マンサク

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~満作がまず咲く?~

今日、日中は春一番が吹き荒れた。3つ玉の発達中の低気圧が前線を伴って通過したからであるが、低気圧は東北方向の海上で一気に発達し、このあと季節風でぐんぐん冷え込んできそうである。
寒冷前線が通過する前の昨日から今日昼までは、本当に春がやってきたようだったけれど、こうやって行ったり来たりしながら進むのが季節というものだろう。

朝の通勤途上、よく皇居北の丸公園をふらりと散策することがある。数日前の天気のいい朝、わずかに春の気配を感じ、気持ちもいいのでまた朝の散歩を楽しんだ。すると、しばらく色の少なかった公園にチラリチラリと黄色い花を付ける木が見える。はて何の木が花を付けたのだろう。

近付いてみるとマンサクの花だった。この花の名は「まず咲く」の訛りだといわれる。たしかに、気温はほとんど冬のままであり、落葉樹で花をつける樹は周辺に見当たらないし、マンサクの木の枝にはまだまだ枯葉さえ残っていて、むしろ秋のようでさえあるくらいなのに、春まで待てずにまず花を咲かせている。

ただ、どうもこの花の名前の由来、それだけではいまひとつピンと来ない。「万年豊作」にちなんだ由来との説もあるようではあるが、何かもっと他になるほどと唸らせる意味があるような気がしてならないのである。たぶん、それは、この花が削りだしたような形というのか、はたまた、硬めの紙を雑に丸めたようにカクカクと巻いているというのか、ともかく、かなり変わった形であるのに、この非常に特徴のある花の形状が、名前に何か関係しないで済むのだろうかという思いがあるからだ。

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八重山を歩く(1) ヤエヤマヤシ

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~椰子はどこから来た~

例年どおりなら、既に雨季に入っているはずなのであるが、幸いにして雲一つなく、太陽のまぶしい初夏の石垣島を訪ねた。

椰子の群落へ向かう。群落というよりは、一つの山である。島周回の幹線路を外れると、すぐにそれらしき独特の雰囲気を周辺に漂わせた山が見えてくる。しかし、その、少しの怖れと大きな期待を感じさせる雰囲気を、何と言ったらいいだろうか、そこだけは、いまだ中生代が残されているかのような、ロストワールド的な香りがするのである。

ヤエヤマヤシの群落内を歩いてみた。植生は、いつもの見なれた温帯の落葉樹林とは当然まったく違うものであるし、温暖地の照葉樹林とも違っていて、まるでジャングルである。

ヤエヤマヤシは、この石垣島と西表島に限定分布するヤシで、分類上、一属一種という、この八重山で独自の進化をしてきた希少な種であるという。なんでも、海を隔てながらも比較的近隣にあるフィリピンや台湾に自生するヤシよりも、むしろ、遠く離れたニューギニアのヤシに近縁であるらしい。そうすると、かつて波に揺られて海を渡り、漂着した後に大地に根を下ろした椰子の実は、かのニューギニアの浜辺でこぼれ落ちたそれだったということであろうか。

そういえば、石垣の市街地にある博物館には、南の海の遥か向こうにある、あちらこちらの島々から漂着したという、木をくりぬいて造られた、いつの時代のものとも知れぬ小舟がいくつも展示してあった。

八重山を歩く(2)につづく

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桜を切る

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~秋の陽だまり、坊主の並木~

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」の諺は多くの方がご存知のことだと思う。

桜は切るとそこから腐り易いので、絶対切るなということではないけれども、剪定などはあまり行わず、切る場合は場合によっては薬を使うほど十分注意すべきであることについて、とても丈夫で、樹形を好みに整えるためにほとんど躊躇がいらない梅の樹をもってきて対比させた言葉である。

少し前の暖かく晴れた休日に、近くの湖の周囲を散歩していると、なんとも見事に、まるで、街路樹のケヤキなどの枝を払うのと同様に、バサッと太い枝ごと剪定された桜が並んでいた。

はて、桜の木は、先の諺があるにせよ、絶対に切ってはいけないというわけでもないとは思うが、それにしても、切り口が腐りやすいのは確かであるから、ここまで切っても大丈夫なのだろうか。少なくとも、花芽の付くのは今頃だろうから、来春の花は見られないように思われる。

園芸の知識などないので真相は知るすべもないが、桜の性質を知り尽くしたプロの庭師が、その性質に従って剪定を施したということなのだろうか。それとも、何か菌性の病気でもあって、枝を落さざる得なかったのだろうかなどと、やけに暖かな秋の陽射しに、ぼんやりと考えながら、昼時も近づいたので家路についた。

それが来春ではないとしても、またここに白い幻想的な並木が見られるといいのだが。

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カラマツ林に立つシラカバ

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~信州の「貴婦人」になる日が来るか~

信州の峠を下る林道で、ふと見上げると、カラマツの林に混じって清楚に見えるシラカバが目を引いた。

そういえば、「貴婦人」という名のシラカバが、日光の小田代ヶ原に立っている。小田代ヶ原に立っているその「貴婦人」は、樹齢70~80年といわれ、平均樹齢が50年前後というシラカバにあっては老木であるという。平坦な湿原の向こうに広がるカラマツ林の見事な黄色をバックに、その秀麗な樹形と白い樹肌を収めようと、魅せられたカメラマンが群がるそうである。

しかも、その樹は年に一度、ちょうど今頃の時期だったはずだが、昇る朝日からの一条に、スポットライトのように照らし出される日などというのがあるらしく、当日は暗いうちから大変な賑わいであるとか。

ところで一方、この信州の名もないシラカバだが、そういった名高い樹というのではなく、一本の大樹というわけでもないにしろ、なかなかに美しい姿で感動した。バックのカラマツというよりは、足元のカラマツとバックの冬枯れに浮かび上がる白のコントラストが美しい。いちばん手前の一本などは、樹形も樹勢もすこぶるよく、まだまだ、これからすくすくと、空に向かって元気に伸びていきそうだ。将来、名のある樹になるかどうかはわからないが、またこの道を下るたび見上げてみたいと思っている。

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権現の大銀杏

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Photo : Nikon D200 / AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~冬を告げる樹~

旅先での朝の散歩は楽しい。

この夏に、そんな散歩の先で出会ったのは、秋田県山本郡藤里町田中にある大銀杏。このイチョウ、樹齢は推定500年ともいわれる。幹はもちろん大きいが、数メートルも垂れ下がった何本かの太い気根がイチョウには珍しい。そして、それだけでなく、ちょっと変わった性質を持っているらしい。

この樹の落葉で豊凶を占うということはガイドにも案内があった。ただ、それは落葉の何をどう評価して占われるのかよくわからなかったのだが、代わりに地元で聞いた話は、それとは別の話だった。

この地方は冬には積雪で閉ざされるが、晩秋に降ったその雪が根雪となるのかどうかがこの樹の葉の落葉で分かるというのだった。

晩秋の雪は、降り積もっては一度全て解けたりまた積もったりと繰り返し、最後はいつしか根雪となってゆくが、そんな晩秋のある晩に、この大きなイチョウの樹の色づいた葉が、ごぉーっという大音響とともに一気に全て落ちるというのである。

雪が降り始める頃になっても、この樹の葉はまだ落ちない。まとまった雪があると、他の集落のほうから、大銀杏はどうかと声が掛かる。「今年はまだだね」と答えるときは、「ああ、この雪は解ける雪か」となり、「落ちたよ」と答えれば、「この雪は根雪だね」となるそうである。

落ち葉というのは、一枚、また一枚とはらはら落ちるもの、もちろんこれまでにそういう普通の樹しか見たこともない。一斉の落葉にはどんな仕組みがあるのか気になるが、理屈はともかく、その珍しい現象を直接見聞きしたいものである。

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ブナの実と葉

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Photo : Nikon D200 / AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~東北日本のブナの森2~

「ブナ」という名の語源に定説はない。その葉が風に吹かれて「ブーンと鳴る」などともいわれるが、ただの安易なこじつけに聞こえなくもないし、案外それが素朴な真実だったとしてもなんら不思議はない。
しかし、ブナの特徴は、あのぎざぎざな外縁の葉だけでなく、白っぽい斑紋のある樹皮や、殻の中に堅果が2つ入った、かわいらしい実もとても顕著な特徴ではないだろうか。

ブナの実は、同じブナ科のシイ・ドングリの類の中で、ひとつひとつの実の大きさなどをみたら、さほど食べでがありそうなほうともいえないが、母体の樹が、ブナ林という圧倒的大規模な極相林をなすために、絶対量は豊富であって、東北日本の森に住む動物達にとっては、重要な食物となる。
また、実が収穫される秋は、厳しい冬を間近に控え、できるだけ多くの蓄えが欲しい時期ということもあり、特にその重要さは増すだろう。

われわれ人間も、ブナとの関係は深く、特に東日本のほうが栄えていた縄文時代においては、ブナの実は貴重な食物であったし、ブナの森があったからこその縄文文化ともいわれるくらいである。

この実は毎年同じようには実らない。豊作は数年に一度しかなく、森の動物たちにとって重要なブナの実が、特に凶作だった年になると、食料難となってクマやサルなども麓に出没し、獣害の発生数にも影響するようだ。

ブナは、いわずと知れた落葉樹であるから、大きな極相林では、毎年多量のブナの葉が層になって積もってゆく。この落葉が分解するまでに至る過程での微小生物などの営みのことなども考えると、やはり、東北日本の山の森はブナという樹に育まれた森であるといえるし、落葉が、降った雨水をすぐには川に逃がさず、いつも一定量の水を保つ「緑のダム」ともいわれるように、豊かな水の源でもある

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白神のシンボル

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Photo : Nikon D200 / AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~東北日本のブナの森1~

白神山地の麓で幾日かを過ごしてきた。
滞在型で夏休みを一地方で過ごすのが好きである。行って来い型やつまみ食い型の旅では、時間に囚われて、そこにある豊かな自然や素朴な人の営みの本質に、じっくり触れる機会を得ることがなかなか難しい。

さて、白神山地といえば、いまや言わずと知れたブナの原生林である。世界遺産登録で著名とはいえ、ブナの原生林なら、南東北の飯豊山や朝日岳周辺なども、なかなかいい森が残っているのではあるが、その全体の規模という点では、白神山地のブナの原生林は抜きん出て広大な森である。

そのブナの森で白神のシンボルともいわれる巨木に出会った。
時折のぞく岩と苔、そして深い落ち葉の層に覆われた、なにか神聖な地のような森の真ん中に根を張り枝を伸ばしたまさにこの森の主。
樹齢は400年で、樹高26m、幹周り4.85mであるという。
400回夏の日差しの恵みを受け、400回雪に埋もれてきた年月の重さをずっしり備えたその樹のそばに立つと、不思議な安心感につつまれる。

ブナの森の画像

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カラマツその後

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Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
(20mm ISO100 1/125" F7.1)

~林道のカラマツの新緑~

我が家の庭に植えたカラマツは、その後順調に育っている。
今は若葉がかなり出揃って、まだまだこれからも、新しい芽が生えてくるのかどうかはよく分からないものの、柔らかな黄緑の細い葉をまとって、一人前の木らしい形になってきていてほほえましい。

先日、信州の林道で見た本場のカラマツは、やはり場所柄か、我が家のカラマツに比べるとそれより一回り遅れ、いまやっと、芽から葉が顔を出し始めているところだった。

いままで、身近に見ていなかったので気づかなかったが、カラマツの芽生えの速度というのは、ずいぶん悠長である。身の回りのたいていの木々は、芽が出たなぁと思っていると、あっという間に葉が茂ってしまうものだが、カラマツは芽から葉が顔を出したと思っても、翌日も、その翌日も、5日たっても、10日たっても、ほとんど姿が変わっていないような気がするほど、ゆっくり成長している。

いつか見上げるような梢になって、夏の日に涼しげな木陰をていきょうしてくれるだろうか。

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スズメの花千切り

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Photo:Nikon D200/SIGMA 70-300mm F4.5-5.6DL(100mm 1/160" F6.3)
~良く知るスズメのかくれた習性~

我が家の周辺も、桜がそろそろ満開になる。
さほど見事とはいえないまでも、この町内に入居したての頃の細く小さな桜の木を思えば、ずいぶん立派に花をつけるようになったものだ。それだけ年数も経ってしまったわけではあるが・・・

さて、桜の木を一本一本めぐってみると、まだ満開前で花びら一枚散ることはないが、ポトリ、ポトリと幾つか花が丸ごと落ちていた。
はは~ん、スズメの仕業かな?

ここにはスズメもヒヨドリもメジロもよくやってくる。これらの鳥だけではないと思うが、ともかく桜の蜜は共通する好物であり、花の頃はにわかに桜の周囲が賑やかになる。

このうちヒヨドリとメジロは、もともと植物食が主体であるので、サクラの花は傷めずにの奥のほうにある蜜を、細いくちばしを使ってうまく吸い取ることができる。まあ、ヒヨドリはやや大きめなその体のせいか、枝の中を移動するのにサクラの花をたまに落としてしまうこともあるが、大抵は花びらだけが落ちる。

しかし、スズメは雑食性でくちばしが太く、サクラの花の奥までは届かないため、蜜を吸うために花の根本から丸ごと食い千切り、蜜だけ吸って残った花はそのまま下に落としてゆく。
そう、私たちが子供の頃に、赤いサルビアの花を千切り取って、蜜だけ吸って残りを捨てたのと似たようなもの。

人に最も馴染みがあって、目新しさを感じないように思われるスズメだけれども、このスズメの花千切りは、まだ、ほんの20年くらい前に、はじめてその行動が知られるようになった習性なのである。

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長い影

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Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~昼でも樹形を長々地に映す~

冬、日の影が長く伸びるのは朝夕だけではない。正午前後であっても夏の夕方のような長い影を落としている。
なんとも、ますます寒さを感じるものだが、その一面で、影も斜めなら陽射しも斜め、家の中には光がたっぷり差し込んで、窓を閉め切った南向きの部屋には、暖房がなくてもぽかぽかの温もりを与えてくれる。

ところで長く伸びた樹形の影は、冬にしか見ることが出来ない風物詩である。夏には、どんなに陽射しが傾いた朝夕でも見れない。影は長くとも、木が青々と葉をつけているのだから樹形が現われないのは当然である。

長く伸びる冬の影は、自分の影も例外なく長く見せる。しかも特に足ばかりが長く伸びたように見える。ちょっと自分の足が身軽に長く感じるのが楽しい。もちろんそれは、目線の関係であって、本当に足が伸びたのではないのは言われなくても分かっているが・・・

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