないだろう。

では、どう考えたらよいか。
ヒントとなりそうなのことの一つは、「2つの像は一方が正立像で、もう一方は倒立像である」ということである。正確には、正立像の方の像の向きは普通の鏡と同様に上下は同じで、左右も自分に対して同じ(向かっての左右でいうと逆になる)像であるから、正立像だけなら、金属の球に写った像とだいたい同じものと考えてよさそうである。そして、倒立像の方は正立像に対して上下、左右とも倒立している点が見逃せない。

もう一つヒントとなりそうなのは、近くで観察すると分かるのだが「正立像はやや小さく、倒立像はやや大きい」ということである。そして、シャボン玉に寄って撮った写真を見ると、2つの像のピントには若干の差がある(これらを、上の写真でシャボン玉中央に写っている私の姿で確認すると、正立像は少しボケて小さく、倒立像は大きくシャープ。)。

これらから考えると、写っている対象(自宅住居)から私の目までの光の経路中、光が反射した数は奇数と偶数の違いがあると思われる。そして、おそらく正立像のほうは、球体の自分に面した表面1回の反射だろう。また、倒立像の方はたぶん2回反射した光と思われ、光の経路を私の目から逆に辿ると、シャボン玉の球体の膜のうち、自分に近いこちら側の膜を通過し、球体の中に入った後に向こう側の膜の内面を2回反射し、再度こちら側の膜を通過して自分の背後へと向かうということになるのではなかろうか。

しばらく考えて見たが、頭だけで思いつくのは、この辺が限界である。ちゃんと理詰めで考える力があれば、すぐ分かるような気もしてきたが、残念ながら今の私には、その理詰めをする力がない。しかし、もう少し自分だけの宿題として楽しんでみようと思う。

夕日が落ちて闇の迫る薄暮の時間、シャボン玉も次第にその色を失っていった。

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シャボン玉の映り込み(その1)
シャボン玉の映り込み(その3)

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シャボン玉の映り込み(その1)

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~点対称の夕空の謎~

夕暮れ近く寂しい空気が漂う時間、サンダル履きで庭に降りてぼんやりとしていると、どこからともなく、浮遊物がやってきて目の前をゆっくり過ぎてゆく。シャボン玉だった。

シャボン玉のやって来た方を見れば、庭石の上に裸足で降り立った私の娘が、しみじみとシャボン玉を飛ばしている。幼少の時分からシャボン玉好きではあったが、いまやもう女子高生である。年月の流れは早いもの。私自身のことについては少々焦燥さえも覚えなくもないのだが、自らの口許から次々送り出される透明でいて迷彩色を放つ球体を追う彼女の瞳には、幼少の頃と何も変わっていない懐かしい光があった。

シャボン玉が妖しい虹色迷彩を放つことは、誰しもその目で見知っていることだと思う。虹色のできる理由は、別の角度で入ってきた光が球体をなす薄い膜(この厚さが光の波長程度のとき虹が見える)の外面と内面のそれぞれで反射されて、人の目には同じ方向で入ってくるとき、波にズレがあるために、相互の光の波が干渉を起こすということによると説明される。
もっと正確で詳しい話まで突き詰めたら、かなり難しい話でもあるが、大雑把になら全く理解できないということもない。

目の前を通りすぎてゆく大小の迷彩球を、私は左から右へと次々見送っていたが、やはり、光が横から射す朝夕の光というのはドラマチックである。それらの球体は、迷彩の向こうに夕暮れ迫る空のオレンジをも映し込んでいた。

そして、私に驚きと疑問を与えてくれたのは、そのオレンジの空にさらに黒く浮かび上がる我が家のシルエットだった。球体であるシャボン玉に魚眼レンズを覗いたように歪んだ景色が映り込むのは想像にかたくない。むしろ自然である。けれども、シャボン玉の下半球に映っているのは、暗い庭の景色ではなく上半球に映っているのと同様にオレンジの空と我が家のシルエットである。

しかも、その映り込みに浮かび上がる我が家のシルエットは、上半球と下半球では正反対の像であり、上下の像は点対称の関係にある。いったい、これはどういうことなのだろうか。

考えるのはともかく後にして、しばし私はこの美しい像をただ眺めていた。娘はあいかわらず次々と大小の美しい球体を送り出し、私は凝縮されたシンメトリーの夕空を追い続けた。(→つづく

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スキャナー画像

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~直SCANは写真より有利な部分もある~

スキャナーで庭の落ち葉をスキャンしてみた。最近のフラットヘッドのスキャナーは、実に安価で解像も高い。パソコンを所持する多くの方が、プリンターとの併用機種も含めてスキャナーを所持している。

スキャナーで、よりうまく撮影するには、技やコツもあるのかもしれないが、とりあえずそういうものなしで、ただスキャナーのガラス原稿台の上に葉をぱらぱらと乗せただけで撮影してみたが、それでも、このように十分きれいに図鑑的マクロ撮影ができるので、植物や鉱物などの静物を撮影するにはかなり有力な手段の一つとも思われる。

カメラ(デジタル・フィルム共通)に比べて優れた点は、同じことをやろうとするなら撮影がずっと容易であることだろう。一眼レフカメラの場合、このようなマクロ撮影には、マクロレンズが必要だし、もっと特殊な光学装置(注1)も必要になりそうだ。また、マクロ撮影が得意なコンパクトカメラも含め、平準的に光を当てた撮影をするには、それなりのライティングシステムが必要になり、カメラにさほど入れ込みのない大多数の方には機材の面で無理がある。また、撮影技術も結構必要である。

もう一つ、本質的にはより重要な事であるが、おそらくは、うまく使いこなすと、カメラ以上の精密な記録が出来るのではなかろうか。微小な植物の構造などがかなり精細に記録できるものと期待でき、スキャナーの解像度を上げてやれば、相当の高画質(わかりやすくデジカメの画素数にして3000万画素(注2)くらいに相当するようなイメージ)が期待でき、これから私も機会を見て少しいじってみたいと思う。

一方、難点もある。
まず第一に、自然のフィールドで生物などのそのままの姿を撮影できないことである。これをこなすのは、はやはりカメラならではのことであろう。

そして、もうひとつはフォーカスだろうか。
当然のことながら、スキャナーの焦点は原稿台に固定してセットされているので、紙のような平面的なものを撮影するのは問題ないが、厚みのあるものは台から離れれば離れるだけボケてしまう。被写界深度自体は案外深いのだが(注3)カメラのように、被写体の奥に焦点を当てて撮影することはできず、常に一番前面に焦点が来る。

そういうわけで、最近購入したわけでもないのに、ちょっとした気まぐれでいじってみたスキャナーが、結構遊べそうでちょっと楽しみになってきた。

(注1:マクロレンズだけでは、「等倍撮影」といって、実物とフィルム上に記録されるサイズが同じくらいの倍率の撮影がせいぜい)
(注2:これはまったくの適当な表現に使ったもので、3000万画素という数字には何の意味もない。見出しの画像の原画はPC画面で新聞紙大だが、まだまだスキャナーの性能上では中画質である)
(注3:被写界深度とは、簡単に言うと焦点前後の、焦点がだいたい合っているように見える範囲の奥行の長さ)

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反射炉

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~耐火煉瓦の色が目をひきつける~

常に「目的に沿って効率よく」が行動規範になっている合理主義者の私には、何気なく、どこかにぶらりと立ち寄るということは、イレギュラーなことであるのだけれども、それだけにいつものことではないので、それはそれで基本姿勢と違っても楽しいひと時である。

先週末に伊豆に向かう途上、「反射炉」という文字が目に入った。はて、「反射炉」とはなんだろうか?

まず頭に浮かんだのは、磨き上げられた金属板、そしてギリシャのコロシアムのような古風な石造りか、はたまた、まったく現代風な直線基調の施設内に、その金属の反射鏡が太陽の光を集めるべく並んだ風景だった。

すぐにワクワクした気持ちで案内に沿ってハンドルを切り現地に向かってみたのであるが、そこにあったものは、想像とはまったく違う国指定史跡の韮山反射炉という遺物だった。

なんでも、幕末期の伊豆代官(江川太郎左衛門英龍)が、黒船時代、国防のため幕府の許可をとって大砲鋳造のために築造した金属溶解炉がこの反射炉であるといい、構造を簡単にいうと、中の空間を人の胃袋のような形にした大きな暖炉のようなものであり、その中ほどにうまく熱が集まって金属を融解させるだけの高温を作り出す設備ということになる。
そして、この韮山反射炉は、1854年に起工、1857年に完成して、1864年までに大砲数百門が鋳造され、それらは主に江戸防備のため造られた品川のお台場で使われたということである。

この反射炉は国内で完全な形で現存するものとしては唯一のものだという。確かに耐火レンガの色合いといい、精巧さな積み上がりの造形はすばらしく、また、反射炉というもの自体は西洋の技術を拝借して築造されたものではあるが、西洋ではすぐにより効率の良い溶鉱炉が開発されたため、あまり広まることはなかったといい、幕末の産物によくみられる和洋が混沌とした何かを引き付けるものをもっていた。

N20061216131716 鋳造された24ポンド・カノン砲

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カイロ

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~30年近く愛用のハクキンカイロ~

明日はキャンプだ。幸い天気は好いようであるが、標高もある山の中、かなりの冷え込みが予想される。

そろそろカイロの時期が来たなと思ったら、燃料が切れてしまっていたので町に買いに出た。若い人はカイロに燃料?と思うのかもしれないが、カイロはやっぱりハクキンカイロだ。

ところが、驚いたことに売っているはずの薬品店にそれは置いていなかった。郊外型の大型店舗は、やはり客層がちょっと違うのだろう。やむなく、旧商店街にある昔からの薬局に行くと、「はいはい、ありますよ。」と快い返事。さっそく、求めていた代物を購入した。

しかし、その後が違う。「いや~、最近じゃもうあまりないんですよね。カイロ本体なんて、もうは売ってないでしょう。ハクキンカイロの会社も潰れてしまったようだし」ときた。

いや、いくら使い捨てカイロ全盛の世とはいえ、それはあんまりではと思ったが、そこは苦笑いして薬局を出た。

購入したのは「ベンジン」。昔懐かしい響きの名だ。
ほんとうは、「ベンジン」じゃなくたっていい。オイルライターの燃料である「ナフサ」でもいいし。キャンプで使う「ホワイト・ガソリン」でもいいのだ。これらみな、名前は違うが、同じようなものである。

ところで、このハクキン・カイロ。白金の触媒作用を使った酸化反応による発熱器であるが、いまもって見てもなかなか味わい深い逸品と思う。

ただ、それとは別に、カイロを眺めていたら、使い捨てカイロとハクキン・カイロの違いというのは、私自身の趣向において両極端に位置するものだと気づいた。百円ライターにも代表されるように、使い捨て商品には非常に嫌悪感をもっている。
資源問題などを言っているのではない。あくまで、趣向の世界である。

形あるものは、消費物のみ更新し、可能な限り永く愛着を持って使いたいのである。もちろん、それなりの風格をもった容姿が欲しいところであるのだが。

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プログレ

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Photo:Nikon D200/Reflex Nikkor 500mm F8+Kenko TELEPLUS PRO 300 2x
~今宵の"Dark Side of the Moon"~

地球照のことは以前「月の暗い面」で書いたので、ここではPINK FROIDのアルバム「Dark Side of the Moon」にちなんで、プログレッシブ・ロックのことなどちょっと書いてみる。

「Dark Side of the Moon」は、ピンク・フロイドの1973年のアルバムで、ここからピンク・フロイドはよりメジャーな路線へと入ってゆく。
それにしても、この林道百拾号線で音楽関連を書くのは初めてかもしれない・・・

さて、私がごく若いころの洋楽シーンは、プログレッシブ・ロック・・・いわゆる「プログレ」に席巻された時代だったとまで言ってはまったく大げさであるのだが、本来的にはマイナー路線の条件を備えたこのプログレが、相当数の当時の若者の心を捉えていた。

ハードロック、ポップミュージック、クラッシック、ジャズ、はては民俗音楽やその後ムーブメントが来るデジタルサウンドなど、様々な要素を取り入れた先進性がプログレスなのか、音の組み立てが前衛的でプログレスなのか、その名称自体よく判らない存在だし、結局、「プログレっぽい」かどうかは、なんとなく判らなくはないのだけれども、きっちり定義の付きづらい音楽だった。
まあ、それをいえば、そもそも音楽は本来は型など存在しない自由なもので、クラッシックだってなんだって、みな同じであって正確な分類などというものは意味がないというのが正論なのだろう。

とにもかくにも、当時の私は買うLP(ロングプレイのアナログレコード盤・・・などと注釈する日が来ようなどとは、当時思っても見なかった。いまのCDより当たり前な存在だったから。)はみなプログレばかり、それどころか、小遣いや昼飯代、パチン・・・いやいや、全資金がそのLP購入代に消えていった感がある。

ちなみに、ピンク・フロイドの作品について、当時の個人的な趣向では、「Dark Side・・・」の次の作品になる「Wish You Were Here」(1975年)が最も完成されていると感じ、最も感動を受けたものだった。

いまや、我々世代が実際に世を動かす中心的役割を担っている時代となり、時折、TVの思わぬシーンから、KING CRIMSONのナンバーなどが、ちらりと聞えてきたりすると、思わずニヤリとしてしまう。

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