秋分の日

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~さすがヒガンバナ、彼岸の中日に満開~

彼岸の中日、秋分の日となって、歩く道々の風景がすっかり秋らしくなったと感じる。

秋分というのは、ご承知のように昼夜等分の日、太陽が天の赤道を北から南へ横切って行く日であって、暦の上で重要な日である。

しかし、暦といえば、みなさんはこうは思わないだろうか、秋分は秋のど真ん中というけれど、秋なんて始まったばかりじゃないかと。

日本の暦は、何ともせっかちすぎると思うのだ。
つい先日まで、ジリジリとアブラゼミが昼に大合唱し、真の盛りを過ぎたとはいえ、暑さは真夏とほとんど変わらなかったのだが、今はコオロギなどの虫たちの涼しげな声が聞こえる夜は、すっかり凌ぎやすくなった。
様々な部分で、ああ、秋が始まったなあというべき環境が整ったのはほんのこの数日だと言えるのではないか。

日本の暦は、春分、夏至、秋分、冬至という、太陽の位置の基準日を季節の真ん中におく。しかし、これが季節感と暦の不釣合いの元である。確かに、そのようにすれば、太陽の南中高度(お昼ごろの見た目の高さ)と、これにともなう日光の明るさは、これをグラフにでも描けば季節とキッチリマッチする関係になるだろう。

しかし、季節=自然環境は、主に気温に支配されて移ろうというべきであるし、その気温(一日の平均気温)というものは、太陽に温められて徐々に温まり、また、冷えて行くのも遅れてゆくのであって、結局、太陽の位置基準からみると、一月半くらいピークが遅れるのである。

このため、暦と実際の感覚との差異をみると、暑さの絶頂時にいきなり秋が始まってしまい(8月の立秋)、秋らしくなったなあと思ったら、それはもう秋の真ん中で(9月の秋分)、もう一月半すれば立冬だ。

俳句など、風情を求める世界では、少しづつ密かに始まる次の季節を探すことも、大きな楽しみの一つといえるだろうけれど、私の感覚としてはどうも馴染まない。

洋の東西の好き嫌いではなく、暦については、西洋暦のように、春分、夏至、秋分、冬至という、太陽の位置の基準日を、季節の真ん中ではなく、初めとし、秋分は秋の始まりとしてもらいたいものである。

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北斗七星

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~春の宵空高く輝く七つ星~

春、いまごろの宵空には、北斗七星が北の空高くよく目立つ。ちょうどひしゃくをひっくり返し、北極星に水をかける形だ。

北斗七星は、昔の中国の星宿(星座のようなもの)を形成する7つの星の一団であるのだが、非常に知名度が高い。

日本で一般には、占星に関わる12星座(天文的には黄道12星座という。)の名はよく知られるが、それ以外の星々のまとまりの名称の中では、最も広く知られた名称のひとつだといえるだろう。

もっとも、黄道12星座の場合、名称は知られていたとしても、実際の星空での姿となると、よく知られている星座ばかりともいえないので、実際の姿を知っているという意味でいったら、全天でも片手に入る認知度の高い星々の一団といえるだろう。おそらく、憶測ではあるが、北斗七星はさそり座、オリオン座あたりと並んでベスト3くらいなのかもしれない。

天文学上の「星座」の世界標準は、国際天文学連合定義の88星座であり、北斗七星は初めに書いたようにその星座ではない(北斗七星はおおぐま座の一部になる。また、中国の星宿には、ほかに「斗」(南斗)や五車などが有名どころ。)。にもかかわらず、北斗七星が人々によく親しまれているのは、7つの星がそろって明るく、形もよく整っていて見やすい上、文字の持つ響きやイメージも印象深いことが要因だろう。

古来の日本においても、北斗七星は、七つ星又は四三星などという名で呼ばれたとされており、やはり同じ7つの星で一団と捉えられていたようで、このあたりからも目立つ星の固まりであることが分かる。ちなみにさそり座、オリオン座なども、同様に釣り針星、鼓星というような名で現在の星座と同様に一団とされていたようである。

私も初めて星の並びを覚えたのは、初夏の宵に北西の空に下り始めたこの7つの星たちだった。また、それだけではなく、幼かったその当時に、その名を聞き、かつ、星空の中に直接に姿を見たことが、その後、星、天文という世界に非常に強い関心を持ってゆくことになるきっかけとなったのだろうなと思う。

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内惑星

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~水星と金星が並んだ明けの空~

いつものように朝の床から出てすぐ、部屋のベランダへ出てみると、東の空低く家並のすぐ上に仲良く2つの輝星が並んで見えた。まだ寝ぼけまなこではあるが、水星と金星の姿であることは間違いない。

少し前の月初めには、金星は明け方の空のもう少し高い位置にあった。そして、いまも東の空にある木星が当時はもっと低い位置にあって、その2つの惑星が並んで輝いていた。そのときは、少しして月もやってきたため、なかなか賑やかであった。

水星と金星は、地球より内側で太陽を回っていて、このことからこの2惑星を「内惑星」ともいうが、そのために火星や木星など地球の外側を回る他の惑星とは違って、見かけの位置が太陽からそれほど離れることはなく、いつも明けの東の空か宵の西の空にしかその姿を見ることはない。

それでも金星の方は、水星と比べ、地球のすぐ内側を回っているので、太陽から最も離れる時の角度(最大離角という)は水星の28°に対し、47°とずっと大きくて、日の出、日没のそれぞれ直前直後には、空の中空近いあたりまで太陽から離れるため、空に見えている時間も長いし、空が暗いうち又は暗くなってからも見えているので、我々が目にする機会はずっと多い。

まして金星は、通常において太陽、月に次いで、全天で3番目に明るくなる天体である。星状に見える天体としては全天一の輝きだからこそ、明けの明星、宵の明星といわれて親しまれていて、金星であるということを意識して見ているかいないかはともかくとすれば、金星を目にしたことがない人はおそらくいないに等しいと思う。

これに対して水星は、見た目の明るさが決して暗いわけではないのであるが、太陽から最も離れて見やすい時期であっても、朝夕いずれかのごく短い時間に低空でしか観察できないため、とにかく見る機会が少ない。

少し前、1月半ばごろだったか、NASAの水星探査機「メッセンジャー」から送られてきた、水星表面の近接画像をご覧になっただろうか。水星の新しい近接画像というのも、私が子供のころ以来であるから、ずいぶん久しい話である。

1974~75年に水星に近付いたマリナー10号が、その過去の水星接近探索で唯一の例であり、今回のメッセンジャーの探査はまだ2回目の水星探査機接近であって、今回の任務が遂行されても、まだ、撮影できていない表面部分は残るというのは意外ではないだろうか。水星の自転と公転の周期は3:2であり、太陽に照らされた明るい面をくるくると回って見せてはくれないのである。

月が替わる頃、この2つの内惑星はもっと接近するようなのでこれから数日は毎朝の起きる楽しみにしておきたい。また、今月初めと同様に、今回もまた、もう少し日が経つと月がやってくるから、明けの東の空は、月、水、木、金と賑やいだ空になるだろう。

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ホームズ彗星の拡散

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~その見かけの大きさ満月大~
(07.11.13 APS-C500mm画角で撮影)

最初見たときは、視面積を持った恒星のようだったホームズ彗星だったが、アウトバーストを起こして吹きだしたガスはどんどん拡散し、日を追うごとに見かけの大きさが大きくなってゆくのが分かる状態が続いていたが、それもとうとう満月と同じの大きさにまでなってしまった。

拡散するにつれ、面積あたりの光度は低下してきており、全体の明るさは最も明るかったころの2等台からだいぶ暗くはなった。それでも、まだまだ肉眼でもよく見えるし、双眼鏡なら視界に大きくその姿を見ることができる。

もちろん、カメラで充分露光をかけると、まぶしいほどに明るく撮影できるので、まだまだ楽しみは続く。

ところで、あの長く尾を引く、通常の彗星の姿というのはよく知られたところであるが、他の天体との実際の大きさを比較すると、いったい、どのくらいのものであるのか、あまり意識したことがなかった。

現在(07.11.13)、肉眼で見えるガス部分がだいたい満月と同じくらいの視直径であり、データを拾うと、ホームズ彗星までの距離は、おおむね1.6AU(1AU=1天文単位は、地球と太陽の平均距離)ということだから・・・なんと!月と比べようかと思ったのであるが、月と太陽は概ね視直径は同じであるわけだから、ホームズ彗星のガスの広がりの実際の大きさは太陽の直径の約1.6倍ということか。まったく想像外の大きさだ。
ちなみに、現在の月までは約0.003AUで太陽までは0.990AUということであるから、それぞれの地球からの距離の数値がそのまま直径の比になるはずだ。

もっとも、今回のホームズ彗星は、尾が地球からの見た目で主に真後ろの方向に伸びていてるらしいと前回書いたが、つまり、上記の直径というのは、彗星を正面から見たときのあの彗星の頭の部分の太さとは限らず、後ろに伸びた尾が広く拡散したものであるのだとは思う。

今回のホームズ彗星は、その明るくなった原因や見る方向のため形こそ変わっているが、見た目の大きさそのものが他の明るくなる彗星と比べて、特に大きいというわけではないと思う。彗星というものの大きさをあらためてよく考えてみると、みなこんなに大きいものであったわけだ。確かに、地球の軌道に極めて近くを通る彗星などは、空いっぱいに広がることもあるくらいだ。それにしても、意識したことがなかったとはいえ、予想外のサイズである。

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ホームズ彗星

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~彗星はもともと突然現れるがこれはかなり特別~
(07.11.04 APS-C500mm画角で撮影)

突然の訪問者に驚かされた。10月末に急激な増光(アウトバースト)が見つかり、その後さらに増光したホームズ彗星である。
増光直前の17等級という明るさから、一気に2等級後半くらいまで明るくなった。1等級は6等級の100倍の明るさで、1つの等級の差は約2.5倍であるから、実に14等級の差はなんと40万倍もの増光があったということになる。

彗星という天体は、太陽を1つの重心とした楕円か双曲線の軌道をを描く、汚れた雪だるまのようなイメージのもので、明るく見える彗星の多くは、遠方から飛来して太陽の近くまでくると、その構成物をガス状に吹きだし、それが太陽風に流されて太陽とは反対方向へ尾を形成する。尾は、彗星自体の進行方向とはあまり関係がない。あくまで太陽と反対方向へ延びているところがポイントである。

通常の彗星にしても、急に明るくなること自体は変わらない。まさに彗星のごとく現れる。しかし、それは、上記のように太陽に近づいた結果として、近づくにしたがい比較的急に増光してはゆくが、ほんの数時間、数日でこんなに大増光することはない。

今回のホームズ彗星は通常パターンでいま見えているのではない。この彗星は、さほど細長い楕円軌道ではなく、離れても木星の軌道付近、近付いても火星の軌道付近より外側という具合に、木星の重力で捉えられたような軌道を回る彗星のグループの1つであると思う。今年の5月に既に太陽に最接近し、現在少しづつ離れつつあるところであるが、なんらかの弾みで、その構成物を急速大量に放出したものと思われる。

そして、面白いというべきかどうか、ちょうど太陽からみて地球の向こう側の位置にあるため、地球からは真後ろに尾を引いている位置関係となり、その尾を長く引いた見慣れた彗星の姿ではなく、まん丸ななんだか不思議なガス体が宙に浮かんでいる感じである。
11月4日に双眼鏡や望遠鏡で見たところでは、満月の半分くらいのぼんやりした見慣れぬ物体としてペルセウス座の方向に見え、肉眼でも、一見比較的明るい星、よく見るとぼんやりと面積を持った天体に見える。

このような彗星の大増光を見ることが出来るのは一生のうちにもそうはない。ここ数日の間、この突然の訪問者の不思議な姿を楽しく追っている。

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つきしろ(月白)

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~秋はやはり野の草と月~

文字の上で、月のイメージはいつも幻想的である。あるときは煌々と、またあるときは朧げに、その青白い光から発せられるものが、見上げる者の心に対して、清廉でいることを求めている意思さえ持っているような強い印象でありながらも、あくまでも静かであって冷淡である。

このところ、日本の「かぐや」をはじめ、各国で最新の技術を盛りこんだ探査機器が次々と送り込まれていて、にわかに注目を集めている月ではあるが、地上から見上げる姿は、いつも変わらない。

さて、秋の野の草をかき分けて進むと、セイタカアワダチソウとススキの向こうから、ぽっかりと月が浮かび上がってきた。満月ではないのだが、秋の草の色、そして青い空にもぴったりくる。

秋の野と月といえば、脳裏に浮かぶのは、いつのころだったか、一面のススキ野原の向こうから満月が昇り、銀色の穂が風に静かに揺れながら、月の光にさあさらと光っていた光景である。あのような素晴らしい光景を、また何処かで見たいものだと思う。
月の光はそのときも幻想的だった。

満月かそれよりいくぶん暦の進んだ月が昇る直前には、山の端や地平の向こうの東の空が、ぼんやりと明るくなるのを見ることができる。この明かりを「つきしろ」というが、しろには「白」を当てるのか「代」なのかよく知らない。月で空がうっすら白むのだから、「白」でよさそうな気はする。
ともかく、つきしろとは、またまた、幻想的な響きのある名前である。

ただ、そうはいっても、いざ地平から月の本体が昇ってくると、これがまた白ではなくて、夕日のようにおどろおどろしく赤い月が昇ってきたりするから、そこにはまた別のインパクトを覚えるものだ。

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八重山を歩く(7) 南十字星

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~港の星はよく見えたけれど・・・~

珊瑚礁に囲まれて波静かな渚は、波の音さえほとんどしない。もちろん、実際には、いろいろな音が聞こえているが、なにぶん、常時において波は荒く風の強い九十九里の海を見なれて育っている自分には、そのレベルはもはや無音にさえ感じる。

日が落ちて、静かな渚に闇が降りても独特の雰囲気がある。そして、見上げれば星空の様子が違う。星空が違うといえば、人里離れた地や山でときおり出あうことのある、信じられないほどの数の星が見える暗い空も確かに見慣れたものと大きく違うのであるが、この南に遠く離れた島では、星の見える位置そのものがかなり違うことに驚かされる。

北半球では、初めから天の北極まで見えているから、北に行った場合には、たとえどんなに北に行っても、自分の住まいから見ることのない星が、新たに見えるようにはならないが、逆に南に行った場合には、南に行った分だけ、天の南極に近い星が見えるようになってくる。

石垣島は、日本の最南端に近い緯度にある。自分の住まいからでは南の地平線の向こうから絶対に顔を出すことのなかった星達が、ここでなら見えるというのは魅力である。

さて、実際の星空の方はどうだったかといえば、南十字座の4つの星、ケンタウルス座のα星とβ星といった、南の星空でも特に代表的な星達が、この時期の宵に観望の好機となる。

そして、石垣滞在中は、日中の間ずっと雲一つないような晴天ではあった。そうなれば、これはもう、さぞかしキレイな星空が見えてもよさそうであるが、現実は、そんなに甘くない。

晴天のように見える青空は、実際には、空全体に薄っすらと雲が掛かったようなかなり霞んだ空であったため、太陽はともかく、星の見え加減には大きな影響があった。

霞空では空の低いところほど光が通らない。いくら、石垣が南にあるとはいっても、前記のように本土では見れない星々の高度はかなり南に低く、その霞んだ低空に、南十字星の姿を見つけることは残念ながらかなわなかった。

八重山は、平年なら雨季である。せっかくの晴天なので、夕日が海に沈むのを見に行ったのだが、太陽でさえも、雲はないのに水平線に達する前に光が届かなくなってしまうくらいの透明度であったから、低空に星が見えなかったとしてもしかたあるまい。

このようなわけで、星空の方は、いつもとは少々位置が変わって見える馴染みある星々が天頂付近に見えたのがせいぜいで、かなりいいところまで条件が揃いつつも、南の星との出会いは、今一歩で果たせなかったのは残念だった。
(つづく)

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~内暈・幻日・環天頂アーク・ラテラルアーク~

子供の頃、家の玄関にあった鏡の端に冬の陽射しが差し込むと、鏡はプリズムとなって、玄関の白い壁には虹が投影され、それをうっとり眺めたものだった。太陽の創りだす光彩はいつも神々しい。

ひと晩前の月には、見事な月暈が掛かっていたのであるが、この日の昼に空を見上げると、太陽がすばらしく、そして、バリエーション豊富に薔薇色の暈を見せてくれていた。

日暈は、水滴による虹と違い、高層の氷晶によって光が屈折・反射して見られるもので、六角柱形状の氷の結晶に対する太陽光の入射角度により様々な方向に屈折、反射が起きて、各種の環や弧などの形状となって現われる。

おそらく一般に日暈といわれているのは内暈のことで、これは、中心の太陽から半径22度の視角度に環となって見える。また、太陽の水平位置左右の内暈と重なって又はやや外側に太陽のような明るい部分が現われることがあるが、これが幻日である。

このへんまでは、比較的よく知られているが、暈は非常に奥が深く、Kasan20070104144917_1ここでそのすべては語れないので、追々機会を見て紹介したいとは思うが、これらはみな、とても幻想的なものであり、中には非常に稀な現象もあるので、これらを見ると何かとても幸せな気分になれる。

ひとまずは、この日の午後に見えたものの名前だけでも紹介しておく。
上の画像では、14:49の低めの位置の太陽に対し、それを囲むような「内環」、また、太陽の左右方向(画像は右だけ撮影)の内環あたりに明るいスポットの「幻日」、そして、内環よりずっと外側で天頂近くに、内環と逆に太陽方向に膨らんだ弧の形ではっきりした虹色の「環天頂アーク」、さらに、環天頂アークより内側にその反対向きの弧の形状で「ラテラルアーク」が見えている。

また、下の画像は、だいぶ日没に近づいた15:46の太陽であるが、こちらでも、「内環」「幻日」が見えているほか、太陽の下に太陽に匹敵する明るさの柱状でN200701041546521_2「太陽柱」(成因が反射のため虹色にはならない)が見えている。

これらこの日に見えた現象のほかにも、「外環」、「タンジェントアーク」、「環水平アーク」などといった日暈の数々がある。

(画像は上下とも07.1.4千葉県内)

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気嵐(けあらし)・蒸気霧

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~渦を巻き立ち上る朝靄~

朝、訪れた湖からは、渦を巻いて立ち上るように朝靄又は朝霧が湧き出していた。
それは、まるでより集めた糸が天にまで繋がっているようだった。

霧(きり)、靄(もや)、霞(かすみ)と、みな似たような小さな水滴が宙を漂う現象があって、微妙な違いがありそうではあるが、実際には、これらには、どれもさほどの違いはないのだと思う。一応、霧と靄には気象用語の定義がされていて、視界距離の数値で区分(1km未満が霧、1kmから10kmは靄)されてはいるが、一般的には、濃いものが霧、薄いものは、春なら霞でその他は靄といった程度の使い分けをしている程度ではないだろうか。

さて、霧や靄などというものは、既に発生した雲のようなものの状態を指しているが、その成因にはいくつかのシステムがあって、その成因によってそれぞれ名前がある(※注)。

そして「蒸気霧」である。蒸気霧というのは、朝など、冷やされた空気の塊が暖かな水をたたえた海や湖や川の水面上に流れ込んできたとき、水蒸気の急激な蒸発によって霧が発生する状態であり、気象用語でこのように呼ばれている。

水の温度の違いはあるものの、湯船から立ち上る湯気とだいたい同じようなものである。ただ、湖沼や川では稀というほどではないにせよ、いつでも見られるものではなく、寒い日の朝ということもあって、目の前で、水面や地面などから湧くように発生しているのを見るとなかなか感動する。

一般用語としては、「気嵐」(けあらし)とも言われ、英語では「frost smoke」又は「ice fog」などと言うらしい。

無風状態でのみごとな気嵐では、湧き上がる水蒸気の作る小さな上昇気流が渦を巻き、細長く数メートルの高さまで立ち上る様子が見られて、大変に興味深いものである。

(※注) 冷たい海面を山から暖かい風が吹き渡って生じる「移流霧」、 晴れた日の放射冷却によって生じる「放射霧」、温暖前線によって降る暖かな雨が蒸発し、それが冷たい空気に触れて生じる「前線霧」、山の斜面を急速にはい上がった空気が冷えて生じる「滑昇霧」などがあります。

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金星と土星の接近

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Photo : Nikon D200 / Tokina AT-X270 AF 28-70mm F2.8
~お楽しみは東雲に隠れてしまった~

東の空が白む前の早朝に床を出て星空を見上げた。

林道に出かけるときは、たいてい早朝に出るか、前夜から出かけるので、そのときも空は見上げはするが、今日は珍しく地元でじっくりと晩秋の空(いまごろの日の出前の空は晩秋から初冬の星々が見えている)を見上げることができた。
地元にしては、8月初めに赤城で見た星空ほどではないにしろ、月がなく、雲もない澄んだなかなかきれいな空だった。

早朝に床を出たのは、今日(8月27日)の日の出前後に金星と土星が4分角(1分角は1度の60分の1)まで接近するという、珍しい光景を見たかったからである。

もっとも、最も接近する時間は日が昇ってから3時間半以上も経った8時40分ころであるので、比較的口径のある望遠鏡(少なくとも10cmくらいは必要)で追尾していないと厳しいだろうが、まだ日の出る前の薄暗いうちでも、かなり接近しているはずで、見れるところまで見てみようと思っていた。

4分角というと、肉眼では2つの惑星が2つに分かれて見えるかどうかの角度であり、土星の輪が十分に見える大きさまで望遠鏡の倍率を上げてみても、その土星と金星とが1つの視野内に並んで収まるという角度であって、地上からはなかなか感じられない宇宙の立体感というものを感じられるのではないだろうか。

無数に見える恒星は、それぞれがあまりにも遠く、どんな大きな望遠鏡でも点にしか見えない。点と点を見比べても、あまり距離感というものは沸いてこないのだが、惑星のような一定の視面積を持った天体同士が並んで見えると、奥行きの距離感というものがかなり感じられるようになる。月の向こうに土星が隠れるような現象では、月の外縁は、まさに「隣りの星の地平線」そのものである。

さて、明るい惑星同士のこれだけの接近(地球からの観測で見た目の角度が近づくだけで両惑星の距離が実際に近づくという意味ではない)を特定の場所から見ることが出来るのは、10年や20年に1度くらいのことと思うので、期待に胸膨らませて金星と土星が東の空から昇ってくるのを待っていた。

ところが、なんとも空しいことに、それまで澄んでいた空にモヤモヤした雲がやってきて、東の空だけ隠してしまい。ついにはそのまま日が昇っても曇り空という残念なこととなった。
やれやれ、こうした気象のいたずらや、仕事への出勤などの事情も含めたら、10年や20年に1度どころではなく、一生に1度か2度見られるかどうかというくらいのことになってしまうのかもしれない。

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惑星の定義

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Photo : Nikon D200 / MC RUBINAR MACRO 1000mm-f10
~それならば月は惑星ではないのか?~

新聞の見出しは「太陽系の惑星 新たに3個」。

現実に比べて、やけにセンセーショナルな表題なのは新聞などのメディアの常だろうが、かなりピンと来ない見出しである。

これは、国際天文学連合において近々太陽系の「惑星」の定義づけを行おうとする動きの中で先行的に示された定義案を言っているのであるが、そもそも、人間という存在に関わらず、そこに元々存在している天体について、人間の感性の範囲で定義するのであるから、どうにでもなるといえばどうにでもなることであって、なにか新しい天体や法則などが発見されたりしたものとはまったく次元の違う話である。

また、今回の定義は正確に言えば「惑星」ではなくて、「大惑星」又は「大きな惑星」の定義なのではないか(後述)。

さらに、この定義による分類は、学会で厳密な分類をしなければならないときのみに必要な定義付けの域を出ない、まさに専門的な範囲内での話になってしまうので、おそらくは、今回話が一段落したら、この定義は一般にはどうでもよい話になってしまうのではないかと想像される。
まあ、この定義が必要な主たる理由は、近年相次いで発見されている冥王星以遠を回る比較的大きな天体の位置づけに苦慮していることにあるのだとは思うが。

私がずっと持っていた「惑星」というおぼろげな定義は、「恒星に対しその周りを円に近い楕円の公転軌道を持って周回する天体」で、彗星のような長軸と短軸の差が大きな楕円軌道のものは除かれるのかなといったところだ。

したがって、一般にいわれる9つの惑星以外の小さな天体でも、円に近い軌道で太陽の周りを回る、例えば火星と木星の公転軌道の間に公転軌道を持つ小惑星のセレスやパラスなどももちろん惑星であると理解していたし、実際にこれらは現に「惑星」である。

そのうえで、水星から冥王星までの9つの惑星は、大きな惑星、それ以外を小さな惑星という、1レベル下のくくりでみるのが自然である。ただ、冥王星の公転軌道は、かなり円からかけ離れた楕円の軌道であることから見ても、また、本体の大きさから見ても、他の8つとはやや整合性がなく、正直なところ大きな惑星からははずしたいと感じる(水星の公転軌道も同様にやや危ないのだが)。

今回公表された定義で、大きさについての定義は、質量地球の1万分の1、直径800km以上という数値である。そして、これに従って、小惑星セレスと、冥王星の外側に2003年に発見されていた新惑星の2003UB313を新たに「惑星」とするというところまでは、単に定義なのだから、それはそれでわからなくもない。しかし、解りづらいのは、新たに惑星とする候補3つの残る1つ、これまで冥王星の衛星とされてきたカロンであるが、確かに、冥王星とさほど変わらないの大きさの比率などから見て、冥王星を二重惑星と位置づけるということなのだろうが、そうであれば、地球と月も似たような関係であるし(惑星と衛星の関係としては大きさが近い)、その直径だけでいったら、カロンやセレスより大きな衛星など月以外にもたくさんある。

衛星とは、惑星を周回する公転軌道を持つ天体のことではあるけれども、惑星を周回と言いつつも、実は惑星も衛星に対して不動であるわけでなく、正確に言えば互いに回りあっている。ただ、大差のある重量差ゆえに、衛星のみが惑星の周りを回っているように扱っても差し支えない範囲であると言うに過ぎないから、確かにどんな衛星と言えども、主惑星とともに二重もしくは多重惑星とみることも出来なくはない。
そうであれば、なおさら、どうしてカロンだけが惑星扱いとなるかはやや解りづらい。

個人的には、天文界の歴史背景を重んじたとしても、まだ見ぬ未知の天体を別とすれば、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星までを科学的もしくは合理的な分類としてでなく、観念上の分類として「大きな惑星」とするのがやはり自然に感じる。
なお、それ以外の、太陽を公転周回する彗星も含めた天体は、案外単純でなく、ここで今回だけでは書ききれない様々な形態、主にその天体の成因による仲間分けが考えられるし、衛星とされている天体もあわせて考えると、太陽系の出来あがりかたについての現在までの理解の範囲では、合理的分類はなかなか難しい気がする。

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真夏の太陽と近日点

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Photo : Nikon D200 / AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
木陰が恋しい夏の空

梅雨は明けたということであるが、今年は本当の夏がなかなか来ない。
だいたい、自分の頭上の空模様はともかく、天気図をみても、発達した太平洋高気圧の姿など見当たらず、まったく夏型とは程遠い気圧配置となっている。

ともあれ、夏といえば、やはり照りつける太陽である。
子供の頃は、一人で虫網や玉網を持ってよく出かけた。出がけには、玄関先で麦わら帽子を無理やりかぶらされたものだが、あのチクチクする感触がいやで、家を出るとすぐ脱いでしまったものだ。

真夏というのは、7月の終わりから8月初旬を差すものと認識しているが、この時期の太陽というのは、夏至はもうずいぶん前に(6月下旬)過ぎ去って、既に南中高度は日に日に低下し始めている。

にもかかわらず、気温はやはり夏至の頃より今の方が高くなりやすいのが普通である。これは、真冬でも同じことであるが、太陽熱で生じる四季も、ストレートに入射熱量の絶対値だけで左右されるのではなく、地球がすぐには暖まらない、また、いったん暖まったら熱を簡単には逃がさない大地や海や大気に覆われているためであって、寒暖のピークというのは、日射の強さのピークより少々遅れて訪れる。

夏の太陽は、冬に比べると遥かに頭上近くを通ってゆくのだが、それだけでなく、どことなく冬より近くて力強くも感じる。
では、実際の太陽までの距離というのはどうであろうか。

地球は真円に近い楕円軌道で太陽の周りを年に一回公転しているので、その軌道上には太陽に最も近づく点(近日点)と、最も離れる点(遠日点)があり、地球は年に一回ずつそれらを通過することになるわけだが、地球が太陽に最も近づく近日点は、実は1月初旬ごろ、逆に離れる遠日点は7月初旬ごろであって、北半球は近日点が冬である。

したがって、日本で見た太陽が、冬より夏の方が近く感じるとしても、それは、深い入射角(太陽の高度が高い)と気温から感じるイメージに過ぎず、微妙な数値では、冬の方が太陽は近く大きいことがわかる。

そうはいっても、それこそ地球の公転軌道はさほどひしゃげた楕円ではないので、遠近の差はごく僅かであって、入射角と気温から感じるイメージのほうが優先しても不思議はないかもしれない。

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月暈/つきがさ

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Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
   (18mm ISO100 15" F3.5)

~朧な月もまた春の夜らしい~

数日前の満月の晩は雲がほとんどなく、綺麗に丸い月を眺めることが出来た。上空には寒気が入っているのか、湿気が入っているのか、月を眺めているうちに、珍しく月明かりの中での長い飛行機雲も見られた。

天気も下り坂なのかもしれないな・・・などと考えごとをしていたので、うっかり「月夜の飛行機雲」なんていう恰好の撮影材料もそのまま逃してしまったが、そのうちに今度は月に薄い高層雲が掛かり、暈(かさ)が現われた。

暈というのは、よく太陽に薄い雲がかかったとき見ることがあると思うのだが、あの周囲に現れる光の輪のようなものをいう。太陽の周囲に現れたものは日暈(ひがさ)ともいい、月の周囲に現れる月暈(つきがさ)と言って区別される。

暈は、太陽や月の前面にある雲の氷晶が、プリズムのように太陽や月の光を屈折させていることで見えるが、この氷晶は六角柱の形であることが多く、ここでは詳細に触れないが、六角中のどこから光が入って出てゆくかで、屈折する角度が変わる。太陽や月からの見かけ上の半径約22度の円に見えるものが一番見えやすく、46度の円に見える暈が現れることもあって、前者を内暈、後者を外暈という。

そういうデータを見たことはないのだが、月の暈は、春のこの時期によく見るような気もする。「朧月夜」などという春の歌があるくらいだから、気象条件的に高層雲などが出やすいのだろうか。

田畑の周りでは、菜の花が満開でツクシもたくさん顔を出した、カエルの声も少しずつ聞え始め、日増しに春らしさが増しているが、暈を掛けた朧月をあぜ道から眺めるのもまた、いかにも春を彩る風景らしいと思える。

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天測点(2)

N20060225-095759
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~茨城の天測点は明るい山頂~

前にも書いた「天測点」である。
昨日、茨城の高鈴山に登ったので、また出逢うことが出来た。いや、登ったとはいっても、自身の足ではなく車の動力に頼っての話だが、山頂はとても気持ちよい景色が広がっていた。さすが1等三角点と天測点のある山だと思う。

これが目的で登ってきたわけではなかったので、山頂に立ち三角点を確認した後、すぐ隣にあの八角柱があったのに初めて気が付き「おおっ」と驚き感激してしまった。そうそう、前に天測点の記事を書いたときには、この高鈴山の天測点には、遠からず出会えそうだなと思っていたのだった。

さて、天測点はかつて天文測量に使った子午儀という測量器の載せ台であることは前に書いた。そしてそれは全国で48箇所設置されたらしいが、その後廃されたところもあって、最後の設置があった1958年時点での設置箇所を最終的なものとすれば、全国に45箇所ということになるらしい。

また、この八角柱には規格があるというのだから、全国45箇所の天測点はみな同じ形ということだろうか、登山趣味は少々興味あるとはいえ、かといってさほどの入れ込みでもないので無理とは思うが、全ての天測点を見てみたい気もする。

ちなみに天測点の形状は次のように規格が定められているという。
材   質:コンクリート
柱のサイズ:D65cm×H200cm
      一辺27cmの八角形
基礎の石盤:W140cm×D140cm×H50cm

地理調査所(旧国土地理院)設置の第十五号天測点に見入っていると、空から雷鳴のような凄まじい連続破裂音のようなものが降ってきた。驚いてすぐ空を見上げると、50羽近い鳩の大群が、1羽のハヤブサに急襲されたところで、音は鳩が一斉に反転した時の羽音だった。空から聞える自然の音で雷以外にこんな大きな音を聞いたのは初めてだった。
高鈴山の山頂で2度の驚きと感動を味わった。

天測点(1)へ

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水面月

N20060209-215539
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~蒼い光、水面に浮んで~

今夜も晴れている。
湯上りに、いつものように庭に出て夜空を眺めた。冴え冴えとした月の蒼白い光がまぶしくて、星々は輝きを沈めている。

庭に作ってみた小さな池。ちょっと味気のない水溜り。春になったら、ここにかえるの卵でも放ってみようかななどと思っているのだが、この小さな水面に月が浮んでいた。
小さな池だけに波はなく、月は歪みなく綺麗に浮いている。
いつもと左右反対の月。

もういくときも待たずに水面は氷が張るだろう。そのときそこに閉じ込められた月の光は、明日の朝、朝日が昇ると、人知れずキラキラと溶け出していくに違いない。

現実は、そんなにファンタジックじゃないけれども、時折そんなことでもありそうな幸せな気持ちに浸れるときもある。

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流星

N20060128-214509
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
(18mm 0'04" F3.5 ISO400)
~願いより感動が先に~

流れ星というものが、夜空の星が落ちるのではないということに気づいた頃は、世の中の色々な仕組みが次々とわかり始めて本当に楽しい頃だった。

星が落ちるという見方は、大地の上の天蓋のような天とそこに張り付いた星というものの存在を前提とした発想だったから、今も昔も合理主義な自分にとっては、そのように信じたのはかなり幼い頃までのはなしで、そんなロマンチックな見方は、もうできなくなってしまったのだけれど、それでも、一つ一つ違う明るさ、違う長さ、ちがう速さ、違う色、そして明るさが著しく変わったり、空に跡を残したり・・・と、そんな流れ星に憧れみたいなものはある。

流星群のような、方向の定まったものではなく、散発の大きな流星に出会ったときはひときわうれしく感じる。「寿星・カノープス」の項に書いたけれども、たまたま夜の街を1枚だけ撮影したとき、その時間・その視界にピッタリはまって、レンズに映ってくれたこの流星は、途中で一瞬の大きな煌きと揺らぎを見せて地平方向へ消えていった。

こちらから願い事を発するよりも、いつもこちらが受ける感銘のほうが大きいような気がする。

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寿星・カノープス

N20060128-220304
Photo:Nikon D200/Tokina AT-X M100mm F2.8(1'58"F2.8)
~南極老人星が南天をゆく~

先週の大雪でまだ地元の山には雪が残り、車とはいえ夜間に登るのは少々気が引けたが、観望の好機を逃さぬよう長寿星を撮影に行ってきた。

長寿星・・・りゅうこつ座のカノープスのことである。見た目も画像でも、一見では赤っぽくて、ちょっとぱっとしない星にも見えてしまうが、実はカノープスは-0.7等という素晴らしい明るさをもつ白い星で、それはシリウスに次いで全天で二番目に明るい恒星なのである。

ただ、南半球ならその明るさを存分に見ることも出来るのだが、北半球の日本にあって関東あたりでは、南の地平線すれすれのところでやっと見えるため、明るさも大きく減じ、また、太陽や月が昇ったり沈んだりするときに赤く見えるのと同じ理由で、やや不気味に赤い色を呈している。

いや、実際には本当に現れる位置が低空であって、南の空が大きく開けていなければならない上に、街明かりの影響などもあり、見るだけでも案外簡単ではなく、星空にさほど興味のない方には、ほとんど知られていないのかもしれない。この星が見られる北限は、計算上福島県のいわきあたりとなるようだが、実際には大気中での光の屈折や、山から見る場合などもあり、阿武隈山地北部でも見れるようである。

そんな、見えずらさもあってか、その昔、中国ではこの星のことを「南極老人星」とか「寿星」と呼び、この星を見るのは縁起がよいとか一目見ると寿命がのびるとまで言われていた。「南極老人」というのは、あの七福神の寿老人とか福禄寿のような神様のようで、長寿をつかさどる神様であるらしい。

こんな真冬でも、星を眺めている時間だけはついつい寒さを忘れてしまい、あとで風邪をひいたりすることが多い。けれど、今日は、吉兆が南極老人星だけではなかった。
星を写したついでに、街の夜景でも撮っていこうかと、レンズを下に向け街の明かるさに合わせ、夜にしては短めの4秒ほどのシャッターを切ったのだが、その短い時間にピッタリ合わせて、かなり明るい火球といってもいいほどの流星が、画面真ん中に出現してくれたのだった。これはラッキー。しっかり写ったのを確認して満足し、最後まで寒さを忘れたまま帰宅した。(このとき見た流星へ

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食と掩蔽(2)

N20041014_0007
Photo:Nikon E5700
~日食も掩蔽~

前回は主に月が他の星を隠すことを「掩蔽」(えんぺい)というとしたが、「主に」と書いたように、もっと詳しく見れば、必ずしも他の星を隠す母体が月でなくても「掩蔽」はある。
定義的に書くと、「ある観測地から見て、ある天体が他の天体を隠す」ものはみな掩蔽という。例えば木星の本体がその衛星を隠す場合も掩蔽の一種であるし、木星がより遠方にある恒星を隠すこともある。
かなり、特殊なものでは、光度の変わる星である変光星。この変光星の中で「食変光星」というものがあるが、これは、1つに見えても実は2つの星が互いに回る連星系であるもので、片方の星がもう片方の星を隠すとき、その分、光度の減光を生じるものであり、これも「掩蔽」になるだろう。

おや、そうすると、天文現象の中で「食」と言われるものはいろいろあるのだが、きっちり区分すると、日食は掩蔽であり、地球の影に月が入ってほとんど見えなくなる月食は、掩蔽ではないことになる。また、先に木星の話しを出したが、木星本体の影にその衛星が入って見えなくなる「衛星食」も、掩蔽ではないということになる。

このように、広い意味での「食」には、「掩蔽」と影が原因となる「食」があることがわかる。掩蔽の定義のように、狭い意味の「食」をいうと「恒星の光が届かない区域に自ら光を出さない天体が入ってあたかも隠れたように見えなくなる」状態が「食」となるだろうか。

そういえば、人工衛星、特に馴染みのある放送衛星や気象観測衛星も地球の影に入って太陽光発電が出来ないため、一時機能を停止するときも「衛星食」という語を使っていたと思う。
(画像は04.10.14自宅からの部分日食)

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食と掩蔽(1)

D2H_0027
Photo:Nikon D200/BORG 500mm(月と背景を別個にレベル補正)
~真珠星は月に沈むか~

今朝方、西日本ではおとめ座のα星「スピカ」の食が見られたはずである。残念ながら、南関東の我が家からでは月のスレスレを通過してしまった。もっとも、食の開始が7時台後半と日の出後であるので、西日本であっても、月は見えるが、スピカの方は1等星とはいえ、昼光の中で条件と環境が整っていないとこれを見ることはできないし、我が家からのスレスレ通過も実は確認できていない。
画像のほうは、自宅で撮影した、まだ食の2時間近く前になる5:55の接近画像である。

星を食う?日食や月食は、その現象面を眺めたとき、「食」というイメージには合うといえるが、星は「星食」というのより掩蔽(えんぺい)といったほうが合うような気がする・・・
掩蔽というのは、主に月に星が隠されることをいい、先にも使ったように「星食」又は単に「食」とも言われる。これは、地球から見た月の通り道の上にある恒星や惑星の前を月が通り過ぎる状態※であって、文字通り星が月に覆い隠されるように見えるのだが、月は満月以外のとき、明るい部分と暗い部分があるので、食の始まりや終わりが明るい月面である場合もあり、暗い部分(見た目では空のように見える)であることもあるところが面白い。

おとめ座のスピカは青白い星である。星の色は表面温度で決まり、赤黄白青という感じに高温になる(実際にはスペクトルどおり赤橙黄緑青紫となるのだろうが、人の目にはそう映らない)のであるが、太陽の約6000度に対して、スピカは2万度前後といわれる。
その青さから清純なイメージに繋がっておとめ座が出来たようにもいわれるが、真偽はともかく、春の南天に一つ青く輝くこの星は、確かに清らかなイメージがある。日本では「真珠星」と呼ばれたとか。

上記では、食も掩蔽もごちゃ混ぜに使ったが、実は、正確に言うと「食」と「掩蔽」は別物である(食と掩蔽(2)へつづく)。

※月はみなさんご存知の通り、毎日天球上の位置を少しずつ東に移動し、約一月かけて一周している。この月が天球上を移動する経路を「白道」ということは、前にも1項目設けて簡単に触れた。白道の上に星があれば、月がそこを通過するときに掩蔽が起きる。月は天球上に一定の画角(面積のようなもの)があるので、正確には、月の中心が通る線である白道の月の半径分の幅をもった帯になる。また、白道は天球に固定された線ではなく、一周ごとにずれがあるので(このあたりも「白道」の項を参照されたい)、かなりたくさんの星に掩蔽の可能性はある。しかし、実際の観測には、月の明るさと星の明るさに相当開きがあることや、月が太陽周辺でなく、また基本的には空の暗い夜間に起きることなどの条件が重なるので、1等星の食のような楽しんで見られるようなものは、それほど多いわけではない。

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うろこぐも/巻積雲

D2H_0161
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~明日は雨?空にうろこが現われた~

私は寒がりではある。けれども昨夏の猛暑といい、この冬の厳冬といい、なにか気象がハッキリしていて、夏は夏らしく、冬は冬らしく、メリハリがあってよろしいなどと感じてしまう。みなさんはいかがだろう。
そんな寒さ厳しい冬に久しぶりの穏やかな一日が訪れた。

所用を済ませ、午後は飼いウサギを庭に放って、のんびりとした時間を楽しんでいると、西に傾き始めたものの、まだ暖かな太陽の光がふと翳を落としたので、おやっと空を見上げた。

西の空いっぱいに広がったうろこ雲、鰯雲とも鯖雲ともいう。いずれも群れや同じものの連続を表すような名前である。正式な雲の名前(=基本雲形10種)でいうと、「巻積雲」という。同じく群れを連想させる名前でひつじ雲というのもあるが、これは「巻積雲」より雲の出来る高さが少し低い「高積雲」に区分される。

この雲は、天気の下り坂の前兆で現われることが多いとされる。実際、今日のようにここ数日のうちでも特に穏やかで過ごしやすい日などに現われることが多く、翌日には雨や雪が来る。

また、空の片隅にさっと現われたかと思うと、気が付けば見る見るうちに空一面に広がり、そして、さほど長い時間この美しい縞々模様はとどまらることなく、いつしかそれまで晴れていた空を曇り空に変えてしまう。

「巻積雲」は、「巻雲」「巻層雲」とともに、雲の中でも一番高いところに出来るグループで、たいてい氷の小さな粒で出来ている。多くは地上にある寒冷前線などに関連し、その上層部に広がった不連続面に沿って出来たりするので、昔からの言い伝えどおり天候の下り坂に出現することが多いようだ。

また、連続して見られるさざなみや砂の風紋にも似た雲の波のような模様が、ときには空一面に広がることから、古くから最も美しい雲とも言われている。

暖かな休日も終わってしまった。明日はぐずついた空模様の下で出勤だろうか?

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氷の花の紋2

N20060108-141416
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~近隣のこの池にも同じ模様が~

前投稿後すぐに近隣の他の池をいくつか見て回った。幸い家の周辺には湖沼は数多い。
すると、他の池にも規模の大小はあるが、やはり同様の文様が湖面の氷に浮き出ていた。

そうしてみると、

①このあたりでは池に氷が張ること自体が最近少なく、その上に雪が積もることはなお珍しいことで、いつもの冬季の条件では見かけたことがないこと、
②文様の丸い部分は、雪がいったん水を含み再度凍ったときのような色合いで、やや厚みがあること、
③周辺の池に一様に文様は見られたこと、
④文様のまん中には穴が見られ、文様はその穴を中心としたほぼ真円状であること、
⑤あまり意識はしていなかったが、全く初めてみたのではなく、どこか(おそらくスキーの行き返りでの景色)では見た覚えがある現象であること

などから考えて、やはり一昨日の朝凍った湖面の薄氷の上に、夜になって雪がうっすらと積もり、そこに何らかの穴や亀裂を通して毛細管現象のごとく染み出した水が描いた円状の模様であって、この地域に限らなければ、特別珍しいものではないのではないかと結論したがどうだろう。

やはり、これは氷紋の一種なのだろうか

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氷の花の紋

N20060107-113526
Photo:Nikon E5700
~湖面の氷に花開く~

一昨日の晩にほんの少し雪が降った。積もったいうほどにはやや足りないのかもしれないが、それでも1cm足らずの雪で近隣の景色はうっすらと雪化粧して一変した。
昨朝、このあたりでは稀な雪景色を楽しむために、近所一帯を散策していると、家からそう遠くないところにある池で、見慣れぬ斑紋が見られた。

これはどうやって出来たのか、よく判らない。
「氷紋」といって、氷上の積雪に氷にあいた穴から出た水が染み出し、再び結氷して出来た模様とされるものがあるが、これも湖面の氷上に咲いた花のようなものも「凍紋」だろうか。「氷の花」や「霜の花」などというのとは違う。
近所の池で見られたこともあるし、特に珍しいものではないだろうと思うのだが、調べてみても同じようなものが見当たらなかった。

そもそもこの模様の成因が頭を使わせてくれる。やはり湖面の氷上に雪が少しでもあったから出来たのか。中央の穴から水が出たのだとすれば、その穴はなぜ出来たか。降った雪は氷に影響を与えるほど多くはなかったはずだが、氷もこの温暖な地では微妙に薄い。

自然の作り出す色、模様、形はいつも目を楽しませてくれるとともに、想像も広げてくれる。

※投稿後、すぐに調査した結果を「氷の花の紋2」に追記

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朝の予感

N20051230-074331
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~朝の海に鳥が翔る~

日の昇る朝は、感覚が澄まされている気がする。
光に敏感で音にも敏感。少しの動きに神経が反応する。

これに対して日が沈む夕方は、あたりが真っ暗になったと感じていても、実際には、まだ空はかなり明るいということが、昨夏に房総の蛍を見に行ったときに実感としてよく分かったように、特に明かりについては、あまり敏感ではない。明るい昼を過ごした後なのだから、ある程度当たり前なのかもしれないが。

同じ明るさの天文薄明(太陽の中心が水平線下の角度でおよそ18°までのときいう)でも、朝の薄明ならば、夕方の薄明かりを敏感に感じる蛍でなくとも、もっと敏感に感じると思う。車で早朝に遠方へ出かけることは多いが、朝の明るさの予感のようなものは、かなり早い時間に感じられる。

朝に鳴く鳥が、一見真っ暗なうちからその鳴き声を上げるとき、空をよくよく見てみれば、うっすら朝の予感を感じ取ることが出来ると思う。

冬の海。白々と明けた朝の空へ、数え切れないほどの海鳥が渡っていた。

新しい年が明けました
やはり0:00に日付が変わることよりも
朝の明け行くさまにこそ新年の訪れを感じますね
本年もよろしくお願いします

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朝の名前

N20050821_001
Photo:Nikon E5700
~窓を開けば朝の色~

前項で枕草子「春は曙・・・」がでたので、ついでに朝の話。
だいたい「曙」などというが、ちなみにそれがどんな状態、又は具体的な時間帯なのか分かりますか?

少し前、家内に「朝が明けてゆく順番に答えてごらん」と出題された。「曙」「暁」「朝ぼらけ」「東雲」そして「朝」なるそれぞれの朝。正直まるで分からなかった。

朝の態様は、日の出より40分くらいは前の空はほとんど暗い「暁」、明るさをやや実感する日の出前30分頃の「東雲」、空はすっかり白んで日の出15分前頃の「曙」、 日が出る寸前・・・およそ5分前くらいの「朝ぼらけ」、そして「朝」。
なんとなく経験から言うと、明け方の白み始めというのは、もう少し早く始まるように思えるが、まあ、少なくとも順番はそんな感じであるようだ。

人の生活も、もとは太陽の昇降とともにあったのだろうが、いつしか夕方から夜の方向にずっとシフトしてしまい、朝は日が昇ってから活動、寝るのは日が落ちて6時間以上。そんな生活形態が普通になってしまったから、朝の微妙な差なんて感じる前に、触れる機会さえも減ってしまったのかもしれない。

しかし、そうは言っても朝とは逆の夕方についてであっても、薄暮や黄昏などという言葉の元来の意味など、あまり明確に知らないでいる。

【画像:Nikon E5700】

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冬も夕暮れ

N20051227-162614
Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~夕日が落ちた西の空に枯れススキが揺れていた~

寒い冬だが、空はまるで澄みきって、原色に染まる夕暮れなどは特にいいものである。

夕暮れといえば「秋は夕暮れ」か。確かにそれはそれでいいけれども、弱々しくも頼るほかない冬の陽が、西の空から山の向こうへ没してゆき、オレンジに染まる地平近く、そして頭上にかけて続く黄色から藍へのグラデュエーションは、寒さも忘れてずっと見ていたくなる美しさがある。

四季それぞれの美しい時間。枕草子でいえば、春は曙なのだろうか。夏は夜、秋が・・・いや、やはり必ずしもみながみなそうではないのだろう。そろぞれ色々な想いがあって季節ごとに好きな時間帯というものがあるのではないかと思う。

おそらく、それを思うとき、それぞれの情景が浮かんでくるのではないだろうか。私なら、春は昼前の陽だまりでこごんで見るタンポポを、夏ならば日の出前に川面の上に漂いだす朝靄を、秋は日暮れ前の長い自分の影を落とした田畑を、そして冬は日暮直後の西の空に千切れ雲が染まって浮かぶのを目に浮かべる。きっと過去に見た実際の情景に重ねて見ているのではないかと思う。

生まれ育った土地を遠く離れて、季節や気象条件が変わってくると、きっとそれらは故郷の情景になるのではないかな。

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星のカケラ

N20050108_002
~冷え切った空に地に星が瞬く~
(画像は、この時期、深夜になって昇ってくるしし座)

夜空を眺めに外に出た、今年の12月は寒い。
凍てつく寒さに身を丸めながら、空を眺めるが、乾いて透き通った空に星はあまり見えない。空があまりに明るすぎるからである。

今晩の月齢は14、もうほとんど満月。地面にはクッキリと自分の影が映し出されている。誰かにその影を縫われてしまって、身動きができなくなってしまうような・・・そんなはずもないが、月の明かりはときにそんな怪しい想いを起こさせるものである。

空の星があまり見えずに少々気を落として、ちょっとあたりを歩いていると、思わぬところにキラキラと無数の星が瞬いていたことに気が付いた。足元の自分の影の周りにそれはあったのだ。

目の焦点がなかなか合わずにいたが、よくよく目を凝らしてみると、地面の上で小さな小さな星のカケラが、無数にきらめき、瞬いているのであった。
星のカケラは、雲母なのか石英なのか、よく見えないが、これに月の明かりが反射して、歩きながらこれを眺めていると、あたかも星のように瞬く。

ひととき我を忘れ、地に散らばった、星カケラたちを眺めていた。体はすっかり冷え切ってしまったのだが、とても得をしたような、うれしい思いが残った。

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秋分と彼岸

N20050923_034
~彼岸花が咲く里道~

昨日、林道へ続く里道を行くと、小川に沿って彼岸花が点々と咲いていた。そうか、今日は秋分の日だったなあと思い出す。

秋分の日とは、昼と夜の長さが同じ日という言い方が一般で、厳密に同じくなるわけでもないのだが、太陽がこちら側、天の北半球から天の赤道を横切って天の南半球に移る時のを日付けである。
むろん、半年後に太陽は今度は南半球から北半球に帰ってくる。そのときが春分となる。
赤道上に太陽がいるわけだから、その日の出、日の入りは、ほぼ真東から昇り真西に沈むことになる。

一方、彼岸というのは元々は仏教でいうところの、悟りの世界のこと。こちらの世界を此岸というのに対してあちらが彼岸であり、仏教のことはまったく知らないが、こっちの岸とあっちの岸というようなものだろうか。

この天文の分野の「秋分」と、仏教の分野の「彼岸」が、どうしたわけか、今は一緒に扱われている。

まったく関係なさそうにも感じるが、それなりに深い関係があって、日本では春分と秋分の日がそれぞれ彼岸の中日(なかび)に当てられ、自然をたたえて生物をいつくしむ日、先祖を敬い偲ぶ日として、祝日となってさえいる。「日本では」と書いたのは、仏教行事の彼岸は、当然のように他の仏教国でも同様に行われていると考えがるのが普通だが、実は日本独自のものらしい。

さて、その秋分と彼岸の関係だが、昼と夜が同じで、昼夜半々というのが、仏教の中道精神を表すことや、極楽浄土である彼岸は真西にあるのだそうで、そうなると、真西に太陽が沈む秋分は、その方向、進むべき方向が示される日ということになるというあたりが、関係といえば関係であるようである。

いずれにしても、農業信仰上の暦も含め、長い歴史のなかで形作られてきた日本の習俗であるので、一言で片付くことではないのだろうが、暦と天文というものは非常に強く結びついていることの一例ではある。

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白道

N20050817_013
~白い月の軌跡~

月が見ごろといわれる季節になった。
今月は18日が満月となるが、望遠鏡などを通して見た場合には、目で見るほど満月は見頃ではない。
それは、地球から見て月にほぼ正面から光(もちろん太陽の光である)があたるため、地形の影がほとんどできずに、コントラストの少ないのっぺりしたものとなってしまうからであり、三日月や上弦(半月)などに見た方がずっとダイナミックな地形を楽しめるのである。

さて、白い道。天の星(恒星)の中を月が描いてゆく軌道を「白道」という。
同じように、太陽が1年かけて天の星の中に描く一周を「黄道」といい、こちらは、占いなどの「黄道12星座」という言葉で、一般にも少しは聴き慣れた言葉だろう。
地球の北極と南極の天への延長が天の北極と南極、その軸に対して90°の直角をなす平面を天に投影したのが赤道で、まあ、これも地球の赤道の天への延長と同じことである。

なぜ、赤い道というのかは、古い中国が起源らしく、赤は太陽を意味していたようだが、実際には、太陽の道は、地球の傾きと同じ23°26'ずれた黄道となる。
赤と黄、いずれも太陽を象徴する色であることに違いはない。

一方、白道とは、また月に合った色で表現されている。
特に冬の夜などに、天空高くあって、明るくまぶしいほどの光を注ぐ月は、まさに白く、その光には熱を感じさせないし、ちょっと狂気を覚える。

※黄道は、地球が太陽を回る公転の天球への投影であり、白道は、月が地球を回る公転の天球への投影である。地球の公転面に対して月の公転面は平均5°8'47"程傾いているので、白道は、黄道に対して同様の角度だけ傾いている。
しかし、この角度は一定でなく、黄道と白道の交点は、18.6年かけて西まわりに黄道の上を移動して一周する。

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天測点

N20050515_021
~そのことばの響きが、とても想像力を広げる~

先日、山頂の天文台に泊まる機会があった。
残念ながら一晩通じて雲が切れずに、星空を仰ぐことは出来なかったが、口径91cmの反射望遠鏡を見学し、その望遠鏡が収まった天文ドームの建物で、更ける夜を惜しみつつ、友人達と語り合って明かした一晩は、とても楽しく有意義なものだった。

さて、朝目覚め、霧の残る天文台の周辺を散策した。そこは、堂平山頂(標高876m・埼玉県都幾川村)をとりまく敷地であって、ひんやりとした空気に包まれていた。天文ドームのすぐ前にある小高い丘の部分が山頂で、これを登ってみると、1等三角点を示す石柱が、半ば地面に埋もれるように立てられていた。
そして、その隣に、少し大きめの石碑のようなものが立っている。はて、これはなんだろうかと覗き込むと、そのコンクリート製の石柱には、銅版のようなものが埋め込まれ、「天測点」の文字が刻まれていた。

天測点とは、かつて天文測量に使われた遺産のようなものである。
「天文測量」といっても天体の観測が目的なのではなく、地理観測のために星を観測して正確な経度や緯度を求めるのである。
天測点は、この天文測量を行うために使われた子午儀という測量器を載せる台のようなもので、国土地理院が、昭和26年から33年に全国で48箇所設置したものだという。

見た目は、ただのコンクリート石碑のようだが、そうではない。当時の観測機器である子午儀は、とても重くて観測台を必要としたので、観測の都度、いちいち観測台を山頂に持ち運ぶ手間をなくすため、あらかじめ観測点に固定して、コンクリート製の決まった大きさの台を置いたのである。

なお、昭和34年以降は、軽量の機器が開発され、三角点に運び入れた測量機器単独で、天文測量ができるようになったために不要となり、また、現在は、ご承知のとおりGPSによる測量で手軽な測地が出来るようにもなったことから、天測点は、すっかり遺物としてその姿を残しているにすぎないものになった。

この天測点は、全国48箇所に設置されたと書いたが、関東では、この「堂平山」のほかに、茨城県日立市の「高鈴山」、栃木県宇都宮市の「八幡山」、千葉県君津市の「鹿野山」に設置されているようだ。

堂平山の天測点を示す金属の表示板には、「第17号 天測点 地理調査所」と刻まれていた(地理調査所とは、国土地理院の旧称である)。地理測量の施設であることは間違いないが、「天測点」という言葉の響き、なにか想像を描きたてる。
ちょっとファンタジーじみていて変かもしれないが、私の頭に浮かんだのは、毎日決まった時間になると、眼鏡をかけた老キツネの観測者がここにやってきて、望遠鏡をのぞきながらメモを取っている。そんな光景だった。


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H2Aロケット

0201010005
~NIPPONのロケットの将来を期待したい~

6時間ほど前に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が、H2Aロケットの7号機を種子島宇宙センターから打ち上げ、その後、衛星分離にも成功した。

既に米国衛星に頼っていた気象衛星業務が、安泰となるであろうことにも、ほっとしたが、ともかく、それを軌道に送り出すためのロケットが安定していなくては話は始まらないところ、期待の国産主力機が、過去、相次いで不成績を残していたので、今回こそはの思いを持っていた。
できるならば、種子島に行って、発射時のまばゆいばかりの噴射炎に眼を細め、深遠の空へ向けて白煙をたなびかせて登ってゆく機体の姿を、見送りたかった。

余計な話ではあるが、著名人のつまらぬゴシップや、株価に絡んだ話しなど、私にはまったくどうでもいい話が、TVの特番まで組んで30分も1時間も放映されているのに比して、ロケット打ち上げなど、随分テレビニュースで扱う時間も質もボリュームも少ないものである。

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春一番

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~赤褐色の空~

西高東低の気圧配置の隙間をついて、日本海を西から東へ低気圧が通り抜け、南海上に高気圧が現れるようになると、春の気配が訪れる。
シーズン最初に寒気に包まれた列島を吹きぬけて、一気に気温を上げる春一番。

今日はこの春一番が吹いた。
関東地方の春一番は平年で2月10日から15日ごろに吹くというから、例年より少々遅いものの、まあ、いつものように季節は巡ってきたかというところか。
暖かな南風が運ぶ春と言えば聞こえはいいが、この南風は、風流を楽しんでいられるような、ぬるい風ではない。かなりの強風で、ちょっとした被害をもたらすこともある。

「春一番」と言われて、今も脳裏にまず浮かぶのは、天頂周辺を除いた空一面が、風に舞い上げられた赤土の色で染まる春風の日の空の色だ。最近はそういうことがなくなったのか、自分自身の見る機会がなくなっただけなのか、よくわからないが、20年以上前には、春一番、二番、三番と続いてゆく春風の吹く日は、いつも空は関東ローム層の赤土の色で染まっていた。

卒業や新学期、就職や新年度、節目の時期に見上げた空は、よく赤色を呈していたものだ。

さて、全国的に春の風といえば、主に西日本では、よく中国大陸から運ばれた黄砂が降るのが話題になるが、結構、地球規模の環境問題にまでなっている。たかだか砂が飛ぶだけといえども侮れない、人体に与える影響も取りざたされる。今日あたりはどのくらい降ったのだろうか。
(気象庁情報)

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冬の星たち

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~代表的なオリオン座~

冬になると星を見上げることが多くなる。寒い季節にもかかわらず、やはり、星々が賑やかだからだろう。

まずは目に付くオリオン座。3つ星を挟んで対称の位置に青とオレンジの一等星、リゲルとベテルギウスが見える。位置といい、色合いといい、好対照である。そのベテルギウスを一つの頂点に、恒星として全天一の明るさを持つ天狼星、おおいぬ座のシリウス。そして、こいぬ座のプロキオンの3つの星で冬の大三角形。さらに頭上に黄色く明るいぎょしゃ座のカペラ。お隣りのおうし座には、真っ赤なアルデバラン。あとはふたご座の弟星のポルックス。兄星のカストルは残念ながらギリギリ二等星になる。稀に南の地平線スレスレに見えることがある(関東)りゅうこつ座のカノープス。この星は地平にいるためやっと見える明るさだが、本来は全天の恒星で2番目の明るさを持つ星だ。

これだけの明るい星が、きりりと締まった冬の空にひしめいてきらめくから、冬の星空に寂しさのイメージはない。

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彗星のもたらしたもの

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~ぼんやりとした姿を追う~

この1月上旬、昨夏に発見されたマックホルツ彗星が接近し、双眼鏡や肉眼でも良く見えるまでに明るくなって、冬の空をにぎわせた。私自身、2桁もの単位の年数で、久しぶりに熱の入った天体撮影にも興じて楽しむことができた。

絵などに描かれる彗星の一般的なイメージと、現実の普通の彗星とでは、その明るさなどにずいぶん隔たりがある。
天体を見慣れていない方が見て、「えっ、あれ?」というくらいのなんとなく見える程度に過ぎないものでも、天体に親しんだ方には、「おお~よく見える」という感じに、ありがたいものだ。

肉眼でくっきり見える彗星などというのは、そうそう現れるものではない。まして、誇張した絵や時間をかけて露出した写真画像を、目で見えるものとしてイメージとして描いていたら、かなりガッカリしたものになってしまうだろう。

「すばる」の和名が有名なプレアデス星団のすぐ近くを、肉眼や双眼鏡などでみると、何となくぼんやりしたモノとしてみえたマックホルツ彗星だったが、私にとっては、ちょっと楽しいものになった。

デジカメを日常のカメラとして使い出してから、天体撮影というデジカメにはあまり得意とはいえないものに、じっくり取り組む機会などほとんどなかったのだが、今回は、古い望遠鏡を引っ張り出しての手動ガイド撮影(※注)までする気を起こさせるなど、これまでになかった、楽しみの時間を与えてくれた。


古来、不吉の前兆ともされてきた「ほうきぼし」。ひと目でそれと判るような明るい彗星を「箒星」とすれば、それは数年、数十年にも稀にしか姿を見せない珍しいものであったし、また、その特異な容姿からのイメージもあって、そのように言われたのであろう。

天体の運行に吉凶を求める気にはならないが、彗星がもたらすもの、又はもたらした可能性があるとされるものは、決して少なくない。

顕著に見られるものは流星群か。
彗星が、その軌道上にまき散らしていったちりの中を、地球が横切るときに、地上から観測すると、天空の一点から放射状に流星が生じるように見えるものである。

この地上に、最も大きな影響を与えるものとしては、彗星の衝突というものがある。中生代白亜紀後期の恐竜等の絶滅も、現在では、巨大彗星の衝突に起因するとされる説明がかなり有力になってきている。

もっと仮説に近いもので、原始生命の源は彗星に乗ってやってきたとするような説もある。

この地球上とのかかわりが案外多い彗星。私にとっても年の初めのいい贈り物だったのではと思っている。


(※注)手動ガイド撮影2n20050108_025
望遠鏡を覗き、天体の運行(地球の自転による日周運動)を目で追いながら、手動でその天体(撮影する天体である必要はなく、見やすい天体を選ぶ)を望遠鏡の視野に入れ続ける。
それにより、同じ台に乗った他の望遠鏡で撮影するようにセットしたカメラ、又は望遠鏡の上などに乗せたカメラ単体などを、天体の日周運動に合わせて撮影する方法。
シャッターを長時間開いて撮影しても、カメラに対して撮影する天体が動かないので、僅かな光も蓄えて明るく写すことができる。
最近では、手動で星を追う代わりに、電子制御のモータードライブ装置を使用するのが当たり前のようになった。この場合は自動ガイド撮影という。
また、このように天体の日周運動を追わず、三脚などで固定して天体を撮影する方法は、固定撮影といい、撮影された天体の像は線状に流れる(右画像は固定撮影のプレアデス星団)。


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つめたい雨2

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冷たい雨が降っている。あまりに冷たい雨
あと一歩で雪なのに、ほんのちょっと上空で水に融解してしまったばかりの水滴。

今日は、関東各地でもみぞれや雪になったようだが、相変わらず我が家の周りは雨がザブザブ降っている。気圧配置として微妙に雪が降りそうな感じがあるが、そこは、そのときのほんの少しの温度の差で決まってしまう。

南関東で雨の降る日、雪の降る日は、決してその冬で特に気温の低い日ではない。だから、ぎりぎり雨か雪かという状態。よほど運良く寒気の十分入った後でないと雪がふるという予報は難しい。ただの温度予報に過ぎないのだから。

雨か雪かの境界は、地表上の温度だけではなく、上空の気温も大きな条件だし、微妙なときは実際に降ってみないとわからない。

少しずつ気温が下がって、雪に変わってくれないものだろうか…

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金星の落とす影

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~月と金星~

林道の広場で、いつもより、ひときわ静寂に包まれた車の寝台で目を覚ます。まだ東の空に薄明が訪れるのには時間があるようだった。人工の光はなにひとつなく、月明かりもない深い暗闇と思っていたが、案外、視界が効いていた。一晩、暗闇で寝ているうちに、目の感度が研ぎ澄まされたか、微小な光も見逃さない。

すこし冷えた体を気遣いながらも、車を降りて外に出た。
視界が効く理由がわかった。思いもかけないような強い光の点が、宙の斜めから射るような光芒を投げかけていた。
まだ、目の焦点はうまく合っていないのか、それは幾重にも重なって目に焼きつく。

明けの明星が落とす影を見たことがあるだろうか。
現在のような光溢れる環境では、そうは見ることが出来ない。

※今年は6月8日に金星が太陽面を通過したが、今回の話は、そのような太陽を背景にしたシルエットのことではない。いや、その太陽面通過というのは、まさに世紀の天体ショーではあるのだが・・・

金星は、全天でも太陽と月に次いで明るくなる天体である。
地球より内側で太陽をまわっている惑星(内惑星という)である金星は、それゆえに普通は日没後の西の空か、日の出前の東の空でしかお目にかかれないが、最も明るくなるときには、青空の中にも探し出すことが出来るほどになる。

内惑星であるので、太陽と地球の間に来るとき(内合という)は、最も近づいて、見た目の大きさ(視角という)は最大となるが、新月のように影全面をこちらに向けている。逆に、太陽の反対側に行ったとき(外合という)は、満月のようにまん丸でも、最も遠くて視角が小さい。見た目で、太陽からもっとも離れたとき(角度で47°くらい)は半月のような形で、視角はほどほどとなる。
このように満ち欠けする金星が最も一番明るく見えるのは、光が当たって明るい部分の見た目の面積最も広いときであり、それは、半月状態より新月状態に近く、新月状態の前後35日くらいの五日月のような形のときである。

一番明るくなるときを最大光度といい、マイナス4.7等級の明るさであるので、まだ薄明かりのない空にあっては、まばゆいばかりの明るさで、その光は影をも落とすとは、よく言われるので聞いたことがあるかもしれない。けれど、なかなか実際にその影を目にすることはできず、それを見たのは、もう何年もなく久しいことだった。

月の影のようにくっきりとしたものではない。なんとなく目をそらすと見える程度でのものではある。
けれども、星が落とす影などとは、やはり、やや非日常的なものには違いない。これを目にしたとき、何ともいえず幸運が訪れそうな予感すら覚えた山中の朝だった。

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師走の南風

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~スズメも軒下で暴風をやり過ごす~

今朝の天候はまれに見る荒天であった。
12月というのに、台風そのものともいえる南向きの暴風が吹き荒れ、まさに落葉のシーズンを迎えた周辺の木々の葉を、まるで吹雪のように撒き散らして去っていった。

この暴風を呼んだ低気圧は、すこし前まで、台風27号としてフィリピン方面で暴れていたものが、崩れて温帯低気圧になったものであるが、勢力がいったん弱まって熱帯性低気圧の特徴を失ったまではよかったが、温暖・寒冷前線を伴った温帯低気圧に変わってから、もう一つの温帯低気圧と一体になって、あらためて勢力を立て直したと思われる。
これから東海上に抜けてからも、更に発達を続けるかもしれない。

今朝、あまりに激しく家を揺らす風の音に目覚めて、手元の時計の気圧計に目をやると、なんと980hpaを切っている。標高にして50m程度の平地にある我が家では、台風直撃時でも、そのような低い気圧はなかなか目にしない数値であるので、気圧計の針を見て目が一気に覚めた。

そうこうしているうちに、長い時間に渡る停電となる。これだけの風である。電線施設の被害もでたかもしれない。野外の様子を見てみると、文頭に書いたように、まさしく落ち葉の吹雪だった。

ためしに、こういう季節はずれの台風のごとき暴風に、なにか名前がないか調べてみたのだが、ちょっと見当たらない。さすがに、例年稀にみるものだったようだ。

隣の家の屋根裏に住むスズメの夫婦が、迷惑そうに風に羽毛を膨らませながら、軒下で採餌のときを待っていた。

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朝露

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~枯れ枝と朝のひとしずく~

日増しに秋が深まっていく。
昼が短くなって日射しは弱まり、影が長くなるとともに、目に映る風景から少しずつ色の数が減っていく。
朝の散策に霜を見るのも間もないことだろう。

朝露は霜とほぼ同類で、そこに水分が集まる理屈としては基本的に同じものであり、あとは気温の違いだけ。冷えた飲料をたたえたコップに着く水滴のように、放射冷却によって、周囲の空気より温度の下がった木の葉などに、空気中の水蒸気が凝結するものが「露」であって、春でも夏でも見られる現象である。

その「露」が冬の寒気でその後に凍ったものは、実は厳密には「霜」ではない。これは「凍露」と言い、いったん水蒸気が凝結してから凍結するというように、気体~液体~固体の段階を経る。これに対して、「霜」の場合は、水蒸気が木の葉などの表面に直接昇華して生じる。つまり、液体の段階を経ずに、気体から個体になるわけである。
「露」も「霜」も、空から降るわけではなく、その場で生じている。

さて、露といったら、夏の朝だろうか。
そう、それも、わるくはない、しんみりと青草を濡らす朝露は、夏の暑さにいっときの安らぎのときを演出している。
けれども、秋の朝露はより叙情的な色合いを持っていまいか。
枯れ枝を伝う露のしたたりを、やわらかな朝日にかざしみたとき、その小さなプリズムが放つ七色のきらめきは、深け行く秋にこそ、宙に消えゆきそうな儚さをもっていて美しい気がするのである。

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月、金星、木星の接近

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~暁の競演~

今朝は、東の空を期待をもって見上げた。既に空の白み加減は、ほとんどの星々の姿を消し去っていた。
ひんやりした朝の空気に、きりっとした細い月。そして、そのすぐ下にやや鋭角的な光の点。目が慣れると月を挟んで反対になる上方に少し優しい光の点。

今日は月を挟んで金星(前文の前者)と木星(後者)が近接する現象を仰ぐことが出来た。現象といっても、実体は何もない。およそ天文ショーといわれる中には、物理的に現象が起きている場合と、そうではなく、光や影のなす見た目だけの現象が含まれている。
今日の接近も、本当に3つの天体が接近したわけでもなんでもなく、たまたま地球、月、金星、木星がほとんど同軸上に並んだだけの状態を、地球から見ただけに過ぎないことはいうまでもない。

天文現象の中でも最大級に話題になる皆既日食も、物理的に見た現象としては、月の本影(月の影の中で月の一部分も見えない部分~宇宙空間では円錐形の範囲になる~)が地球を通過するとき、その通過地点でのみ見られる現象。もっと簡単に言ってしまえば、月の影が頭上を通ったときの光景に過ぎないわけだ。

けれども、それを生み出す天体というものは、通常の景色を生み出す物体とあまりにスケールが違う。その大スケールのものが生み出す光景は、ただの「光景」とは言っても、ときにはまさに圧倒的であるし、また、非常に繊細で儚げなイメージをもたらすこともある。

今朝の3天体競演は、秋の朝がもつ独特の翳りを纏いつつ、暁の空をバックに地味な光景を楽しませてくれた。

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日食を地に映す2

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~天然のフィルターを通して~

天気は予報どおり、あいにくの曇り空だった。
前記事のように、紙に穴をあけて、太陽を紙に投影するつもりだった。
穴は、1つではなく沢山あけた。そうすることで、木漏れ陽のように欠けた太陽を沢山映すことができるからである。

今日の太陽は、ときおり、雲の間から顔をのぞかせて、何回かは、たくさんの欠けた太陽を映し出すことはできた。そして、その紙に投影された太陽を撮影したりしてみたが、薄雲を通しての少し弱い光のため、くっきりとした像にはならない。
けれども、それならばと、太陽を直に見ると、これがまた丁度いい具合に雲が太陽フィルターになって、直視でくっきり欠けた太陽が見えるではないか。
カメラの絞りを最小、露出を最速にして直接太陽に向けて撮影した。

流れる雲の向こうに浮かび上がる、見慣れない、丸くない太陽は、少しずつ欠け具合を変えながら、再び元の見慣れた姿に復帰していった。

※風邪で寝込んでしまい、それでもこれだけはと起き上がって撮影したが、今日の外気はちょっと冷え冷え。太陽の姿の復帰とともに、私も再び床に復帰した次第。

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日食を地に映す

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~東京付近の天気予報は残念ながら・・・~

10月14日には部分日食がある。どうも関東の当日の天気はいまいちのようで、見られるかどうか期待薄かもしれない。

さて、日食の説明はここではしないが、安全な楽しみ方を一つ。
直接に太陽を目で観測するのは、目によくないことは確かである。見方によっては、かなり危険な場合もあるので、ちょっと推奨できない。

そこで、ここでは間接観測を紹介したい。などとといっても、特別目新しいことではないし、用意するのは、厚紙に5円玉の穴程度の穴を空けたものだけ。

まず、その厚紙の面に部分を太陽に対して正面に向ける。ちょうど、虫眼鏡で太陽の光を集める向きにするわけである。すると、厚紙に空けた穴からもれる光が地面に映るだろう。そして、厚紙をやはり虫眼鏡と同じように上下に動かして、その地面に映る光の焦点をあわせてやれば、綺麗に太陽の輪郭が地面に映る。

もちろん、普段の太陽はまん丸なので、その形のまま、まん丸な光が映るだけ。丸い穴から、丸い光では当たり前で面白くない。しかし、日食になると、一部が欠けた、その生の姿が地面に映し出されるのである。

ためしに用意した厚紙をつかって練習してみよう。
夜間、部屋の蛍光灯など、まん丸でない電球の下で、電球を太陽にみたてて前記の要領でやってみる。
・・・ドーナツ型や棒状の蛍光灯が、そのままの形で床に映るのを見れただろうか。

厚紙がなくたって、慣れれば、指で作った小さな隙間の穴から光を通してもできるので、用意なく日食に出くわしてしまったらやってみよう。
また、同じ要領で、木立の下に行くと、木漏れ日がみんな三ケ月型になっているのをみることができるかもしれない。


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彩雲~秋の林道

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~色づいた「かなとこぐも」一つの季節の終焉~

異例に暑かった今年の夏もすっかり過去のものになりつつある。残暑ももうほとんどないだろう。
数日前の残暑の夕方、南東の遠い空に「かなとこぐも」がかかっていた。積乱雲の頭の部分である。立ち上った煙が天井に突き当たって四方に拡散してゆくように、著しい上昇気流をもつ積乱雲のてっぺんが、対流圏の境界まで達した状態である。

見かけた時間にもよるだろう。けれども真夏のそれと違って、西日に彩られたその雲は、もはや真夏のものとは違う雲に見えた。


これから季節は一気に冬に向かい、また1つのサイクルを終えてゆく。
見上げる雲は涼しげに、空は抜けて深く青い。特に夕空が美しい季節ではあるけれども、どこか寂しくせきたてられるものを感じる。

そしてまた、秋の林道も、美しくもあり、寂しくもある。少しづつ木の葉は色を増し、やがて山全体が燃えるように染まってゆくが、一方で色づいた葉は、カサカサと侘しい音を立て、確実に一枚づつ地に落ちてゆき、やがて最後は、幹と枝のみ残した姿で雪を待つ。

新緑の季節と共に、林道が最も素晴らしい景観を呈する頃となるけれど、夕日の残照に一瞬の彩りを添えられた「かなとこぐも」のように、美しくあっても、力強さは感じられない。

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野分

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~風の名前シリーズ~

「のわき」、「のわけ」ともいう。
主に秋に稲刈の時期に吹く外洋からの強風をこう呼ぶ。つまりは台風に関連した風のことになるわけで、古来の文学、文献にもしばしば登場する「風の名前」である。

名前の由来は読んで字のごとく、野の草木を吹き分けてゆく強い風というような意味であろう。
同じ草原を渡る風でも、特に秋の色がついた草木が、強風に押し倒されんばかりになびいてそよぐ様は、野分という名前にぴったりな気がする。
台風の通り過ぎた後に、倒れかかった稲穂の様も野分という名がなるほどといわしめる。
もっとも、稲作農家の方には、そんな悠長な話をしていたら怒られてしまうが。

台風は熱帯域の海洋で生まれるが、台風によってもたらされる野分は、少し違ったイメージ、海よりは山の景色を思い起こす。

秋の寂しさもひとしきりな山肌の道を行くとき、山の草木も野分に吹かれ、草という草がすべて同じ方向になびき、倒れこんでいる様を見るにつけ、南洋で発生したエネルギーが、遠くこの山奥へと作用をもたらすという力の循環に不思議を感じる。地球規模の大気循環に畏怖の念を抱くといっては少し大げさであるが。

今夜は台風18号の影響で、台風の中心からかなり離れた南関東も、すこぶる風が強くて寝苦しい夜を迎えている。
ついでながら、少し以外かもしれないが、南関東では、年間を通じると、梅雨の雨量よりこの台風と秋雨全線がもたらす秋の雨量のほうが多い。

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南のひとつ星

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~寂しい輝きの孤星~

台風の特異日として、古くからいい慣らされた二百十日を過ぎて、いよいよ、季節は秋へと向かってゆく。
秋は、冬から夏への上り調子の季節と違って、どうしてもマイナス方向の何かと寂しい印象が付きまとうが、星空のほうもその例にもれない。

秋の空を見上げれば分かると思うが、他の季節に比べて、やけに目立って明るい星に乏しいのである。ベガ(織姫星)、アルタイル(彦星)、デネブ(はくちょう座α星)の形作る夏の大三角形は西に傾き、さそり座のアンタレスは、ますます赤味を帯びて、南西の地平に今にも沈みかけようとしている。一年で最も賑やかな、あの冬の明るい星たちは、東の空からまだ顔を覗かせる前である。

秋の星座と区分けされる星々のなかで、唯一の一等星が、南の空に孤独に光るフォーマルハウト。
この星は南のうお座のα星であるが(星は固有名詞のほかに何座のα、β、γ・・・という呼び名で概ね明るい順に呼称される)、周囲にはほとんど明るい星も無く、また、この星自体も、一等星とはいっても最も暗いほうのグループの一等星で特別明るくもないし、赤くもなく、青くもなく、あまり特徴のない星なのである。

それでも、全体におとなしい秋の星座の中にあって、ポツンと南の空に孤独に輝いているこの星は、寂しさ漂う秋の夜空を象徴する星として印象深い。

この星の名前「フォーマルハウト」はアラビア語の「フム・アル・フート」のなまりだという、魚の口という意味のはずである。

中国名は非常によい名が与えられている。
「北落師門」
その名前は中国の長安の都の門の名前であるらしいが、それがどんな意味だったかはちょっと記憶に残っていない。

日本では、残念ながら目立った名前は付いていないらしい。先に述べたように、秋には唯一の印象を残す星であるのに・・・
少し前に、女性がカラオケでよく歌うのをよく聴いた「あの」歌には、「みなみのひとつぼし」という歌詞があった。
あまり気に留めてもいなかったが、この星のことをいっていたのだろうか。いや、この星以外に、そう呼ばれる星はない。

※ちなみに、言うまでもないことかもしれないが、「北の一つ星」は北極星のこと。

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飛行機雲

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~ひこうきぐも・白い一筋~

林道が峠に差し掛かり、木々に覆われていた空がぱっと開け、青い空が頭上に広がるとき、そこに一筋の飛行機雲が望まれた。
飛行機という極めて象徴的な人工物も、ときに自然の中で自然の造形を為しているという姿に、少しほっとする思いを感じる。

雲というのは、簡単に言うと、冷えた飲料の入ったコップに付く水滴のように、暖かい空気に含まれていた水蒸気(透明)が、冷やされて水または氷となって姿を現すものである。
ある温度の空気が、その中に保持できる水蒸気量(飽和水蒸気量といいます)というのは、温度が高いほうが多く、逆に冷たい空気には、少ししか水蒸気を保持できないわけだから、水蒸気をたっぷり含んだ空気が冷やされると、水滴・氷粒として姿を現してしまうわけで、これが雲となるわけである。
地面で温められた湿度の高い空気が、風で山を登ってゆくとそういう理由で雲になるし、水蒸気をたっぷり含んだ息を冬の朝に吐き出すと真っ白になるのも同じである。

高い空を切り裂くように、青空に白線が引かれてゆく飛行機雲は、飛行機が気温の低い高い空度を飛ぶとき、ジェットエンジンから燃焼ガスと共に吐き出される水蒸気が、周りの冷たい空気に冷やされて雲になる場合や、飛行機の機体が生む空気の渦などが原因になる場合が通常である。
実際に飛行機が飛んでいる位置の温度が-29℃以下でなければ(夏でも可)、飛行機雲は出来ないということで、実際、飛行機雲のよく現れるときというのは、どちらかというと冷たい空気が上空に流れ込んだときが多く、長くてよく発達した飛行機雲がたくさん現れるのを見ると、ああ、寒気が来ているんだなあと感じることも多い。

飛行機雲は、現れてすぐ蒸発するように消えていってしまう場合と、どんどん太く発達して行く場合があるが、雲が出来る条件が揃いかけているところに、飛行機によるきっかけが与えられた場合には、どんどん発達してゆくというようなところなのだろうか。空一面が飛行雲を作りやすい環境のとき、あちらにもこちらにも出来る飛行機雲とその成長を見上げるのは楽しい。

なお、飛行機雲は前に書いた雲の分類方法の十種雲形では扱われない変種・現象である。

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入道雲~積乱雲

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~夏の象徴~

夏の空といえば、この雲を思い浮かべずして、他に何を思い浮かべるだろうかというほど、象徴的な入道雲の存在である。

照りつける夏の太陽によって、どんどん上昇する水蒸気によって形作られる積雲が成長し、遂にはその頂きが成層圏にまで達するとともに、強い雨と雷をもたらすのが積乱雲。

積乱雲は、ときに河原などでのアウトドアの楽しみに災害をもたらすこともある危険を伴う。また、山間部においては、積乱雲の危険性は平野部に比べて更に増す。積乱雲がもたらす大雨と共に、落雷の危険性がずっと大きくなるのだ。

しかし、この雲の姿はいかにも夏らしいものだし、この雲が上空を走り抜けてゆくときの突然の雨-夕立は、夏の風物詩として欠かすことが出来ないものである。

青い空に入道雲を見上げるとき、神々しい偉容を誇る山岳を見上げるときに感じるものに似た感覚を受けることはないだろうか。

毎度、繰り返すように述べているが、私が生まれ育ち今も住む地域は、周りを隅から隈まで眺め回しても、一つとして山らしい山を見ることが出来ないところである。そして、そのことが、山に対する憧れを生んでいると共に、高さへの憧れとして入道雲に対する一種の畏敬のような気持ちを生むのかもしれない。


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月の暗い面

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~Dark side of the Moon~

タ空に細い月の鎌が掛かっていた。
Web上でも何回か書いた覚えがあるが、月は上弦までの、この形でいるときがとくに好きな時期だ。

いまさらながらではあるが、考えてみれば、地球から見た月と、月から見た地球は、ちょうどダークサイドとライトサイドが表裏相対になっているわけで、月が細く見えるときには、月面の常時漆黒の空(大気がないから)には、丸々と太った地球が浮かんでいることになる。

月が細いときには、恐らくはまぶしい程のその地球の光を受け、夜の月面=地球から見た暗い面は、うっすらと照らしだされてよく見える。
いわゆる「地球照」という現象であるが、毎月、月が細くなると、これを楽しみに眺めている。

逆に月面から見た地球。いつか見たいものの5本の指には碓実に入る光景だ。
満月より数倍大きく、数倍明るい青い星を眺める日が、やって来てくれるだろうか。

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日の出時刻と厄介な疑問(2)

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単純ではない日の出時刻

日の出最遅のピークは冬至より後にずれ、日の入最早のピークは冬至より前に訪れる。
前回の繰り返しになりますが、一年中で最も日の出時刻が遅いのは冬至であってしかるべきと考えそうなところだけれども、実際にはそうはならずに、冬至を10日あまり過ぎた1月の初旬となり、同様に、最も日の入が早い日は、冬至よりずっと前の12月の初旬となるのはなぜなのかという問題でした。

この問題は、実は私が子供の時分に長いこと不思議に思い続けていた問題でした、分からないといっても、少し考えれば分かりそうな問題だったので、書物などを調べることなく何とか自分で答えにたどり着こうと、人知れず頭をひねっていた記憶があります。しかし、結局、正解にはたどり着きませんでした。

では、その正解とは・・・これが、表題で「厄介な疑問」としたように一言で竹で割ったように説明することがしづらいのです。
ちゃんと説明しようとすると興味の薄い方は、ますます興味がなくなるようなものなので、詳細については、ここではその分野のサイトで説明しているのを紹介するにとどめ(最下段参照)、正確ではないですが、ごくごく平たく説明しておきます。

【説明】
(1)まず、問題の基礎として、時間・時刻というものを理解しなければなりません。
私たちが通常に使用する時刻というものは「平均太陽時」というものを使っています。
もともと、1日(天空を太陽が一周してくる時間)の長さというのは、太陽の実際の動きで決められていました。これを「真太陽時」といいます。

(2)しかし、地球の地軸の傾きと、太陽を公転する軌道は正円でないことから、そのままだと1日の長さが年間を通すと長くなったり短くなったりしてしまいます。そこで、平均値を取ることで1日の長さを無理やり均一にしました。これが「平均太陽時」です。

(3)そして、上記の理由で実際の太陽の南中時間はいつも一定ではないということが生じます。
 東京の南中時刻でみると次のとおりです。
  年間平均    11時41分
 (それぞれ、変化のピークごろの南中)
  2月11日ごろ 11時55分(遅)
  5月14日ごろ 11時37分(早)
  7月26日ごろ 11時47分(遅)
 11月 3日ごろ 11時24分(早)

(4)ここで、実際の南中時間が遅れると言うことは、実際の日の出時刻も遅れるということに注意してください。 

(5)一方、真太陽時で考えたなら冬至では最も日の出時刻が遅く、冬至を過ぎた後の日の出の時刻は、当然だんだん早くなります。

(6)しかし、これに(3)・(4)のような南中時刻の遅れ=日の出時刻の遅れというものを併せて考えると、冬至過ぎの時期は、南中・日の出時刻が大きく遅れている時期にあたり、この遅れる程度が、(5)の冬至を過ぎて日の出が早くなる程度を上回っているのです。

(7)このため、日の出時刻は、冬至以降も引き続き遅くなり、遅れの程度を早まりの程度が追い越す1月7日ごろをピークとし、それ以降になって、やっと実際に日の出時刻早くなってゆくことになるのです。

どうでしょうか、分かりづらかったと思います。
もちろん私の理解不足もあるでしょうが、正確さより分かりやすさを心がけて書いてもこのようになってしまいます。
自然の原理というのは、複雑そうなものでも得てして単純なのですが、これは、自然の原理に加え、人の手による原理である「平均太陽時」というものがからんだ問題であるためなのか、すっきりした回答でなくちょっと悔しい思いです。

【もっと詳しい説明】
  ・こよみのページ
  ・横浜こども科学館/(財)横浜市青少年科学普及協会

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日の出時刻と厄介な疑問(1)

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海に沈む太陽

もはや、正月気分も抜け、仕事の山に奔走する日々をお過ごしの方々も少なくはないのでしょうが、ここでひとつ初日の出にちなんで、日の出、日の入の話。

日の出の時刻というのは、太陽がどういう状態を指すのか…というのは、本稿の主題ではないのですが、まずは、復習の意味でそこにも触れておきましょう。

太陽は、点ではなく大きな視角(見かけの面積)があります。したがって、地平線を通過するのにも時間がかかるわけです。そして、日の出・日の入、もしくは、日出・日没というのは、太陽面の最上点が地平線上に見える時刻を標準とするものです。つまり朝は、少しでも太陽が顔を出そうとした瞬間、夕方は沈み始めた太陽の最後の光が消える瞬間ということになりますね。
日出・日没は、天文学的なきまりごとですが、狩猟法などの法律でも使われ、最高裁判所以前の大審院の判決(大正11年6月24日)には具体的です。あまり興味ないかもしれませんが、気になるようでしたら調べてみてください。

ついでに申しますと、月も太陽のように視角があるのですが、こちらは太陽と違って満ち欠けがあります。このため、太陽と同様にすると、欠けた部分の昇降はまず確認できないわけもあって、天文では、中心点が地平線を通過する時刻を月の出没時刻としているという違いがあることは、一般にあまり知られていないかもしれません。


それでは、本題。
一年中で最も日の出が遅い日はいつなのかご存知でしょうか。
日の出から日の入まで、つまり昼間の時間が最も短いのが12月下旬の冬至であることは言うまでもありませんが、普通に考えたら、最も日の出が遅いのも冬至であると考えそうなところです。
けれども、実際にはそうはならずに、冬至を10日あまり過ぎた、1月の初旬となるのです。
もちろん、冬至に比べて昼間の時間のスタートに出遅れた分、日の入時刻は朝の遅れ以上に冬至よりも遅くなっていて、トータルの昼間の時間で冬至が最も短いわけですが・・・
また、これに対応するように、一年中で最も日の入が早い日は、冬至よりずっと前の12月の初旬となっています。

新聞の日々の暦欄を調べたり、天文年鑑などを見ていただければ、以上のようなことは確認できますし、人によっては、日常の生活の中で体感的に認識しているかもしれません。

日の出最遅のピークは冬至より後にずれ、日の入最早のピークは冬至より前に訪れる。
これが、ここで問題対象とする事象です。
そして、では、いったい、どういう理屈でそうなるのでしょうか。
これが、本題の疑問です。

ちなみに、これは日本の東西南北を問わず、同様に生じる事象なのです。
つづく

*参考*

国立天文台の日の出・入り時刻の計算

同 月の出・入り時刻

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