シャボン玉の映り込み(その3)

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~スプーンで再現した正立像と倒立像~

シャボン玉の映り込みについて、星の写真屋さんであり、いつもとてもお世話になっているARGOさんから貴重な考察をいただいた。

簡単に書くと、
まず、シャボン玉に写った正立と倒立の2つの像の反射面であるが、正立像はシャボン玉のこちら側の面で凸面、また、倒立像は私が前回書いたシャボン玉の向こう側の面での2回反射などとは考えずに、シャボン玉の向こう側の面は凹面であるのだから、単純に1回反射で倒立するだろうということ。
次に、各像の大きさは、確かに(その2)に掲載した撮影者の私の像のように近接した対象物は、倒立像が大きいが、(その1)の家屋の像を比べると、正立像のほうが大きく、これら大きさが違って映るのは、凸面と凹面にカメラからの距離の差の問題ということである。

最初のご指摘は、かなり私がうっかりしていた点である。凸面鏡には正立像が写るのはいいとして、凹面鏡に倒立像が映るというのは、いまさらながら考えれば当たり前のことであった。丸スプーンでの模擬実験のヒントまでいただき、おそらく正解といっていい考えで、大納得である。
したがって、この記事の(その2)に書いたことのうち、向こう側(裏側)の面での反射は2回ではなく1回に訂正する必要がある。

2つ目の像の大きさについては、上下反転画像との合成画像まで作成して説明いただいた。確かに家屋の像は正立像のほうが大きくて、撮影者の像の大小とは結果が逆である(元画像を私のノートパソコンのモニターいっぱいの表示で確認すると、正立像は77mm、倒立像は74mmだった。)。
この大きさの違いについては、凹面鏡のパースペクティブ(遠近感)の問題であるので、キッチリした答えはなお検討が必要だと思うが、基本的には無限遠の距離にある対象物は、より近くにある凸面で反射した正立像の方が大きく見えるのだろうということになろう。

ヒントをいただいたスプーンの反射を使い、シャボン玉を撮影した同じ場所にて、凸面と凹面の反射像を並べて掲載してみた。

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シャボン玉の映り込み(その1)
シャボン玉の映り込み(その2)

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シャボン玉の映り込み(その2)

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~合成された点対称~

シャボン玉に歪曲しながら凝縮された映り込みは、なぜ点対称の像となるのだろうか。
夕空に浮かぶシャボン玉の色の美しさに見とれながらも、その妖しく歪んだ不思議な映り込みの理由に頭をめぐらせてみたが、答えとまでいえそうな確かなものにはたどり着かなかった。

まず、考えられることは、シャボン玉の球体には上下ともに同じく空が映っているのだから、決して単一の面で反射された1つの像ではないといえるだろう。つまり、シャボン玉全体としては、同じものが2つ映っていて、その2つの像は、それぞれ別の場所で反射し又は別のルートを通ってきた光が合成されて見える像であるはずだということだ。

そして当然考えなくてはならないのは、その2つの像をなす光のルートはどのようなものだろうかということになる。この記事の(その1)で、シャボン玉の虹色迷彩の反射に簡単に触れたが、その説明からいうと、シャボン玉は膜の外面と内面でそれぞれ光を反射しているということになるから、この美しいシンメトリー風景は、それら2つの面で反射した像の合成ということになるだろうか。

いやいや、これでは、最後の詰めの点対称を説明できない。この場合にできる2つの像は、その位置がずれても上下左右が入れ替わるような関係にはないだろう。

では、どう考えたらよいか。
ヒントとなりそうなのことの一つは、「2つの像は一方が正立像で、もう一方は倒立像である」ということである。正確には、正立像の方の像の向きは普通の鏡と同様に上下は同じで、左右も自分に対して同じ(向かっての左右でいうと逆になる)像であるから、正立像だけなら、金属の球に写った像とだいたい同じものと考えてよさそうである。そして、倒立像の方は正立像に対して上下、左右とも倒立している点が見逃せない。

もう一つヒントとなりそうなのは、近くで観察すると分かるのだが「正立像はやや小さく、倒立像はやや大きい」ということである。そして、シャボン玉に寄って撮った写真を見ると、2つの像のピントには若干の差がある(これらを、上の写真でシャボン玉中央に写っている私の姿で確認すると、正立像は少しボケて小さく、倒立像は大きくシャープ。)。

これらから考えると、写っている対象(自宅住居)から私の目までの光の経路中、光が反射した数は奇数と偶数の違いがあると思われる。そして、おそらく正立像のほうは、球体の自分に面した表面1回の反射だろう。また、倒立像の方はたぶん2回反射した光と思われ、光の経路を私の目から逆に辿ると、シャボン玉の球体の膜のうち、自分に近いこちら側の膜を通過し、球体の中に入った後に向こう側の膜の内面を2回反射し、再度こちら側の膜を通過して自分の背後へと向かうということになるのではなかろうか。

しばらく考えて見たが、頭だけで思いつくのは、この辺が限界である。ちゃんと理詰めで考える力があれば、すぐ分かるような気もしてきたが、残念ながら今の私には、その理詰めをする力がない。しかし、もう少し自分だけの宿題として楽しんでみようと思う。

夕日が落ちて闇の迫る薄暮の時間、シャボン玉も次第にその色を失っていった。

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シャボン玉の映り込み(その1)
シャボン玉の映り込み(その3)

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シャボン玉の映り込み(その1)

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~点対称の夕空の謎~

夕暮れ近く寂しい空気が漂う時間、サンダル履きで庭に降りてぼんやりとしていると、どこからともなく、浮遊物がやってきて目の前をゆっくり過ぎてゆく。シャボン玉だった。

シャボン玉のやって来た方を見れば、庭石の上に裸足で降り立った私の娘が、しみじみとシャボン玉を飛ばしている。幼少の時分からシャボン玉好きではあったが、いまやもう女子高生である。年月の流れは早いもの。私自身のことについては少々焦燥さえも覚えなくもないのだが、自らの口許から次々送り出される透明でいて迷彩色を放つ球体を追う彼女の瞳には、幼少の頃と何も変わっていない懐かしい光があった。

シャボン玉が妖しい虹色迷彩を放つことは、誰しもその目で見知っていることだと思う。虹色のできる理由は、別の角度で入ってきた光が球体をなす薄い膜(この厚さが光の波長程度のとき虹が見える)の外面と内面のそれぞれで反射されて、人の目には同じ方向で入ってくるとき、波にズレがあるために、相互の光の波が干渉を起こすということによると説明される。
もっと正確で詳しい話まで突き詰めたら、かなり難しい話でもあるが、大雑把になら全く理解できないということもない。

目の前を通りすぎてゆく大小の迷彩球を、私は左から右へと次々見送っていたが、やはり、光が横から射す朝夕の光というのはドラマチックである。それらの球体は、迷彩の向こうに夕暮れ迫る空のオレンジをも映し込んでいた。

そして、私に驚きと疑問を与えてくれたのは、そのオレンジの空にさらに黒く浮かび上がる我が家のシルエットだった。球体であるシャボン玉に魚眼レンズを覗いたように歪んだ景色が映り込むのは想像にかたくない。むしろ自然である。けれども、シャボン玉の下半球に映っているのは、暗い庭の景色ではなく上半球に映っているのと同様にオレンジの空と我が家のシルエットである。

しかも、その映り込みに浮かび上がる我が家のシルエットは、上半球と下半球では正反対の像であり、上下の像は点対称の関係にある。いったい、これはどういうことなのだろうか。

考えるのはともかく後にして、しばし私はこの美しい像をただ眺めていた。娘はあいかわらず次々と大小の美しい球体を送り出し、私は凝縮されたシンメトリーの夕空を追い続けた。(→つづく

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スキャナー画像

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~直SCANは写真より有利な部分もある~

スキャナーで庭の落ち葉をスキャンしてみた。最近のフラットヘッドのスキャナーは、実に安価で解像も高い。パソコンを所持する多くの方が、プリンターとの併用機種も含めてスキャナーを所持している。

スキャナーで、よりうまく撮影するには、技やコツもあるのかもしれないが、とりあえずそういうものなしで、ただスキャナーのガラス原稿台の上に葉をぱらぱらと乗せただけで撮影してみたが、それでも、このように十分きれいに図鑑的マクロ撮影ができるので、植物や鉱物などの静物を撮影するにはかなり有力な手段の一つとも思われる。

カメラ(デジタル・フィルム共通)に比べて優れた点は、同じことをやろうとするなら撮影がずっと容易であることだろう。一眼レフカメラの場合、このようなマクロ撮影には、マクロレンズが必要だし、もっと特殊な光学装置(注1)も必要になりそうだ。また、マクロ撮影が得意なコンパクトカメラも含め、平準的に光を当てた撮影をするには、それなりのライティングシステムが必要になり、カメラにさほど入れ込みのない大多数の方には機材の面で無理がある。また、撮影技術も結構必要である。

もう一つ、本質的にはより重要な事であるが、おそらくは、うまく使いこなすと、カメラ以上の精密な記録が出来るのではなかろうか。微小な植物の構造などがかなり精細に記録できるものと期待でき、スキャナーの解像度を上げてやれば、相当の高画質(わかりやすくデジカメの画素数にして3000万画素(注2)くらいに相当するようなイメージ)が期待でき、これから私も機会を見て少しいじってみたいと思う。

一方、難点もある。
まず第一に、自然のフィールドで生物などのそのままの姿を撮影できないことである。これをこなすのは、はやはりカメラならではのことであろう。

そして、もうひとつはフォーカスだろうか。
当然のことながら、スキャナーの焦点は原稿台に固定してセットされているので、紙のような平面的なものを撮影するのは問題ないが、厚みのあるものは台から離れれば離れるだけボケてしまう。被写界深度自体は案外深いのだが(注3)カメラのように、被写体の奥に焦点を当てて撮影することはできず、常に一番前面に焦点が来る。

そういうわけで、最近購入したわけでもないのに、ちょっとした気まぐれでいじってみたスキャナーが、結構遊べそうでちょっと楽しみになってきた。

(注1:マクロレンズだけでは、「等倍撮影」といって、実物とフィルム上に記録されるサイズが同じくらいの倍率の撮影がせいぜい)
(注2:これはまったくの適当な表現に使ったもので、3000万画素という数字には何の意味もない。見出しの画像の原画はPC画面で新聞紙大だが、まだまだスキャナーの性能上では中画質である)
(注3:被写界深度とは、簡単に言うと焦点前後の、焦点がだいたい合っているように見える範囲の奥行の長さ)

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反射炉

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~耐火煉瓦の色が目をひきつける~

常に「目的に沿って効率よく」が行動規範になっている合理主義者の私には、何気なく、どこかにぶらりと立ち寄るということは、イレギュラーなことであるのだけれども、それだけにいつものことではないので、それはそれで基本姿勢と違っても楽しいひと時である。

先週末に伊豆に向かう途上、「反射炉」という文字が目に入った。はて、「反射炉」とはなんだろうか?

まず頭に浮かんだのは、磨き上げられた金属板、そしてギリシャのコロシアムのような古風な石造りか、はたまた、まったく現代風な直線基調の施設内に、その金属の反射鏡が太陽の光を集めるべく並んだ風景だった。

すぐにワクワクした気持ちで案内に沿ってハンドルを切り現地に向かってみたのであるが、そこにあったものは、想像とはまったく違う国指定史跡の韮山反射炉という遺物だった。

なんでも、幕末期の伊豆代官(江川太郎左衛門英龍)が、黒船時代、国防のため幕府の許可をとって大砲鋳造のために築造した金属溶解炉がこの反射炉であるといい、構造を簡単にいうと、中の空間を人の胃袋のような形にした大きな暖炉のようなものであり、その中ほどにうまく熱が集まって金属を融解させるだけの高温を作り出す設備ということになる。
そして、この韮山反射炉は、1854年に起工、1857年に完成して、1864年までに大砲数百門が鋳造され、それらは主に江戸防備のため造られた品川のお台場で使われたということである。

この反射炉は国内で完全な形で現存するものとしては唯一のものだという。確かに耐火レンガの色合いといい、精巧さな積み上がりの造形はすばらしく、また、反射炉というもの自体は西洋の技術を拝借して築造されたものではあるが、西洋ではすぐにより効率の良い溶鉱炉が開発されたため、あまり広まることはなかったといい、幕末の産物によくみられる和洋が混沌とした何かを引き付けるものをもっていた。

N20061216131716 鋳造された24ポンド・カノン砲

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カイロ

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~30年近く愛用のハクキンカイロ~

明日はキャンプだ。幸い天気は好いようであるが、標高もある山の中、かなりの冷え込みが予想される。

そろそろカイロの時期が来たなと思ったら、燃料が切れてしまっていたので町に買いに出た。若い人はカイロに燃料?と思うのかもしれないが、カイロはやっぱりハクキンカイロだ。

ところが、驚いたことに売っているはずの薬品店にそれは置いていなかった。郊外型の大型店舗は、やはり客層がちょっと違うのだろう。やむなく、旧商店街にある昔からの薬局に行くと、「はいはい、ありますよ。」と快い返事。さっそく、求めていた代物を購入した。

しかし、その後が違う。「いや~、最近じゃもうあまりないんですよね。カイロ本体なんて、もうは売ってないでしょう。ハクキンカイロの会社も潰れてしまったようだし」ときた。

いや、いくら使い捨てカイロ全盛の世とはいえ、それはあんまりではと思ったが、そこは苦笑いして薬局を出た。

購入したのは「ベンジン」。昔懐かしい響きの名だ。
ほんとうは、「ベンジン」じゃなくたっていい。オイルライターの燃料である「ナフサ」でもいいし。キャンプで使う「ホワイト・ガソリン」でもいいのだ。これらみな、名前は違うが、同じようなものである。

ところで、このハクキン・カイロ。白金の触媒作用を使った酸化反応による発熱器であるが、いまもって見てもなかなか味わい深い逸品と思う。

ただ、それとは別に、カイロを眺めていたら、使い捨てカイロとハクキン・カイロの違いというのは、私自身の趣向において両極端に位置するものだと気づいた。百円ライターにも代表されるように、使い捨て商品には非常に嫌悪感をもっている。
資源問題などを言っているのではない。あくまで、趣向の世界である。

形あるものは、消費物のみ更新し、可能な限り永く愛着を持って使いたいのである。もちろん、それなりの風格をもった容姿が欲しいところであるのだが。

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プログレ

N20060304-180900
Photo:Nikon D200/Reflex Nikkor 500mm F8+Kenko TELEPLUS PRO 300 2x
~今宵の"Dark Side of the Moon"~

地球照のことは以前「月の暗い面」で書いたので、ここではPINK FROIDのアルバム「Dark Side of the Moon」にちなんで、プログレッシブ・ロックのことなどちょっと書いてみる。

「Dark Side of the Moon」は、ピンク・フロイドの1973年のアルバムで、ここからピンク・フロイドはよりメジャーな路線へと入ってゆく。
それにしても、この林道百拾号線で音楽関連を書くのは初めてかもしれない・・・

さて、私がごく若いころの洋楽シーンは、プログレッシブ・ロック・・・いわゆる「プログレ」に席巻された時代だったとまで言ってはまったく大げさであるのだが、本来的にはマイナー路線の条件を備えたこのプログレが、相当数の当時の若者の心を捉えていた。

ハードロック、ポップミュージック、クラッシック、ジャズ、はては民俗音楽やその後ムーブメントが来るデジタルサウンドなど、様々な要素を取り入れた先進性がプログレスなのか、音の組み立てが前衛的でプログレスなのか、その名称自体よく判らない存在だし、結局、「プログレっぽい」かどうかは、なんとなく判らなくはないのだけれども、きっちり定義の付きづらい音楽だった。
まあ、それをいえば、そもそも音楽は本来は型など存在しない自由なもので、クラッシックだってなんだって、みな同じであって正確な分類などというものは意味がないというのが正論なのだろう。

とにもかくにも、当時の私は買うLP(ロングプレイのアナログレコード盤・・・などと注釈する日が来ようなどとは、当時思っても見なかった。いまのCDより当たり前な存在だったから。)はみなプログレばかり、それどころか、小遣いや昼飯代、パチン・・・いやいや、全資金がそのLP購入代に消えていった感がある。

ちなみに、ピンク・フロイドの作品について、当時の個人的な趣向では、「Dark Side・・・」の次の作品になる「Wish You Were Here」(1975年)が最も完成されていると感じ、最も感動を受けたものだった。

いまや、我々世代が実際に世を動かす中心的役割を担っている時代となり、時折、TVの思わぬシーンから、KING CRIMSONのナンバーなどが、ちらりと聞えてきたりすると、思わずニヤリとしてしまう。

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乾燥芋

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Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~冬の茨城の風物といえる~

茨城の海、鹿島灘沿いを車で流していると、「干し芋」の看板が目に入った。
少々時期は過ぎかけてしまっているはずだが、ふと食べたくなって国道を外れ、細い農道を縫って製造業者を訪ねてみた。

比較的大きな規模で製造しているところに立ち寄ってみると、まだまだたくさんの芋が干してあった。実際に匂いがこちらに香ってくるようなことは無いのだけれども、なんだか、しっとりした甘味が直接伝わってくる。

原料の芋は通常、甘味の元の澱粉が多い「タマユタカ」という芋を使い、それが茨城の火山灰土壌が栽培に適すのと、この地域の冬季特有の風も芋の乾燥に必要であること、更にやわらかさと甘みを整えるのに、昼夜の寒暖の差という条件も揃っているようだ。天日の恵と寒風で鍛えた茨城の名産といったところだろうか。

乾燥芋は、そのまま食べても美味しいし、よく、だるまストーブの天板に乗せ、半焼にしても食べたものだった。試食させてもらったが、甘みといい柔らかさといい、さすが産地の現場で食すといっそう美味しく感じられた。

ここではよく見る灰色のもののほかに、褐色の種類のもの(芋の種類も聞いたが失念・・・たぶん「ベニアズマ」)も置いてあった。聞いてみると、褐色の方はあまり広くは市場に出していないらしい。また、やはりシーズンは秋から冬、農家で自家用などに作るものは年明けあたりで終わりらしい。

ハウスなどで乾燥するのでなく、生の天日干しは、手間はかかるだろうが、やはり、いかにもおいしそうに感じる。もちろん、天日の恩恵をたっぷり含んだ甘味を家へ持ち帰った。

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冬の朝、春の朝

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Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
(130mm 1/500" F6.3 ISO250)

~林道で晴れ晴れした朝を迎える~

朝はいつも前向きで、上を志向して、前途に希望がある

少し前に、朝の林道を走った時のこと、西の青炭色の空から3羽の水鳥が明るい東の空へと急ぐ姿を仰ぎ見た。
気持ちはよく分かる。いや、勝手な想像には違いないけれども、自分の目には、少しでも明るいほうへ、少しでも希望に近い方向を目指そうとする姿に映った。

冬の朝、まだ生き物たちの活動は静寂を守っているけれども、冬より春へ、明るい季節へと、少しずつ何かが動いている予感を覚える。

まだ寒いこの季節には、起床直後の体は重くて、瞼は重い。ストーブの前に丸くなっていたら、いつまでたっても動けない。けれども、朝の扉を開いて、空の光彩を目にすれば、たちまち瞳孔は開き、体は軽くなっってゆく。

Let's Kiss「だれかに・・・」へTB

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鳥啼歌

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Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~とりなくうた~

鳥啼く声す 夢覚ませ
見よ明け渡る 東を
空色栄えて 沖つ辺に
帆船群れゐぬ 靄の中

以前の項で、自然を形作る数々の天地のことばに、全ての仮名をもれなく1回ずつ歌いこんだ平安時代からの手習い歌「天地の歌」を紹介したが、こちらは明治36年に万朝報 という新聞の募集で1位に選定された坂本百次郎という方の作。通常のいろはに、「ん」を含んだ48文字になっている。通称「とりな順」として、戦前に「いろは順」のように広くしれわっていたらしい。

とりなくこゑす ゆめさませ
みよあけわたる ひんかしを
そらいろはえて おきつへに
ほふねむれゐぬ もやのうち

この歌も、一仮名1回全仮名使用という厳しい制約にありながら、明けの時、空と海の情景を見事に歌い込んでいる

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Nikon D200

D200IMG
~期待は非常に大きい~

デジタルカメラを使うことで、自分の中で様々な世界がとても広がってきたと思う。
フィルム・カメラにもともと興味はあったが、なにはともあれ面倒がりやなので、写してすぐ使えないと気持ちが維持しないし、フィルムを買うのさえ面倒がるから、使う枚数も限られてしまう。あまり使いきれていなかったのが実情であった。

デジタルカメラは、昆虫や花の記録的撮影に使って来た。やがて、WEBサイトでレポートに使い出して、かなりの枚数を写すようになってきた。そんなこんなで、いろいろいじっているうちに、カメラや撮影本来の楽しさというものも自分なりには育ってきた。

これまでどおりの用途では、例えばサイトで使うレポ画像などは、やはりコンパクト・デジタルカメラの領域であって、通常には一眼レフは必要ない。でも、一方で、歩いて、また車を降りて、じっくりと「写す」ことを目的に写す「時」も増えてきたのは事実。一眼レフを必要とする場面が出てきたカナと思えるようになってきたのに加え、自己満足的ではあるけれど、正直に言って撮影技術的にも割と追いついてきたのではないかなと思っている。

そこで、デジタル一眼。Nikon D200です。

カメラのクラスとしては、アマ・ハイエンドがいい。今の自分の技術は当然ながらエントリークラスが相応といえるが、人は成長するし、欲も成長する。特に欲のほうは、技術力にかかわらず確実に成長するのは間違いない。また、カメラに限らず機械というものは、次々変えていたら、身に付く技術も付かぬままとなってしまう。だから、進歩の激しいデジタルモノといえども、長く遣いたいし愛情も持ちたい。

欲が成長といっても、今で言えば1DMarkⅡとかD2Xという、プライスレベルには、今後も踏み入ることはないだろう。そこまでの身の程ではない。その一段下、ぎりぎり届くレベルで20Dかやや無理をして35mmで売ろうとしている5Dか・・・ただ、これらは、いまいち、自分に訴えるものが薄い機種であって、なけなしの資力もうるさい愛情も投入できそうもない。

そんなこんなで、実はそのクラスは断念し、ここは、いったん腕に合わせて、ひとまずオリンパスE500にいこうかなと思っていた。いや、実際、これはいいカメラだと思う。ところが、時期を計ったように、これしかないというような丁度いいものが出てきてくれたのである。

かなり前から、形もないのに名前だけ存在したD200・・・そんな時から密かに待ってはいたが、本当にその名前で出てきたのには驚く。細かいスペックももちろん調べたが、カメラ小僧ではないので、そういう話はしたくない。自分の中で密かに比較検討などもしているのだけれども、人に向かってスペックでモノを語るのはどうも好きではない。

ともあれ、各方面の反応は、発表時の自分の第一印象よりも、さらに良好なようで、想像を超えた名機であると期待したい。自分としては、トータルパッケージングとして満足の一品とみた。
飛びつくように早々に予約を入れて、発売日※を待つ身だが、その先に続く金欠状態は恐ろしい。

※Nikon D200 は12/16発売予定。レンズキットはAF-S DX Zoom18-70mmですが、ボディと同時発売のAF-S DX VR Zoom18-200を予約した。

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炒り椎の実

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~殻が割れて美味そうな実がのぞく~

椎の実を炙った。
この香ばしい香りはたまらない。あつあつの殻を爪でこじ開けて、ささやかな実をぱくりといくと、口の中に木の実特有のこくと懐かしさのあるあの味が広がる。

子供の頃は、実のなる椎の木を庭に欲しいと思ったが、どうしたわけか、まだそれは実現していない。こじんまりした庭にあの大木は無理だし、実がなるとしても、小さな椎の木では、ちょっと興ざめる。やはり、椎の木はこんもりと、遠くから見たら山のようでなくては・・・そんな思い入れもあるからか。

昨秋も椎の実を題材に1項書いたが、自分にとって、秋を感じるものとしてははずせない存在である。フライパンなどで炒るのだが、昔は穴の空いた古い鍋を、椎の実炒り専用に使っていたのが思い出される。炒るのは空焼きみたいなものなので、無造作に使えてよかったし。蓋もついているから丁度いい。
その鍋を揺すって炒っている時の、カラカラという音も秋のイメージとして頭に焼きついている。

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天地の詞・天地の歌

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~あめつちのうた~

天 地 星 空 山 川 峰 谷 雲 霧 室 苔 人 犬 上 末 硫黄 猿 生ふせよ 榎の 枝を 馴れ居て

自然を形作る数々の詞(ことば)が散りばめられている。この林道百拾号線の方向性にも似たものを持つ歌と思われたので、珍しく文系題材を取り上げてみた。一見、ただ単語を並べただけのように見える。しかし、そうではない。これは、知る人ぞ知る手習い歌の一つである。そう、あの「色は匂へど・・・」のいろは歌と同様のものである。

あめ つち ほし そら やま かは みね たに くも きり むろ こけ ひと いぬ うへ すゑ ゆわ さる おふせよ えのえ(Ye)を なれゐて

平安初期からの歌であるらしいが、全ての仮名をもれなく1回ずつ歌いこむという制約の中で、なおかつ天地を歌いこむとはおそれいる。

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鎮守の杜

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~初夏に沸き立つ鎮守の杜の木々~

「鎮守の森」、一般には神社のある森、神の住む森をおしなべてこう呼ぶ。
神が住むとはいっても、子供たちにとって、そこは神聖で踏み入れ難い場所ではなく、むしろ格好の遊び場であって、最もなじみ深い場所であった。
カカシ(注1)やカクジュウ(注2)はたまた缶蹴り(注3)に陣取り(注4)といった遊びに毎日のように明け暮れ、夕方は日も落ちて、兄や母親が呼びに来るまで遊び興じたものだった。誰彼となく、子供が寄り合う場所が鎮守の杜であった。

あの人気アニメでドングリがあっという間に育って出来上がった杜のように、この時期の鎮守の杜は、生き生きとしている。強い日差しに、木々の葉は色を微妙に変化させ、上に横にと伸びてゆく。小鳥たちがこずえの高いところでさえずり、時折やってくるカラスもてっぺんで滑稽な声をたてる。少々の雨が降っても雨だれは根元に達っすることはなく、外周の土にぽたぽた音を立てて落ち、そこに小穴をしるす。再び日差しが帰ってくると、森は一息だけ白い靄を吐き、そして、また木々の葉が一層みずみずしさを際立たせる。

生命力に溢れる鎮守の森は、周囲の住宅や道路に関わらず、そこだけ切り取ったように古来からの森の姿を残している。かつては、周囲一帯がそのような森であった信じるには、今の姿はあまりに変わってしまったけれども、ひとたび杜の中に足を踏み入れて、ひんやりした空間の風の流れ、こぼれ落ちる光、木々の息づかいを感じるにつけ、誰しもひと時の安らぎを覚えるところである。


~地元で人気のあった遊びの一例~

注1)カカシ
2人~5人くらい
地面にカカシの絵を書く。上から、三角2等分の笠、下半円の顔、横長方形2等分の手、縦長方形3等分の足。これを片足で跳んで往復。戻ってきたら石を投げる。入ったマスはその者の陣地。再び片足とびで往復して、石を投げるが、石が新しいマスに入らないと、そこで順番交代。次の者は先の者の陣地は踏めないという制約の下で、同様に繰り返して遊びが続く。かなり全国的な遊びだろう。

注2)カクジュウ
3人~10人くらい
鬼が1人で、残りは子という
地面に一辺5m程度の正方形を描き、これを4等分にするように、30cm幅くらいの直線の小道を十字に配する。鬼は十字の小道しか歩けない制約で子をタッチして捕まえる。まず初めに子全員で「ナス、キュウリ、カボチャ、何周り?」と鬼に尋ねる。鬼は10周なり20周なり適当な数を決めて「12周り、用意、すた~と」。子は正方形の四等分部分のほうを歩き、初めに踏み出した方向廻りに鬼の宣言した周回を廻りきるのが目的。ただし、正方形の外にも3歩に限って歩くことが出来る。鬼が宣言の周回をさせずに、子を捕まえきれれば、鬼の勝ちで最初に捕まった子が次の鬼。周回を完成させてしまったら、鬼をもう一度繰り返す。

注3)缶蹴り
4人~15人くらい
「かくれんぼ」のバリエーション。鬼はただ隠れた子を捜すだけでなく、隠れている子に陣に置いた缶を蹴られないように気を配りながら、捜さなければならない。鬼は自分の陣近くの木に顔を向けて目をつぶり、大きな声で100を数えた後、子を捜しに行く。見つけたら、大きな声で子の名前を宣告するが、その直後、必ず缶をひと踏みする。見つかった子は、捕虜になって陣近くの木にタッチしながら救援を待つ。鬼に見つかっていない子は、ただ隠れているのでなく、積極的に缶を蹴りにいく。子が缶を蹴ると、捕虜の子は全員解放されて鬼は初めからやり直し。なお、鬼に見つかった場合でも、鬼が缶をひと踏みする前に蹴ってしまえば捕まらない。

注4)陣取り
6人~20人くらい、半数に分けたチーム戦
数十メートル隔てて対局する大きな木2本を各陣とする。自陣へのタッチを手離してから時間が経つだけ自分の力が弱くなり、より後に自陣をタッチした敵に触られると負けるのが基本のルール。この強弱のルールのもとで、相互の鬼ごっことなる。最終目標は、この鬼ごっこ状態を掻い潜って、相手の陣にタッチすること。それで勝敗が決する。鬼ごっこに負けたものは捕虜となって、相手の陣から手を繋ぎ一列に並ぶ。最終目的の相手の陣を触れないときでも、この捕虜の手を切れば、それより手前の捕虜を逃がすことが出来る。強弱ルールは一見いい加減だが、そこは子供ならではの信義則で成り立っている。

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エコロジー・・・?

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「地球に優しい」「環境にやさしい」?
一見心地よさそうな響きでも、あまりいい言葉とは思えません。事実を曲げていますからね。

その言葉で修飾されている事実は、客観的に書けば「地球環境への悪影響をなるべく少なくしました」という消極的な努力にしか過ぎないのに、「優しい」などと積極的努力を「してやっているんだ」のような、人間の驕りの印象に感じてしまいます。

いや、いつもいつも、そんなギスギスとしたことを考えているわけではないのですけれど、あちらこちらで、これほどうんざりするほど聞かされては、少々厳しく言いたくもなります。

消極的な努力でも、少しずつ積み重ねることは大事ですが、「優しい」や「守る」などと人間のほうが、自然より上に立ったような見方では、環境延命の進度もたかが知れたものでしょう。

しかし、そうとはいえ、私は、人の活動も否定はしません、自身が人間ですからね。不合理、不要な破壊でなければ、人が少しずつ壊すことも自然の修復でなんとか補えるのかもしれませんが、仮にいつか結局は壊滅に至る日が来るのだとしても、それは、人間という生命を生み出した地球環境の定めかなとも思えるわけです。

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杉玉~酒琳~

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~しつこいようだが、もうひとつ杉で~

造り酒屋の前を通りかかると目に付くのがこの「杉玉」。
軒先にいつも吊るしてあって、簡単に言えば、これを新しいものに代えることで、新しいお酒ができたことを知らせている。

古くからの風習で、造り酒屋では、杉の葉を束ねて軒先に吊るし、酒造の神の加護を願う「酒琳」(さかばやしと読む)というものがあったらしい。これが、いつしか杉を球状して造るようになったため「杉玉」と言うようになったということだ。

酒は気温の低い12月頃から3月頃に仕込まれる(寒仕込み)。一年の間に売る酒は、通常その期間にすべて造り、あとはその酒を貯蔵して出荷することになる。
杉玉は、最初の酒が搾られる冬の初め(大体12月初旬頃か)に新しいものと交換され、青々しい杉玉は「新酒ができましたよ」の広告になっている。また、次第に杉玉は茶色に色褪せてゆくが、これを酒の熟成だとも言われるようだ。

この杉玉、造り酒屋が、酒造りの合い間に、針金などで作った球状の土台に杉の枝を一本一本刺して、最後に球形に刈り揃えて作っているようだが、一つ2~3万円で作成を請負う業者もいるようだ。

今の時期、既にほぼ茶色くなった杉玉。たまたま酒蔵を通りかかったので、ここで触れたが、初冬に書くべき話題だったかもしれない。とはいえ、いつの季節も吊るされてはいるので、あらためて機会があったら眺めてみてはどうだろう。

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スギ花粉

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~スギがいっせいに花粉を飛散し始めた~

いまさらであるが、花粉とは雄性の配偶体であり、繁殖のための受粉へのアプローチとして風を利用している(このような花粉を風媒花粉といいます)スギにとっては、花粉の十分な飛散は種の存続に重要な生態なのだが、近年は専ら花粉症の原因としての話題でもちきりの感がある。

スギ花粉症は、スギ花粉の飛散するこの時期に、目、鼻に強いアレルギー症状が現われるわけだが、幸い何ら発症のない私には、実際に悩んでおられる方々にはまことに恐縮ながら、さっぱりピンとこない。

我が家の周辺の植生は、樹木ではスギの植林率が非常に高く、見回す限り周りじゅうスギばかりという状態であるから、ちょっと風のある日には、うっかりすると山火事かと見まがうばかりの花粉が飛翔するのを見ることができる。
現に昨日、今日あたり、かなりの黄煙が山から湧き上がるのを見た。

ただ、品種などによって、飛散量には随分と違いがあるようで、我が家の周囲に多く植えられている品種の「山武杉」は、ほとんど花粉を飛ばさないように聞いた事がある(飛ばすには飛ばすが、花粉症を発症させづらいと言ったのを聞き誤った可能性もあるが・・・)。

今朝の新聞には、スギ花粉の大量飛散を山火事と勘違いして、119番で消防車を呼んでしまった話、そして、駆けつけた消防士があいにく花粉症だったため、非常につらい思いをしたというご同情申し上げたいような話しが掲載されていた。

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H2Aロケット

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~NIPPONのロケットの将来を期待したい~

6時間ほど前に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が、H2Aロケットの7号機を種子島宇宙センターから打ち上げ、その後、衛星分離にも成功した。

既に米国衛星に頼っていた気象衛星業務が、安泰となるであろうことにも、ほっとしたが、ともかく、それを軌道に送り出すためのロケットが安定していなくては話は始まらないところ、期待の国産主力機が、過去、相次いで不成績を残していたので、今回こそはの思いを持っていた。
できるならば、種子島に行って、発射時のまばゆいばかりの噴射炎に眼を細め、深遠の空へ向けて白煙をたなびかせて登ってゆく機体の姿を、見送りたかった。

余計な話ではあるが、著名人のつまらぬゴシップや、株価に絡んだ話しなど、私にはまったくどうでもいい話が、TVの特番まで組んで30分も1時間も放映されているのに比して、ロケット打ち上げなど、随分テレビニュースで扱う時間も質もボリュームも少ないものである。

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山の湯宿を守ってゆくということ

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~湯を沸かす蒔が青煙を上げる~

一週間ほど前、とある1軒宿の鉱泉を訪ねた。温泉ホテルや湯治場でもない、いたって質素な宿であり、私の旅にはよく登場するタイプの温泉宿であった。

宿を守るのは老夫婦。先代の宿主が亡くなり存続の危機にあったところを、この宿とその周辺の自然に魅せられていたいまの宿主が引き継いだのだという。

老齢のおかみさんの話を聞いた。若いころは今の私たち夫婦のように、しょっちゅう2人で車で出歩いていたようである。海岸や峠道、都心から全くの田舎まで。私たちと違ったのは、夫婦は山ではなく、海の見えるところに老後の居を構えたいと常々思っていたということと、私のような給与所得者ではなかったということだった。

山のない千葉に生まれ育った私には、かなり意外だったことがある。それは「房総に住みたかった。あそこには山も海もあるからねえ・・・」というおかみさんの言葉。こんな素晴らしい山々に囲まれた自然あふれる土地に住みながら、房総の低い山を「山」として見るのだ。私にとっては、房総の山もりっぱな「山」ではあるが、他県の山がちの地方の方が、家の裏山とさして変わらない房総の山を「山」と見るのだろうかと思っていたが、案外そうでもないのだと力づけられた気もする。

また、私は給与所得者で生活の場がある程度限定されているわけだが、将来そのしがらみが断ち切れたとき、このような環境に身を置くことが出来るだろうかという思いも生まれた。宿を守るということは、生活の場が「ある程度の限定」ではなく、その一箇所に静的に絞られることになるのだから。

宿主の夫婦は、老いてなお、本当に自然を慈しむ気概にあふれていた。宿の周辺を含む一帯の山々は、街からさほど離れたところではないが、すばらしく自然が残されている。
老齢のおかみさんとは、たいていは他愛ない昔話や世間話を交わしていたのだが、私が自分の趣味趣向もあって、蝶の話を切り出した。そのときのおかみさんの目の色の変化と、口調の高まり力強さには、一瞬ぎくっとしたし、真の心中を垣間見た気がした。

ともあれ、かつて、全国あちこちを飛び回り、いわば「積極的な動」的なライフワークスタイルを持っていた夫婦が、この宿を引継いで以来、日々欠かすことなくこの宿を守ってきたということ。それだけにとどまらず、この地の自然を心底守ろうという姿勢を貫いて、地域で行政にも強く働きかけるなど精力的に活動されたこと。いうなれば「積極的な静」的なライフワークスタイルに切り替えて、これまで充実した日々を積み重ねてきたことに、様々な思いを抱かさせられた。

老夫婦には、大変に失礼な話だが、2人は見たところ既に身体的には労務がつらい年齢と見受けた。いつまでも健康で宿を守っていってもらいたいという思いとともに、この夫婦が宿を維持できなくなったとき、それを引き継ぎ守っていける者が現れてくれることを願いたいと思った。
温泉宿を守るということは、宿とともに、湯も守っていかなければならない。まして、この宿は、自然との調和も守っていかなければならない重荷も背負うのだろうか。


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イルミネーション

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~幻影的なイルミネーション・フィギアを入手した~

歳末となり、街はイルミネーションで溢れてきた。巨大テーマパークから商店街、そして路地裏の新興住宅地まで、冬空の下、夜の街に出れば、キラキラと吸い寄せられそうな光の粒子が様々な色の光を放ち、あるものは不規則に、あるものは整然と形を作り、本来なら心細さを誘う冬の夜を彩っている。

イルミネーションという、人の心の何かを感動させる仕掛けがつくられたのは、16世紀のドイツとも言われるが(マルティン・ルターの考案というのが多数説)、もっと古い時期にも木々に火を灯すような習慣もあったようで、いずれにしても、現在の電飾モノ以前から、あのようなチラチラと瞬くような小さな明かりに、人は心引かれてきたということと思われる。

人の心を引くというものには、自然の中に何らかのその幻影の元があると考えるのが通例だが、それを求めれば、やはりそれは夜空に煌く星々の模倣ということなのだろうか。よもやホタルイカの発光を見て感動して・・・ということではあるまい(星よりイルミネーションにより近い気はするが、それを目にして心に焼き付けるのは、ほんの限られた方々だけである)。
星の瞬きには、生命の根源に繋がるような想いを抱かせる何かがあり、太古の昔から人々の憧れがあると思う。

※何度かこのblogでも話題にした、海洋堂の生物フィギアがコンビニの商品棚に並んでいるのを見かけた。それもミジンコのフィギアではないか。それが、イルミネーションで飾られた姿を想像するまでもなく、買い物カゴに直行させた。

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開設1周年にあたり

041212ys林道百拾号線も丁度開設1周年となります。

正体がよく分からずにはじめたblogですが、1年経ってみて、使い勝手、そのメディア特性、最も重要なのは自分の表現したい興味ある世界観。そういったものを自分なりに踏まえて、徐々にここ特有の特徴をもたせた形の記事を作成していった結果、現在のように「自然観察をメインとしたエッセイ」のようなモノに、スタイルが落ち着きました。

やはり、blogには限界があります。当初、自己の限界を思いやりはしましたが、そういうことではありませんでした。このblogは、かなり限定されたレイアウトの中で、同じスタイルで蓄積してゆくことに意義のあるコンテンツには向きますが、「最新情報」というタイムリー性、リアルタイムの必要性の意識に乏しい、いや、興味の薄い私には、自身が求めるものとして現状の形がもっとも生かした使い方と考えます。
ここで、ツーリングレポなど作っても、全く面白いものは作れる気はしませんし、その日走った林道を撮影して投稿したところで、誰も読まないし自分も読まない。何人かのライターで共同作成すればまだ可能性はありますが、それも、雑多なネタの集まりに過ぎないものになる懸念が大でしょう。

そうはいっても、このblogというもの、別な意味で非常に意義はありました。かなり頻繁なUPを繰り返すことの継続を、いったいどこまで続けられるか、いまひとつ自分でも見えませんが、メインサイトの閲覧者層とは少々趣を異にする方々から、1コンテンツとしてのこのサイトを評価した意見を頂いている側面も無視できません。また、筆・・・いや、ここへのUPテキストを楽しく書き綴る「とき」というのもまた自分にとって非常に重要かつ有意義なものと感じます。

月に数回のUPにまで減少することも十分予測されますが、少なくとも、今しばらくは、このまま、現状維持を努力してみるつもりです。

04.12.12開設1年を迎えて・・・代官

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地球ゴマ

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~いまだに現役だったとは~

地球ゴマを買った。何か漠然としていてはっきり言葉にできないが、それはとてつもなく甘美な想いをとどめていたような気がする。

地球ゴマをご存知だろうか。コマと言えばコマには違いないが、あれは、いわゆるジャイロというものだ。
金属リング2本を直行させて形づくった球形の空間内部に、上下軸が等長な金属円盤のコマを押し込めたもので、「遠心力応用科学教育玩具」との触れ込みで、駄菓子屋における高級玩具だった。
よく記憶していないのだが、当時の値段では200~300円だったのだろうか。

ジャイロだから、ひとたび内部のコマに高速回転を与えてやると、たちまちに全宇宙に対して姿勢維持の力を発揮する。
軸を直立させて廻るコマならわかるが、重力に抗して指先から軸を真横倒しで姿勢維持している姿は、子供の目には、理解を越え、現象をただ恍惚として見つめ、受入れるほかなかった。

私の机の引きだしの奥に宝箱がしまいこんである。その中に、私が幼い頃に大切にしていた地球ゴマは、ひっそりと眠っていた。
半透明材質でできた、立方体の専用ケースから、コマを取り出して糸を勢いよく引いてみる。
ヒューンと心地よく唸って、久しく休眠していたジャイロが始動した。少し古ぼけてはいるが、心引きつけられるその動作は、当時と何も変わらない。
暫くの間、繰り返して糸を引き続けたあと、満たされた気持ちと一緒に、再びコマを専用ケースへ戻してしまい込んだ。
※この専用ケースなどに回転したコマを入れて蓋を閉じると、立方体の角を下にして床に置いても、そのまま一点支持で立ってしまう。

つい先日、何を思ったのか、娘が唐突に、地球ゴマが欲しいと言っているのを聞いた。なぜ、その存在が意識にのぼったのだろうか、無性に気になったのだが、それとともに、地球ゴマそのものがもつ不可思議な魅力の記憶が急に蘇り、長年しまってあった宝箱から取りだした次第だ。

その後、ネット上を少し探ってみた。
すると、何とも驚いたことに、あの地球ゴマは同一のメー力ーが今だに製造を続け、ちゃんと販売されている現役商品だった。しかも、A~Eという大きさの違う5種の堂々たるラインナップをいまだに揃えている。

私が、何ためらうことなく、購入ボタンを押してしまったことは言うまでもない。もちろん、宛名には娘の名を書いた。

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東北の夏

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山には既に赤とんぼが

関東はまさに真夏、記録的な暑さが続いている。みなさんは夏といえば海だろうか。海も好きなのだが、四季を問わず、やはり山に傾倒してしまうのは、単なる山に対する憧れとしか説明できない。

さて、夏の休みといえば東北地方の山というのが、我が家の定番になっている。人混みが苦手というのも大きな理由だが、やはり、自然の保存度合いが格段高く、自宅から比較的便利というのがいい。

ひとつ欠点もある。年によって天候が著しく不良な場合のあることだ。
一週間滞在して、一日も晴れなかった年もあった。そういうときは、概して気温も低くて夏らしさが微塵もなかったりする。

先週末は蔵王の山麓を訪れた。
いまだ雨季の続く不順な気象ではあったが、おびただしい数の赤トンボが出迎えてくれた高原はやはり空気が爽やかだった。
今年の夏は運悪く、いい時期にまとまった休暇が取れそうではないが、それなりに楽しもうと計画を練っている。

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恐竜フィギア

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~ティラノサウルス~

近頃、ドリンクのオマケでフィギアがあたりまえのように付くようになってきた。商策にいとも簡単に乗ってしまうのも非常にしゃくだが、なかなか痛いところを突いてくる。
どうしても、理科系の生物ものを出されると、飛びつかざるを得ないのだ。

今回飛びついたのは、恐竜フィギアで10種×塗装各2色種とのこと。
例によって、実物に忠実で精巧な海洋堂のフィギア。型としては10種で同型フィギアが2色パターンあるというのも、なかなかに玄人だ。実物に忠実というならば、同じ生物の色は通常1種だろうにと思われるかもしれないが、恐竜の本当の色などというものは今のところ判らないのである。なにせ、恐竜は化石でしか存在しないのだから、その色というのは、現生の近縁の生物。まあ、爬虫類ということになるが、そのあたりの色合いから想像して図鑑や博物館のモデルは着色されているわけだ。つまり、いろいろな色のパターンが考えうるのであり、そのあたりの想像力を掻きたてることまで意識したフィギアのつくりということなのだろう。

では、恐竜の色は実際にどうだったろうか。
我々が古くから見てきた図鑑などでは、ワニなどの色合いからあてられたと思われるかなり地味な色彩で描かれているが、生物の多様性というものは、ときに非常に驚くべき形状や色彩を見せてくれる。比較的地味な日本の爬虫類でもニホントカゲの幼生が鮮やかなスカイブルーを呈しているように、赤も青も黄も緑も白もどんな色があっても不思議ではない。そんなところから、最近の恐竜の図鑑などでは、かなりカラフルな色彩に彩られた彼らの姿を見かけることも多くなったと思う。

こういうところにまで思いを馳せて、眺められることを意識したフィギアのつくりだとすれば、その繊細な姿勢に脱帽せざるを得ない。

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真夏到来!?

最近、多忙にて、天気図も見ていないが、目に映った様子を見ただけの限りでは、真夏を思わせる天気である。好きなシーズンが来たなあと、通勤途上のヒマワリが、少し嬉しい気持にさせてくれた。040702125922.jpg

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6月の随想~雨の小武川林道

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~19年前の6月の日記~

梅雨空の下、もとより雨は覚悟の上だが、いつ降ってきても良さそうな重い曇天の土曜日、半日出勤を終えたその足で温泉に向かう。彼女は、私の勤務先にほど近い駅前で、いつものように片手にした本を読みながら待っていた。雑踏の向こう、赤いクーペがロータリーへ滑り込んできたのに気がついて、静かに本を閉じ、しかし、にこりともせずに、それでいてどこか嬉しそうに歩み寄ってきて、黙ったまま私の右側の席に落ち着く。

・・・(中略)・・・

その温泉は、青木鉱泉といった。南アルプスの傍系となる白鳳三山の直下にひっそり湧く、沸かし湯の鉱泉で、周囲には木々の緑と沢のせせらぎ、そして野鳥たちのさえずりのほか、何もない心休まる環境にある。
いつからか、ルールのようになった毎月1回の温泉宿泊。雨に濡れてもあたりの美しさが変わらず、ゆったり湯に浸かっては、軒下で夕涼み、そして散策へと、静けささえ得られればそれで満足という要求を十分に充足した。

・・・(中略)・・・

彼女とこうして未舗装路に揺られるのも、近時はさして珍しいことではなくなった。山奥にある一軒宿の温泉へ続く道は、たいていスマートな舗装路などではなかった。今日も小武川林道なる道を車の腹を擦りながら走っている。
大きな石があらわになった河原に出た。道はまるで仮設のような木組の橋であちら側に渡されている。こんな道ならどこまで続いても・・・・

・・・(以下省略)

昨日、部屋の片隅から出てきた、懐かしい1枚の写真。
記憶は著しく曖昧でいて、ときに鮮明だ。