Photo : Nikon D200 / MC RUBINAR MACRO 1000mm-f10
~それならば月は惑星ではないのか?~
新聞の見出しは「太陽系の惑星 新たに3個」。
現実に比べて、やけにセンセーショナルな表題なのは新聞などのメディアの常だろうが、かなりピンと来ない見出しである。
これは、国際天文学連合において近々太陽系の「惑星」の定義づけを行おうとする動きの中で先行的に示された定義案を言っているのであるが、そもそも、人間という存在に関わらず、そこに元々存在している天体について、人間の感性の範囲で定義するのであるから、どうにでもなるといえばどうにでもなることであって、なにか新しい天体や法則などが発見されたりしたものとはまったく次元の違う話である。
また、今回の定義は正確に言えば「惑星」ではなくて、「大惑星」又は「大きな惑星」の定義なのではないか(後述)。
さらに、この定義による分類は、学会で厳密な分類をしなければならないときのみに必要な定義付けの域を出ない、まさに専門的な範囲内での話になってしまうので、おそらくは、今回話が一段落したら、この定義は一般にはどうでもよい話になってしまうのではないかと想像される。
まあ、この定義が必要な主たる理由は、近年相次いで発見されている冥王星以遠を回る比較的大きな天体の位置づけに苦慮していることにあるのだとは思うが。
私がずっと持っていた「惑星」というおぼろげな定義は、「恒星に対しその周りを円に近い楕円の公転軌道を持って周回する天体」で、彗星のような長軸と短軸の差が大きな楕円軌道のものは除かれるのかなといったところだ。
したがって、一般にいわれる9つの惑星以外の小さな天体でも、円に近い軌道で太陽の周りを回る、例えば火星と木星の公転軌道の間に公転軌道を持つ小惑星のセレスやパラスなどももちろん惑星であると理解していたし、実際にこれらは現に「惑星」である。
そのうえで、水星から冥王星までの9つの惑星は、大きな惑星、それ以外を小さな惑星という、1レベル下のくくりでみるのが自然である。ただ、冥王星の公転軌道は、かなり円からかけ離れた楕円の軌道であることから見ても、また、本体の大きさから見ても、他の8つとはやや整合性がなく、正直なところ大きな惑星からははずしたいと感じる(水星の公転軌道も同様にやや危ないのだが)。
今回公表された定義で、大きさについての定義は、質量地球の1万分の1、直径800km以上という数値である。そして、これに従って、小惑星セレスと、冥王星の外側に2003年に発見されていた新惑星の2003UB313を新たに「惑星」とするというところまでは、単に定義なのだから、それはそれでわからなくもない。しかし、解りづらいのは、新たに惑星とする候補3つの残る1つ、これまで冥王星の衛星とされてきたカロンであるが、確かに、冥王星とさほど変わらないの大きさの比率などから見て、冥王星を二重惑星と位置づけるということなのだろうが、そうであれば、地球と月も似たような関係であるし(惑星と衛星の関係としては大きさが近い)、その直径だけでいったら、カロンやセレスより大きな衛星など月以外にもたくさんある。
衛星とは、惑星を周回する公転軌道を持つ天体のことではあるけれども、惑星を周回と言いつつも、実は惑星も衛星に対して不動であるわけでなく、正確に言えば互いに回りあっている。ただ、大差のある重量差ゆえに、衛星のみが惑星の周りを回っているように扱っても差し支えない範囲であると言うに過ぎないから、確かにどんな衛星と言えども、主惑星とともに二重もしくは多重惑星とみることも出来なくはない。
そうであれば、なおさら、どうしてカロンだけが惑星扱いとなるかはやや解りづらい。
個人的には、天文界の歴史背景を重んじたとしても、まだ見ぬ未知の天体を別とすれば、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星までを科学的もしくは合理的な分類としてでなく、観念上の分類として「大きな惑星」とするのがやはり自然に感じる。
なお、それ以外の、太陽を公転周回する彗星も含めた天体は、案外単純でなく、ここで今回だけでは書ききれない様々な形態、主にその天体の成因による仲間分けが考えられるし、衛星とされている天体もあわせて考えると、太陽系の出来あがりかたについての現在までの理解の範囲では、合理的分類はなかなか難しい気がする。
最近のコメント