晴天の旅行者(ツチグリ-その2)

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~繁殖適地を求めて~

ちょっと変り種のきのこであるツチグリが、「晴天の旅行者」と洒落すぎた名前で呼ばれることを昨日書いたばかりである(→ツチグリ)。しかし、昨日の朝に見かけたツチグリのうち1つを庭に転がしておいたところ、今日になってそれを眺めていて、おや?と考えさせられたことがあったので、ちょっとだけ追加して続きを書いておく。

それは、このきのこが、このように乾湿によって丸くなったり開いたりして移動するのには、より主体性があるのではないだろうかということである。

昨日まで理解していたことは、このきのこは、胞子が風に乗りやすい晴れた日に自ら胞子を吐き出すという術を持ち、また、自らの本体さえもときおり移動して繁殖地を広げる能力も備えた、二重の繁殖システムを持っているということだった。

けれども、昨日、庭のやや日陰となる木の下に転がしておいたツチグリが、今日は小雨模様の湿った天候にもかかわらず、丸くなって転がりだしていた。おや、これは晴れ、雨というよりも、乾燥地での繁殖を嫌っているのか?という疑問が湧いた。

昨日ツチグリを転がしておいたところは、少し日陰になる所が無難かなという思いもあって木の下にしたのだが、確かにカラカラではないものの雨が降り込まない。そして、今日は小雨の天候であるのに、湿ることなく写真のように丸くなり始め転がりだそうとしている。

今日の様子を見て思うに、このきのこは、胞子を出す場所として、できるだけ湿り気を得やすい場所を選んで、より主体性をもって移動しているという可能性も十分あるなあということ(もちろん、結果的な話であって、意思でそうしているというのではないのだが。)。

つまり、上記の二重の繁殖システムは、単純な二重ではなく、湿り気のあるところへ自ら移動し、そこで胞子を出すというように、2つの能力が相関関係を持って機能するより完成されたシステムなのかもしれないなと、独りで感心してしまった次第である。

庭にはアミガサタケも顔を見せていた。

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ツチグリ

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~晴天の旅行者「毒ガスふぅふぅ」~

なたね梅雨ともいわれる春の長雨が続く。芽吹き始めた植物たちは、この雨の間にみるみる育っている。ほんの少しだけの日数目を離していただけであるのに、野に出てみると驚くほど様子が変わっていたりするものである。

さて、そんなこの時期であるが、今朝散策に出た野でツチグリの姿を見つけた。ツチグリは主に夏から秋に、山道や林道の際や崖などによく見られるきのこの一種であるが、この春に適当な気温があり長雨もあって環境が整っていたのだろう。

小さなうちは、黒っぽい球体であり、成熟してくると二重構造となっている外皮の部分が、上から放射状に裂けて星形に開かれ、中に薄皮に包まれた球状の袋が現れる。

球状の袋はてっぺんに穴があり、中には成熟するとこげ茶色になる胞子が出来るが、この状態での星形の外皮はなかなか機能的である。

この外皮は、湿っていると開き、乾くと閉じて球状となる。このため、ツチグリの英名は「星形の湿度計」という意味の「Astraeus hygrometricus」というくらいであるが、それだけでなく、閉じたときに球状の袋を押しつぶすために、袋の中の胞子を袋のてっぺんの穴から飛散させるという、能動的な仕組みになっているのである。

いたずらに指で球状の袋をつつくと、まるでガスでも吐き出すように胞子を吐き出すのが見ていて楽しく、我が家の子供たちが小さな頃には、ツチグリを見かけるたびにつんつんとつついて遊び、ツチグリのことを「毒ガスふぅふぅ」と呼んでいたのが思い出される。いや、我が家では、いまやそれが標準名となってしまったのであるが・・・

さらに面白いのは、晴れて乾いた時に外皮が閉じると、全体として球状となるため、強めに風が吹けば地上を転がって自身が移動するのである。そして移動先で湿気を帯びれば、またそこで根を下ろすかのように、星形に外皮を開いて安定する。

このように晴れた日になると移動する様子から、ツチグリのことを「晴天の旅行者」とも呼ぶようである。ロマンチックな名であるが、ちょっと洒落すぎな感もある。ほかには柿の実が地にあるようにも見えるためか、土柿(ツチガキ)の別名もある。

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畦塗りと蛙の声と

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~コロコロという声はどこから聞こえる?~

わが家の家のすぐ目の前から、道を少しだけ下ったところに田んぼがあり、普段から周辺で季節の写真を撮ることも多いので、田とのなじみは四季を通してとても深いものがある。

桜が散るころ、そろそろ晩春といえるこの季節になると、もう田には水が張られているが、その水を漏らさぬように、そして、通路としても使えるように、あぜ道は毎春きっちりと作り直されている。

畦はご存知のとおり、粘土質ぎみの田の土をコンクリートよろしく塗りつけ固めて作られるのだが、近年ではトラクターに装着して使用する畦塗機なるものがあって、旧来のように人の手による鍬での作業ということは少なくなったようである。

それでも、いつもの田を歩いていて、真新しくなった畦を見れば、春になったなあと強く感じさせられるし、それにもまして、畦が新しくなると、いよいよこの畦の周囲を中心に蛙たちの活動が急に著しくなってくるのが楽しみである。

「畦」と「蛙」の字は、つくりが同じく「圭」であり、この関係は、「圭」が土盛などを表す字であるようなので(昔の中国で「三角に盛る」ことを圭と表すらしい)、やはり、あぜとカエルが関係ありと考えるのが自然と思われるものの、はっきりはしない。しかし、少なくとも現実のあぜとカエルは大いに関係がある。

今年も、田んぼの土はひっくり返されて、畦塗りを終えたばかりの新しい畦の周辺からは「クワックワッ」というアマガエルと「コロロコロロ」というシュレーゲルアオガエルたちの声が、風に心地よく流れ始めた。

シュレーゲルアオガエル

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八重山を歩く(8) ハイビスカス

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~島じゅうこの花で溢れている~

情熱的な赤が南国らしさを演出し、いやおうなく、トロピカルな環境の真っ只中にいることを認識させてくれるこのハイビスカス。

空の青、海の青との対比が素晴らしく、
熱帯植物園などの人工的環境で局所的に育成されているのとは違って、そこかしこの路地など、どこでも見かけることができ、周辺環境としっかりとした一体感を持って咲いていた。

このハイビスカス、標準和名で正式にはブッソウゲ(仏桑花や扶桑花などと書く)といい、ハイ・リゾートな雰囲気から急にイメージが変わるが、身近な芙蓉などと同じ仲間の花であるし、ハイビスカスというのは、芙蓉の仲間の総称であるらしく、よく見てみれば、フヨウやムクゲと同じ仲間の花であることはよく分かる。とはいえ、やはり、現地で珊瑚礁の明るく青い海をバックに赤々としたハイビスカスを見ると、ブッソウゲの名が少々の違和感を持つことは拭えない。

原産地はよくわかってはいないようだが、どうも、アフリカ系、東南アジア系の芙蓉の雑種であるかインド洋の島原産というのが有力なようである。おそらく、一般にはハワイやグアムといった太平洋の島のイメージが強いのではないかとも思われるが、それらの島にも、そして八重山にも、後に渡ってきたものであって、どちらが本場ということもないようである。

いずれにしても、南国らしい南国の花であることには間違いない。

※8話続けたこの「八重山を歩く」は、ここでひとまず終了しておきます。

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八重山を歩く(7) 南十字星

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~港の星はよく見えたけれど・・・~

珊瑚礁に囲まれて波静かな渚は、波の音さえほとんどしない。もちろん、実際には、いろいろな音が聞こえているが、なにぶん、常時において波は荒く風の強い九十九里の海を見なれて育っている自分には、そのレベルはもはや無音にさえ感じる。

日が落ちて、静かな渚に闇が降りても独特の雰囲気がある。そして、見上げれば星空の様子が違う。星空が違うといえば、人里離れた地や山でときおり出あうことのある、信じられないほどの数の星が見える暗い空も確かに見慣れたものと大きく違うのであるが、この南に遠く離れた島では、星の見える位置そのものがかなり違うことに驚かされる。

北半球では、初めから天の北極まで見えているから、北に行った場合には、たとえどんなに北に行っても、自分の住まいから見ることのない星が、新たに見えるようにはならないが、逆に南に行った場合には、南に行った分だけ、天の南極に近い星が見えるようになってくる。

石垣島は、日本の最南端に近い緯度にある。自分の住まいからでは南の地平線の向こうから絶対に顔を出すことのなかった星達が、ここでなら見えるというのは魅力である。

さて、実際の星空の方はどうだったかといえば、南十字座の4つの星、ケンタウルス座のα星とβ星といった、南の星空でも特に代表的な星達が、この時期の宵に観望の好機となる。

そして、石垣滞在中は、日中の間ずっと雲一つないような晴天ではあった。そうなれば、これはもう、さぞかしキレイな星空が見えてもよさそうであるが、現実は、そんなに甘くない。

晴天のように見える青空は、実際には、空全体に薄っすらと雲が掛かったようなかなり霞んだ空であったため、太陽はともかく、星の見え加減には大きな影響があった。

霞空では空の低いところほど光が通らない。いくら、石垣が南にあるとはいっても、前記のように本土では見れない星々の高度はかなり南に低く、その霞んだ低空に、南十字星の姿を見つけることは残念ながらかなわなかった。

八重山は、平年なら雨季である。せっかくの晴天なので、夕日が海に沈むのを見に行ったのだが、太陽でさえも、雲はないのに水平線に達する前に光が届かなくなってしまうくらいの透明度であったから、低空に星が見えなかったとしてもしかたあるまい。

このようなわけで、星空の方は、いつもとは少々位置が変わって見える馴染みある星々が天頂付近に見えたのがせいぜいで、かなりいいところまで条件が揃いつつも、南の星との出会いは、今一歩で果たせなかったのは残念だった。
(つづく)

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八重山を歩く(6) 珊瑚礁と津波石

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~珊瑚礁を望む海岸に点在する大石~

石垣島といえば、やはり島を取り巻く珊瑚礁の海であり、島の周囲をひととおり見て回った。さすがに海の色はすばらしい。その深度による蒼のグラデュエーションの妙は、自分の地元の海では絶対に味わうことのできないものである。
岩礁は概ね古い珊瑚礁の隆起したもの、砂浜の砂は鉱物ではなく珊瑚や貝などが細かく砕けた生物質のものがほとんどである。

珊瑚礁は、海に入らなければ素晴らしい姿が見えてこないのであるが、今回は残念ながらそのような時間はなく、水際から、遠く外礁に砕ける白波や、波のないエメラルドの礁湖を眺めるだけであった。

石垣で訪れた海岸の一つに白保の海岸があるが、この海岸の珊瑚は特に美しいとされる。しかし、ここに訪れて自分の目を特に引き付けたのは、海の中のものに対してではなかった。

この海岸は、珊瑚礁由来の石灰石でできた広く平坦な岩浜であるが、この海岸のところどころに高さ2~3m程度の大石がゴロリと転がっている。その石自体は、おそらく古い珊瑚で出来たものと思われるし、海岸に大石があるからといっても、それだけではごく普通のことにすぎない。

しかし、まっ平な石灰岩盤上にある大石は、その石灰岩盤とは繋がっているわけでなく、また、その質も少々違うように見え、上下の関連性はないようである。みたところ、どう考えても、海岸が形成された後で、どこか別の場所から運ばれてきたものというほかなく、それもよく見るとあたり一帯に数限りなく黒っぽく見える大石が転がっていて、その景観は私には奇怪きわまりなく見えた。

初めは、この一帯の海が、普段は珊瑚の外礁に守られ、著しく静かな海であるとしても、南の島のことであるから、さぞかし台風はすさまじく、その波浪が運んできた石であろうかとも考えた。しかし、いくら台風がすさまじくても、台風の波浪で運ぶ石にしては少々大きすぎやしないかと思われた。

では、もともとあった岩石の特に硬質な部分だけが残ったものであるのか。あまり現実的ではないものの、そういう考えも浮かぶが、やはり、石自体がどこか別の場所から来ているように見える。

そして、もう一つの原因として考えられるものとして、その頻度は低いものの、ひとたび発生したならば、このような石を運ぶ力を十分に持つ現象がある。そう、想像を超える水の流れを発生させる津波である。

そして、この話は気になっていたので、後日、帰宅してから調べると、なるほど大きな津波が過去にあったということがわかった。それも飛び切りでかいやつである。1771年と時代はだいぶ遡るが明和の大津波とも八重地震津波ともいわれる津波で、なんと高さが50mから場所によって90m近いという、想像を絶する日本最大の津波の記録である。

現地では気付かなかったが、海岸よりもずっと内陸の高台に、この津波で打ち上げられたという更に大きな「津波石」と呼ばれる石があるらしい。また、石垣島の東側海岸はこの津波で壊滅的な被害があったということである。

海岸に点在する・・・いや、点在というにはあまりに多い奇異な大石は、おそらく、その津波石と同様の原因でそこにあるのではなかろうか。
絶対的な正解かどうかは判らないが、現地で不思議に思った謎がひとまず解けてすっきりした。
(つづく)

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八重山を歩く(5) カラスアゲハとカラス

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~青さが引き立つ~

前回、八重山の蝶としながらマダラチョウの話だけで終わってしまったが、もちろんマダラチョウのほかにも様々な蝶がいる、一つ一つよくみるとみな目新しい。そもそも、蝶だけでなく、生き物全般にわたって、普段、本土で見かけている種とまったく同じ種の生き物を捜す方が難しいくらいで、動植物の構成が総入替えとなっている感じである。
とはいっても、まったく違う種ばかりではなく、本土の種の亜種も多い。

山の入口の木陰にオレンジの目立つ花が咲いていた。この花を眺めていると、大きなカラスアゲハがやってきた。それまでの短時間のうちにも、カラスアゲハは各所で見掛けたが、それはやや遠目からであった。

しかし、間近で見ると、どうもいつも見なれたカラスアゲハとは違う。また林道でよく見る、より美しさの増したミヤマカラスアゲハとも違う。本土のカラスアゲハよりやや小ぶりで派手ではない感じだが、後翅には、まるでこの島の珊瑚の海以上に青いコバルトブルーの光を放ち、全体にエメラルドグリーンの星を散りばめたような輝きを持った美しいカラスアゲハである。

この蝶はカラスアゲハの亜種のヤエヤマカラスアゲハで、八重山特産のようである。沖縄本島周辺のカラスアゲハもオキナワカラスアゲハという別の亜種とされるようである。

ところで、少々話がはずれるのだが、同じくカラスでも鳥のほうの烏。もちろん、これがまた同じようで違う。本土と同じようなところに、同じように出没するのではあるが、近くで見ると、どうもやけに小さいことに気づく。

小さめなハシボソガラスかと思ったが、これはオサハシブトガラスという別亜種である。こちらは、蝶のように、エメラルドの光沢がどうのこうのというようなことはなく、大きさが違う程度ではあるが、一見、同じに見えるあたりまえのような鳥であるのに、よく見たら違うのでびっくりした。

八重山では、このように様々な生き物が微妙に違っている。
やはり、小笠原や八重山は、同じ日本でも動植物の相でみると、本土と同一エリアではないのだなあとはっきり感じる。
(つづく)

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八重山を歩く(4) 八重山の蝶

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~最も目についたスジグロカバマダラ~

石垣島には、いたるところで蝶が舞っていた。大きめで、かつ、活発に飛んでいる

日本の生物の地理的な分類上において、鹿児島と屋久島の間又は屋久島の南のトカラ海峡とには重要な境界がある。前者を三宅線、後者を渡瀬線と呼び、ここを境に南北では生息する生物の種の構成に大きな差があって、昆虫では主に三宅線を境界とし、他の多くの生物では渡瀬線が適用されることが多い。

爬虫類や両生類などは、移動能力がかなり乏しいので、海という地理的な障害が持つ意味は計り知れないことは言うに及ばないが、飛翔力を持ち、移動能力と繁殖力に優れた昆虫や鳥類の仲間にして、そのような境界が認められるのだからなかなか興味深い。

さて、その三宅線又渡瀬線より南の琉球列島(南西諸島)は、世界的な視野で生物をみたときの地理的分類区としては東洋区と呼ばれ、熱帯系の生物層が顕著であるが、そこに住む蝶もまた、ふだん関東周辺にいたのでは、まず見かけることはない熱帯系の蝶たちで、色彩や姿の優雅さと珍しさを楽しませてくれる。

石垣島に訪れたのは5月初旬で、特に目だったのは、マダラチョウの仲間だった。マダラチョウといえば、いつも出かける林道でも、アサギマダラの姿は見ることができるが、本土でみられるマダラチョウはそれくらいであり、八重山には定着しているものだけでも6種のマダラチョウの仲間がいるようである。

マダラチョウの仲間は、ふわふわと綿のように軽く、とても優雅な翔び方をしていて、見ているこちらをおおらかな気持ちにさせてくれる。翅の形状がすっきりと整ったものであるためか、それほど大型の蝶という印象はないが、実際にはアゲハの仲間と同じくらい大きい種が多く、軽やかに林間を翔んでいる様はよく目立つ。

ところが、マダラチョウの仲間が目立つ上にゆったりのんびりと翔んでいても、鳥などの捕食者に襲われることはあまりない。それは、この蝶の仲間は植物から採り込んだ毒の成分だけを体内に蓄積させていて、食べるとひどくマズイという記憶を鳥たちに植えつけることに成功したからだという。

なるほどと思うかもしれないが、絶対的な正解と、簡単には決めつけない方が無難かもしれない。体内の毒の蓄積までは実証できるが、一方の捕食者の方となると、一個体がそのマズイという記憶を生涯持つことも確実とはいえないが、それ以上に、このような体験から獲得した記憶が、文化のない生物において次世代へ伝えられる仕組みがあるのかないのか不明である。現在のところ、こういった後天的に獲得された事項は遺伝には馴染まないのであるから。

生物の不思議な部分はあまりに多くて、そのほとんどには、推定的な正解しかまだ用意されていない。
(つづく)

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八重山を歩く(3) キシノウエトカゲ

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~日本最大のトカゲ~

さて、石垣島のヤシの群落をより奥へと進んでいくと、ヤエヤマヤシは一層深くなり、それ以外の樹種がほとんど見当たらずに周囲の視界がヤシで埋め尽くされてしまうほどの群落の中枢部とも思えるところに出た。
頭上を見上げると、ヤシの葉のあい間からのぞけるまっ青な空とまっ白い雲がまぶしい。

ガサッという音、今度は、先ほどのイシガキトカゲとは明らかに違う重量感のある音がした。すぐさまそちらを振り向くと、やや大きめのヘビ類程度の頭を持った爬虫類が倒木の隙間に消えていくのが一瞬だが見えた。ほんとうに一瞬であったので、目に映った姿は、頭と胸部までは150cm以上はありそうな立派なヘビのような体格であるのに、それにしては、胴長は40cmくらいと極端に太く短いヘビに見えた。

まあ、絵にしてみれば、いわゆるツチノコというやつになってしまうが、目に映ったのは一瞬のことであったし、また、動きがかなり早かったため、足が見えなかったのであって、常識的にはこれはトカゲなのだろう。しかし、そうだとすれば異常に大きい。一体何者?

なにしろ、ここは動物園や水族館の爬虫類コーナーではなく、まったくの自然環境の中である。そんなに大きいトカゲにはお目に掛かったことはない。再度、姿を確かめようと、一緒に歩いている妻にも声を掛け、その爬虫類が消えていった倒木の隙間のほうを見守った。

しばらくすると、ゴソッと音がして、運よくそいつは再び表に現れて来てくれた。いやはや、びっくりするほど太くて大きいトカゲである。
もちろん、世界中にいるトカゲの仲間には、コモドオオトカゲのような真に巨大なやつもいて、飼育下ならば、そういう大トカゲも何度もみてはいる。

しかし、いくら南西のはずれに位置するとはいえ、石垣島も国内の島には違いない。緑色の細長いトカゲなら、目新しさはあってもさほど驚かなかったと思うが、これにはかなり驚いた。

八重山、宮古の両諸島に固有の種にして、全長40cm超という日本最大のトカゲ。日本にいく種もいるスジトカゲ属の盟主のようなこのキシノウエトカゲは、準絶滅危惧種で天然記念物でもある。イシガキトカゲと色形は似ているし、ほぼ同じところに住むが、とにかくその大きさや重量感が圧倒的に違う(上の画像では残念ながら比較対象物がなく判りずらいかもしれません)。

地元の方に聞いてみたところによれば、かつては家屋周辺にもよく現われ、「オカノウエトカゲ」と呼んで親しまれていたが、近年さっぱり見られなくなってきたので、見られたのは幸運だったということだった。

これほどの存在感。うっすらと図鑑の写真が脳裏にあったくらいで、ノーマークだった。こんな主要種の存在を軽視していたとは、国内の生き物にはかなり自信のあるつもりだったのに、琉球方面にはやや手抜きがあったのだろう。八重山の自然の奥深さに恐れ入った次第である。

(つづく)

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八重山を歩く(2) イシガキトカゲ

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~ちいさなニホントカゲのなかま~

しっとりとした空気に包まれているヤシの繁る山の中を歩いていく。大きめの蝶も気持ちよさそうにふわふわと舞い、ヤシ群落の中は必ずしも暗い森ではない。

ふと、足元のすぐ近くから小さくカサコソっと、枯れ枝や落ち葉を分けて、明らかに何かが歩く音がするのに気が付いた。

強く興味を持つものに対しては、誰しも五感がよく働くものである。私も普段の視力・聴力自体に自信はないのだが、生き物の動きや気配となるととたんに過敏になる。

いま、音が聴えてきたあたりを注意深く観察すると、地に積もった枯れ葉の一部が時折揺れ、その揺れる位置が少しづつ動いてゆく。どうやら、枯れ葉の下を断続的に歩いて移動していくトカゲのような生き物がそこにいるらしい。

この八重山のヤシ群落に住むトカゲ、はたして、どのような姿を見せてくれるだろうかと期待して、さらに観察を続けた。

そして、しばらくじっとしていると、ようやく枯れ葉の間から頭をひょこっと上げたトカゲの姿を確認できた。

ただ、それは、なにか目新しさを感じるようなトカゲではなく、普段我が家の庭でも見かけるニホントカゲと、色合いもあまり変わらず、違うとすれば、成体にしては少々小さめかなという程度のトカゲだった。

おそらくイシガキトカゲだろう。ニホントカゲを代表とする日本産のスジトカゲ属の仲間のなかでは最も小ぶりな種である。

「成体にしては」といったのは、そのトカゲは、体全体は褐色であり、そこに薄い黒スジがあるという外見であって、スジトカゲ属の仲間に共通した幼体の特徴といえる尾部を中心としたきれいな青色は見られなかったからである。

幼体の青色が残るうちは、このトカゲは小さめなこともあって、「宝石」の称号があるくらい綺麗であり、また、成長しても結構いつまでも青色が残るようであるが、すっかり成熟した親になると地味な色で、まあ、こうした生き物に興味がなければ、この八重山の地で見掛けたとしても、ああ、トカゲか・・・でおしまいなのかもしれない。

ところどころに午後の太陽の木もれ日が落ちるヤシ群落では、相変わらず、ふわふわと時折蝶が舞い、のどかな時が流れていた。そんな中で、しばらくはこのトカゲの仕草を見守った。

八重山を歩く(3)につづく
八重山を歩く(1)にもどる

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八重山を歩く(1) ヤエヤマヤシ

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~椰子はどこから来た~

例年どおりなら、既に雨季に入っているはずなのであるが、幸いにして雲一つなく、太陽のまぶしい初夏の石垣島を訪ねた。

椰子の群落へ向かう。群落というよりは、一つの山である。島周回の幹線路を外れると、すぐにそれらしき独特の雰囲気を周辺に漂わせた山が見えてくる。しかし、その、少しの怖れと大きな期待を感じさせる雰囲気を、何と言ったらいいだろうか、そこだけは、いまだ中生代が残されているかのような、ロストワールド的な香りがするのである。

ヤエヤマヤシの群落内を歩いてみた。植生は、いつもの見なれた温帯の落葉樹林とは当然まったく違うものであるし、温暖地の照葉樹林とも違っていて、まるでジャングルである。

ヤエヤマヤシは、この石垣島と西表島に限定分布するヤシで、分類上、一属一種という、この八重山で独自の進化をしてきた希少な種であるという。なんでも、海を隔てながらも比較的近隣にあるフィリピンや台湾に自生するヤシよりも、むしろ、遠く離れたニューギニアのヤシに近縁であるらしい。そうすると、かつて波に揺られて海を渡り、漂着した後に大地に根を下ろした椰子の実は、かのニューギニアの浜辺でこぼれ落ちたそれだったということであろうか。

そういえば、石垣の市街地にある博物館には、南の海の遥か向こうにある、あちらこちらの島々から漂着したという、木をくりぬいて造られた、いつの時代のものとも知れぬ小舟がいくつも展示してあった。

八重山を歩く(2)につづく

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石の顔

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Nikon D200 / AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~様々な表情を楽しむ~

河原を歩く、上流の沢がいい。
ごろごろと、数限りなく石が転がっているけれど、もちろん、どの石もみな色、そして形がはっきり違う。その川が流れてくる源の山の色彩が個性となってそこに出るから、川によっても石の種類が、傾向がそれぞれ違う。

河原の石をぼんやり眺めていると、ひとつひとつに顔が見えてくる。小さな石より手ごろな大きさの石のほうが表情ははっきりしている。

林道を走って一休み。河原の石に腰掛けて珈琲をすすりながら、ぼんやりと石を眺めていると、その石には目鼻があって、こちらを見ている。そう見えた。

命の宿らない無機質に個性が見えてくる。幻想の世界では石にも命を宿らせてしまうが、こうやって石を眺め、個々の表情を目の当たりにしていれば、それは、人の当然の感情だろうと納得できる。

石の名前のことはよく知らない
これまで鉱物の世界には足を踏み込んだことがなかった。
どんな世界も踏み込んでみると奥は深いもの。

それぞれの石が、どんな成因で出来上がり、その成因によってどんな特質を持ち得て、そしてどうして今、そこに存在するのか。深い知識があったなら、また違った目でこの石たちを眺められたことだろう。
興味ある世界。

ただ感傷的に眺めることも楽しいけれど。

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爬虫類の住める庭

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Photo : Nikon D200 / Tokina AT-X M100 AF F2.8
~シマヘビが遊びに来た~

湿度が高く空模様のはっきりしない日が続くが、本格的な夏はもう間近で、雲間からときおりのぞく日差しは、肌をつき差すような真夏の日差しそのものである。

庭の雑草もいままさに伸び盛りで、汗をかきかきひととおり草取りをしても1週間であっという間に元に戻るのには辟易するが、草取りをしていると、毎度のようにニホントカゲが顔を出すのがかわいい。

我が家の庭には、数匹のニホントカゲが住みついている。このところ、草取りのたび毎度顔を出してくれるのは、おそらく昨年の夏に孵化した幼生である。ちなみにニホントカゲは5~6月に卵を産み、2ヶ月ぐらいで孵化。メスはその間卵を守るようである。

ニホントカゲの幼生とはいっても、そういうにふさわしく小さかったのは春くらいまでで、いまでは孵化して1年近く経ち、もうずいぶん大きくなったものだ。真っ青だった尾の色も少しづつ褐色を帯び、体つき全体もずんぐり丸くなってきたのが分かる。もうそろそろ大人の仲間入りと言ってもいいのかもしれない。
餌となる小昆虫が多いこの時期、活発に走りまわっている。

少し前、庭にシマヘビがやってきた。
おとなしい性格のシマヘビの顔はかわいらしかったが、体長は180cmはあろうかというなかなか立派な蛇だった。ふと、気が付くと、野鳥がよく来るキンモクセイの木に巻きついて昇っていこうとしているところで、ちょっと一休みしているところを失礼して、アップで画像に収まってもらった。

訪問の狙いは野鳥か、アマガエルだろうか、こんな立派な蛇に庭の片隅にでも住みついてもらえると、住宅地内の庭としては、たいへん理想的なのだが、ひととおり用は住んだのか、数日のうちには、他の場所へと移って行ってしまった。

周辺の野山においても、だいぶ爬虫類たちにとっては住みづらくなってきてしまっている。できれば、こうした静かに暮らすものたちをそっとしておいてあげられる環境を残したいものだが、世の流れはなかなかうまくいかない。せめて小さな庭で、ひとときだけでも、ゆっくりくつろいでもらえたらいいなと思うし、不都合なければ、住み着いてもらえればなおいい。

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雪形

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Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
(105mm ISO100 1/1000" F6.3 PL-filter)

~林道陣馬形線より南ア・南駒ヶ岳-空木岳~

アルプスを一望に見渡せる林道を走ってきた。
中でも南、北、中央と3つのアルプスを一望できる林道王城枝垂栗線や、中央アルプス真正面の林道陣馬形線からの眺望は、天気・季節も相まって、本当にすばらしいものだった。

雪を抱いた山の姿、5月はとりわけ美しく見える。
富士にしてもアルプスにしても、はたまた日光や福島の吾妻連山、月山も飯豊山もみなそうだ。

同じ雪を被っていても、新雪は雪そのものが新鮮であるのに違いないが、たまたま雪が多く降ったところはより白く、たまたま雲が掛からなかったところは地のままということもあり、その真新しい白で描かれたシルエットは、気ままで大雑把で柔らかな線を示す。

日が当たり暖かな地形、雪の積もりにくい地形から順次に地を表して形作られる春の残雪は、形状は地形そのものを反映し、気ままなようでいて定型式では示せないようなルール、フラクタルな模様が描き出されている。

その一見無機質な「雪の形」又は現われた「地の形」の残雪模様から馬や鳥や人などの形を見出し、農耕の時節の目安としたものを「雪形」といっている。
有名どころでは、白馬岳の「代馬」、蝶が岳の「蝶」、爺ヶ岳の「種まき爺さん」など、山そのものの名前の由来となっていることも多いように、その麓の人々にとって、大変に身近な存在だったことが伺われる。

多数の人の目に同時に触れる自然が造った偶然的な形を、生きものや物にたとえるという点では、星を結んだ形で表される星座とも共通している。農耕や漁といった生活上の季節のめぐりと繋がりが深いところも、雪形と同様であるのは興味深いところである。

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化石

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Photo:Nikon E5700
その時代を生きた数々の生物

先月、常磐のいわきで化石掘りをして、巻きなしアンモナイトの化石が採れた。
「化石を掘る」というのは、自分にとってはかなり久しいことだった。林道を走っていても堆積岩の露頭が見られると、すぐに頭は化石の存在を考えるが、近頃では地層を手で触るところどまりで、掘りだしたり、下に転がっている石を丹念に調べたりということはしなくなっていた。

「化石」という言葉は広く知られるが、必ずしも正しく理解されているとはいえない。化石の話をすると、「ああ、○○の貝塚を見たことがあります・・・」とかの混同話も聞くことが多い。まあ、私にとっては古生物も縄文時代も興味の対象真ん中付近であることには違いないのだが。気が遠くなる太古の自然の姿を今に残す化石と、それに比べてしまうと、ぐっと新しい時代の人の営みを今に伝える遺跡がひとくくりになってしまうとは、こうした分野への興味の低さが伺えて残念である。

「化石」とは言いつつも、文字どおり石化しているようなものには、なかなか触れる機会がない。地層の形成された時代が新しく、そもそも岩石さえもない私の地元の地質からは、そういったものは望めず、特に意識して産地へ赴くということはしていないので、これはいたしかたないところである。

アンモナイトの化石というと、比較的近隣で産地としてすぐ思いつくのは、銚子といわき。銚子には2年間ほど住んだこともあったのだが、残念ながら赴任地での仕事に追われていたこともあり、その間に化石に触れる機会はなかった。

先日、いわきでの化石掘りではアンモナイトに出会うことは出来たが、また、子供時代のように太古の生物環境の生の痕跡に触れる機会を増やしてみたいと思う。

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春の楽しみ

N20060305-123526
Photo:Nikon D200/SIGMA 70-300mm F4.5-5.6D
(300mm 1/250" F5.6)

~野山に春の香り~

山や野や田を歩くと、足元に春の足音がはっきり聞き取れるようになってきた。日当たりのよい斜面にはツクシが顔を覗かせ、梅の花は芳香を漂わせ、山ではフキノトウも姿を見せている。

自然のありがたみを一番感じるのは、春の始まりであるこの時期ではないかという気がする。
身動きままならない冬がやっと去る気配をみせ、暖かさに様々な活動が再開される時期、日一日と変化が見られ、それに連動して自然のありがたみを肌で感じる季節であると思う。
おそらく、この林道百拾号線でも、四季のうちでは、春の記事が一番多いのではないだろうか。

この週末は穏やかな天候に恵まれて、まだ芽を出すまでには至っていないような草木も一斉にその芽を膨らませたようだ、庭に植えたカラマツもその芽が大きく膨らんでもうすぐ緑の葉が出てくるだろう。

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水面月

N20060209-215539
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~蒼い光、水面に浮んで~

今夜も晴れている。
湯上りに、いつものように庭に出て夜空を眺めた。冴え冴えとした月の蒼白い光がまぶしくて、星々は輝きを沈めている。

庭に作ってみた小さな池。ちょっと味気のない水溜り。春になったら、ここにかえるの卵でも放ってみようかななどと思っているのだが、この小さな水面に月が浮んでいた。
小さな池だけに波はなく、月は歪みなく綺麗に浮いている。
いつもと左右反対の月。

もういくときも待たずに水面は氷が張るだろう。そのときそこに閉じ込められた月の光は、明日の朝、朝日が昇ると、人知れずキラキラと溶け出していくに違いない。

現実は、そんなにファンタジックじゃないけれども、時折そんなことでもありそうな幸せな気持ちに浸れるときもある。

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長い影

N20051228-135545
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~昼でも樹形を長々地に映す~

冬、日の影が長く伸びるのは朝夕だけではない。正午前後であっても夏の夕方のような長い影を落としている。
なんとも、ますます寒さを感じるものだが、その一面で、影も斜めなら陽射しも斜め、家の中には光がたっぷり差し込んで、窓を閉め切った南向きの部屋には、暖房がなくてもぽかぽかの温もりを与えてくれる。

ところで長く伸びた樹形の影は、冬にしか見ることが出来ない風物詩である。夏には、どんなに陽射しが傾いた朝夕でも見れない。影は長くとも、木が青々と葉をつけているのだから樹形が現われないのは当然である。

長く伸びる冬の影は、自分の影も例外なく長く見せる。しかも特に足ばかりが長く伸びたように見える。ちょっと自分の足が身軽に長く感じるのが楽しい。もちろんそれは、目線の関係であって、本当に足が伸びたのではないのは言われなくても分かっているが・・・

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氷の花の紋2

N20060108-141416
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~近隣のこの池にも同じ模様が~

前投稿後すぐに近隣の他の池をいくつか見て回った。幸い家の周辺には湖沼は数多い。
すると、他の池にも規模の大小はあるが、やはり同様の文様が湖面の氷に浮き出ていた。

そうしてみると、

①このあたりでは池に氷が張ること自体が最近少なく、その上に雪が積もることはなお珍しいことで、いつもの冬季の条件では見かけたことがないこと、
②文様の丸い部分は、雪がいったん水を含み再度凍ったときのような色合いで、やや厚みがあること、
③周辺の池に一様に文様は見られたこと、
④文様のまん中には穴が見られ、文様はその穴を中心としたほぼ真円状であること、
⑤あまり意識はしていなかったが、全く初めてみたのではなく、どこか(おそらくスキーの行き返りでの景色)では見た覚えがある現象であること

などから考えて、やはり一昨日の朝凍った湖面の薄氷の上に、夜になって雪がうっすらと積もり、そこに何らかの穴や亀裂を通して毛細管現象のごとく染み出した水が描いた円状の模様であって、この地域に限らなければ、特別珍しいものではないのではないかと結論したがどうだろう。

やはり、これは氷紋の一種なのだろうか

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氷の花の紋

N20060107-113526
Photo:Nikon E5700
~湖面の氷に花開く~

一昨日の晩にほんの少し雪が降った。積もったいうほどにはやや足りないのかもしれないが、それでも1cm足らずの雪で近隣の景色はうっすらと雪化粧して一変した。
昨朝、このあたりでは稀な雪景色を楽しむために、近所一帯を散策していると、家からそう遠くないところにある池で、見慣れぬ斑紋が見られた。

これはどうやって出来たのか、よく判らない。
「氷紋」といって、氷上の積雪に氷にあいた穴から出た水が染み出し、再び結氷して出来た模様とされるものがあるが、これも湖面の氷上に咲いた花のようなものも「凍紋」だろうか。「氷の花」や「霜の花」などというのとは違う。
近所の池で見られたこともあるし、特に珍しいものではないだろうと思うのだが、調べてみても同じようなものが見当たらなかった。

そもそもこの模様の成因が頭を使わせてくれる。やはり湖面の氷上に雪が少しでもあったから出来たのか。中央の穴から水が出たのだとすれば、その穴はなぜ出来たか。降った雪は氷に影響を与えるほど多くはなかったはずだが、氷もこの温暖な地では微妙に薄い。

自然の作り出す色、模様、形はいつも目を楽しませてくれるとともに、想像も広げてくれる。

※投稿後、すぐに調査した結果を「氷の花の紋2」に追記

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朝の予感

N20051230-074331
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~朝の海に鳥が翔る~

日の昇る朝は、感覚が澄まされている気がする。
光に敏感で音にも敏感。少しの動きに神経が反応する。

これに対して日が沈む夕方は、あたりが真っ暗になったと感じていても、実際には、まだ空はかなり明るいということが、昨夏に房総の蛍を見に行ったときに実感としてよく分かったように、特に明かりについては、あまり敏感ではない。明るい昼を過ごした後なのだから、ある程度当たり前なのかもしれないが。

同じ明るさの天文薄明(太陽の中心が水平線下の角度でおよそ18°までのときいう)でも、朝の薄明ならば、夕方の薄明かりを敏感に感じる蛍でなくとも、もっと敏感に感じると思う。車で早朝に遠方へ出かけることは多いが、朝の明るさの予感のようなものは、かなり早い時間に感じられる。

朝に鳴く鳥が、一見真っ暗なうちからその鳴き声を上げるとき、空をよくよく見てみれば、うっすら朝の予感を感じ取ることが出来ると思う。

冬の海。白々と明けた朝の空へ、数え切れないほどの海鳥が渡っていた。

新しい年が明けました
やはり0:00に日付が変わることよりも
朝の明け行くさまにこそ新年の訪れを感じますね
本年もよろしくお願いします

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カラマツ

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~明るく真っ直ぐな樹~

庭にカラマツの苗を植えてみた。不得意な温暖地に果たしてうまく育ってくれるかがとても心配だ。

カラマツは、わが国の自生種では唯一の落葉針葉樹であり、また他国に無い固有種でもある(もちろんヨーロッパなどにもカラマツ属の他種は存在する)。
木材としても優秀であって、各地で広く植栽されているが、近年は需要が減少したようである。自生ということで見ると、かなり生育息は限られていて、東北・関東・中部地方の山地にしかない。中心は信州などを中心とした中部山岳地域。
イメージ的にはマッチしても、北海道のカラマツはみな植林ということになる。

漢字では「唐松」と書くが、唐の時代の中国の絵に描かれた松に似るという説明はあまりピンとは来ない。針葉樹であるのに珍しく落葉するという意味で「落葉松」の名は悪くない。

日当たりを好む樹の性格上か、夏であれ冬であれ、四季を問わずに、なにかいつも日差しの下で健康そうに真っ直ぐ伸びている印象の強い樹である。秋の紅葉した山の木々の中でも、イチョウのように白を含む黄でなく、もっとずっとオレンジに近い濃い黄色を呈するカラマツの黄葉は格別だ。離れてみるのもいいし、見上げるもいいし、シルエットもまたいい。

最も印象深いのは、中津川林道の三国峠で見る黄葉。
ここから見渡す信州側の景色は、山また山まさに黄一色。これは是非見ていただきたい景色である。

こんなカラマツを身近で育ててみようと思ったのだが、そういうものは、「見に行くから価値がある」などとも言われそうではある。しかし、人がどう思っても、また、健康な育成はなかなか難しいのかもしれないけれども。やはり、あんな黄葉が、雪も滅多に降らない身近な我が家の庭で見れたら最高だとの思いは強いのである。

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11030014
~落ち葉に霜・秋から冬へ~

先週末に山を散策した。
我が家の周辺は、温暖な地であるから、まだ冬は気配しか見えないが、既に山は一足早く冬に領域に入っている。

この時期になると、林道に展開する景色は明るくなる。繊細な小枝が目立ってくる。そして、その先に普段見えない景色が見えてくる。

霜は降るのか生じるか。
言葉としては、霜が「降る」とはいう。また多量の霜が降ったのを見ると、それは本当に空から降ったのではないかと思うほど厚く、まるで積もったようにも見える。今はまだ暖かいが、本格的な冬が来れば、我が家の周辺も霜は降る。子供の頃など、朝、雪のように降った霜をかき集め、雪ダルマを作ったことさえあった。
霜は降る。
見た目はそう見える。けれど、そうではないことも、みな知っている。

霜はそこに生じる。冷えたビールジョッキに付く露のごとく、空気中の水分がそこに昇華してゆくのである。
様々な形をした木の葉や草の葉に、白い結晶をちりばめて、寒い冬の朝を、また一層寒く冷たくそして美しく彩る。

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炒り椎の実

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~殻が割れて美味そうな実がのぞく~

椎の実を炙った。
この香ばしい香りはたまらない。あつあつの殻を爪でこじ開けて、ささやかな実をぱくりといくと、口の中に木の実特有のこくと懐かしさのあるあの味が広がる。

子供の頃は、実のなる椎の木を庭に欲しいと思ったが、どうしたわけか、まだそれは実現していない。こじんまりした庭にあの大木は無理だし、実がなるとしても、小さな椎の木では、ちょっと興ざめる。やはり、椎の木はこんもりと、遠くから見たら山のようでなくては・・・そんな思い入れもあるからか。

昨秋も椎の実を題材に1項書いたが、自分にとって、秋を感じるものとしてははずせない存在である。フライパンなどで炒るのだが、昔は穴の空いた古い鍋を、椎の実炒り専用に使っていたのが思い出される。炒るのは空焼きみたいなものなので、無造作に使えてよかったし。蓋もついているから丁度いい。
その鍋を揺すって炒っている時の、カラカラという音も秋のイメージとして頭に焼きついている。

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秋分と彼岸

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~彼岸花が咲く里道~

昨日、林道へ続く里道を行くと、小川に沿って彼岸花が点々と咲いていた。そうか、今日は秋分の日だったなあと思い出す。

秋分の日とは、昼と夜の長さが同じ日という言い方が一般で、厳密に同じくなるわけでもないのだが、太陽がこちら側、天の北半球から天の赤道を横切って天の南半球に移る時のを日付けである。
むろん、半年後に太陽は今度は南半球から北半球に帰ってくる。そのときが春分となる。
赤道上に太陽がいるわけだから、その日の出、日の入りは、ほぼ真東から昇り真西に沈むことになる。

一方、彼岸というのは元々は仏教でいうところの、悟りの世界のこと。こちらの世界を此岸というのに対してあちらが彼岸であり、仏教のことはまったく知らないが、こっちの岸とあっちの岸というようなものだろうか。

この天文の分野の「秋分」と、仏教の分野の「彼岸」が、どうしたわけか、今は一緒に扱われている。

まったく関係なさそうにも感じるが、それなりに深い関係があって、日本では春分と秋分の日がそれぞれ彼岸の中日(なかび)に当てられ、自然をたたえて生物をいつくしむ日、先祖を敬い偲ぶ日として、祝日となってさえいる。「日本では」と書いたのは、仏教行事の彼岸は、当然のように他の仏教国でも同様に行われていると考えがるのが普通だが、実は日本独自のものらしい。

さて、その秋分と彼岸の関係だが、昼と夜が同じで、昼夜半々というのが、仏教の中道精神を表すことや、極楽浄土である彼岸は真西にあるのだそうで、そうなると、真西に太陽が沈む秋分は、その方向、進むべき方向が示される日ということになるというあたりが、関係といえば関係であるようである。

いずれにしても、農業信仰上の暦も含め、長い歴史のなかで形作られてきた日本の習俗であるので、一言で片付くことではないのだろうが、暦と天文というものは非常に強く結びついていることの一例ではある。

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湿原

N20050918_057
~秋の田代山湿原を歩いた~

福島県と栃木県をまたぐ田代山林道は、ここ数年栃木県側で通行止めとなっていて、いまだ、再開の話しを聞かない。その福島県側を遡って、通行止となる峠手前まで上り詰めると、そこが田代山(1,926.3m)への登山口になっている。

昨日、機会あって初秋のこの山に登る機会があった。この山の特徴は頂上付近が広大な湿原となっていること。
こういう山は、他にも幾つか例があり、苗場山などは、その代表例といえる。「田代」も「苗場」も湿原を水田に見立てたもので、古の農業関連の信仰に由来する名前であろう。

この山頂周辺の湿原は、地形の傾斜などからみて、湖沼が陸化したものとは思えず、別の成因になるはずであるが、そのあたりは詳しくないので、そのうち、調べて見ようとは思っている。

さて、この田代山の湿原、2,000m近い標高に渡る風も肌に冷たく、背の低い植物群は一様にやや赤みを