雪形

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Photo:Nikon D200/AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
(105mm ISO100 1/1000" F6.3 PL-filter)

~林道陣馬形線より南ア・南駒ヶ岳-空木岳~

アルプスを一望に見渡せる林道を走ってきた。
中でも南、北、中央と3つのアルプスを一望できる林道王城枝垂栗線や、中央アルプス真正面の林道陣馬形線からの眺望は、天気・季節も相まって、本当にすばらしいものだった。

雪を抱いた山の姿、5月はとりわけ美しく見える。
富士にしてもアルプスにしても、はたまた日光や福島の吾妻連山、月山も飯豊山もみなそうだ。

同じ雪を被っていても、新雪は雪そのものが新鮮であるのに違いないが、たまたま雪が多く降ったところはより白く、たまたま雲が掛からなかったところは地のままということもあり、その真新しい白で描かれたシルエットは、気ままで大雑把で柔らかな線を示す。

日が当たり暖かな地形、雪の積もりにくい地形から順次に地を表して形作られる春の残雪は、形状は地形そのものを反映し、気ままなようでいて定型式では示せないようなルール、フラクタルな模様が描き出されている。

その一見無機質な「雪の形」又は現われた「地の形」の残雪模様から馬や鳥や人などの形を見出し、農耕の時節の目安としたものを「雪形」といっている。
有名どころでは、白馬岳の「代馬」、蝶が岳の「蝶」、爺ヶ岳の「種まき爺さん」など、山そのものの名前の由来となっていることも多いように、その麓の人々にとって、大変に身近な存在だったことが伺われる。

多数の人の目に同時に触れる自然が造った偶然的な形を、生きものや物にたとえるという点では、星を結んだ形で表される星座とも共通している。農耕や漁といった生活上の季節のめぐりと繋がりが深いところも、雪形と同様であるのは興味深いところである。

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羊蹄山

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~蝦夷富士の名に相応しい山容~

後志羊蹄山は、北海道でも最も好きな山の一つである。
富士の別名をもつ各地の名山の中でも、特に均整が取れていると思うこの蝦夷富士の山体は、本当に素晴らしいものだと思う。

形を見れば一目瞭然、コニーデ型の火山であるが、既にその活動は休止して久しいようで、死火山とされている。
山名は、元々後志羊蹄山=シリベシヤマと読むが、いつの間にやら略されて羊蹄山=ヨウテイサンと呼ばれるのが普通になってしまっている。「シリベシ」は「山沿に下る」という意味のアイヌ語らしいが、アイヌ語では、この山を「シリベシ」呼んでいるわけではなく、「マッカリヌプリ」というようである。

羊蹄山山麓には何回も来ているが、随分前にもう1月ほど遅く訪れたとき、私の地元である九十九里の道路に、搬送こぼれの鰯や秋刀魚が落ちているのと同じように、トラックからこぼれ落ちたジャガイモが、コロコロと道路に転がっていた。

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浅間山

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~横尾林道から房総の「浅間」嶺岡浅間を望む~

最近になって、浅間山が久しぶりに火山活動を活発化させて世間を騒がせている。
いうまでもなく、長野・群馬県境にある日本有数の活火山である浅間山のことであるが、「浅間山」の名を持つ山は各地、特に南関東には少なくない。

「浅間」は元々、山岳信仰に根ざした名前であり、富士信仰のひとつである仙元講を由来とする。そして、「仙元」は、いつしか「浅間」となり「せんげん」とも「あさま」とも読まれるようになった。山の名前のときには、どちらかといえば「あさま」が多く、神社の名前は、ほぼ「せんげん」と読まれているのではないだろうか。

私の地元でも、毎年6月30日には「せんげんさま」の祭礼があり、子供の頃など楽しみにしていたものである。
元が仙元講であり、それは、江戸期以前に富士山の火山灰による農作物の被害を、祈願によって静めようとする講であったのであるから、浅間様はどうしても富士の風下の南関東に集中する。
千葉県には「浅間様」が多くある、その数200ともいわれるが、「浅間山」は「山」なので、南の房総地域に限定される。

冒頭の活火山たる浅間山と富士信仰との関係は、同じ火山という以外よく分からないが、あれほど高い「浅間山」は他にないので、関係が薄いのかもしれない。または、これも想像の域を出ないが、富士山の活動が休止して、「御神火」の名が富士山から伊豆大島の三原山に移ったように、浅間も富士から上信国境の浅間山に移ったのかもしれない。

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愛宕山

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横尾林道から嶺岡愛宕山を望む

愛宕山といえば、まず千葉県最高峰の嶺岡愛宕を思い浮かべる。最高峰とはいっても、標高408mだから、普通の県なら裏山程度にしかならない標高である。
いかに千葉県が日本一低い県なのかとわかるだろう。
愛宕というのは、修験道に関する言葉で、京都の愛宕山(標高924m・嵯峨の山)がその総本山となるだろうか。なんでも、修験道の最高の秘法に「愛宕の法」というのがあるそうだ。はたして、どのような技であるのだろらか。
愛宕山という山名は各地に少なくないけれど、ほとんどの山頂に愛宕権現が奉られているらしい。
大雑把に言って、京都の総本山以外の愛宕山は、ほとんど標高というか、麓から山頂までの比高が低く、庶民の足でも1日の範囲で家から山頂へ往復できるところが、登拝の対象であったことを物語っているのかもしれない。
さて、嶺岡愛宕山に話をもどすと、この山は他の多くの房総の山々の例にもれず、さして目立った特長もなく、愛宕山という同名の山が周辺にも多数ある※ことも手伝って、房総第一の高峰としては、いかにも名が通っていない。
この山の山頂は、やはり愛宕の祠があるという。400mそこそこといっても、地元の最高地点、一度はそこに立ってみたい気がするが、現在は航空自衛隊の基地内にあり、入ることもままならないのは残念である。
愛宕山のある連なりを嶺岡山系というが、この尾根伝いに嶺岡中央林道という、かつては総延長26kmという房総随一のロングダートがあった。外房の鴨川から内房の鋸南まで、東から嶺岡中央林道2号・1号・4号・3号線と続き、路面はすこぶるイージーで、面白みはなかったかもしれないが、右に左に見渡せる景観、西の3号線などは三浦半島・富士の景色も楽しめた。
嶺岡愛宕があるのはこのうち1号線で、東側の林道入口の2~3kmは当時から舗装されていて、自衛隊最優先となっていたのも今と変わらない。
楽しめた景色そのものも、当時と変わらないのだと思うが、全線が舗装されてしまった今、どうしても足が遠のいてしまっている。

※愛宕山は房総に地図に載るだけでも7~8はあるし、実際にそう呼称されているものは、さらに多数に上ると思われる。林道で馴染みが深いもので、田取林道の愛宕山や保田見林道近隣の愛宕山などがあり、また、房総ではないが、銚子の愛宕山などは、地球が丸く見える丘などとよばれ、その麓に2年ほど住んだこともあって自分としては特に馴染みが深い。

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山名考

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冬の妙高

山名考
こういう分野があるという。「さんめいこう」、読んで字のごとく山の名前を考察する。地域の歴史や人文を背景として、その山がどういう訳でそう呼ばれるのかを推察、思考するらしい。
必ず正解を得られるものでなく、いや、むしろ検証のしようもないわけだから、答えがないといえばそうなのだろうが、ひどく深みにはまった、その姿勢が興味をそそる。
妙高山という山がある。そう新潟県南部で、長野との県境に近く日本百名山に数えられる標高2,454mの名山である。
元々は、越前~越後の「越の国」(こしのくに)の中ほどにある名山ということで、越の中山と呼ばれたという。
「中」山は、万葉仮名で「奈加」と書かれた。そして、いつしかめでたい字の「名香」に改められ、さらに、その音「ミヨウ・コウ」が転化して「妙高」となったと説明されている。
真実かもしれないし、まったくのマユつばものなのかもしれない。
「こじつけ」といったら、それまでだけれども、そこへ辿りつくまでの下調べと洞察にはなかなか感心する。
(名香という地名は残っているらしい)
自分の身近にある何気ない山、特に私が住む房総には全国的に見れば見るべき山はないのだけれども、こうした山の名前を探る目で、一つ一つ見てゆくと、あらためて親しみを覚えるとともに、地域の人々と共に流れた年月に思いを馳せてしまう。
さて、明朝は、その妙高山のお隣り、黒姫山の麓に向かう。あいにくの天候のようだが、雲の切れ目から、夏のほうがよく見慣れているあの山体を少しでも拝めればよいのだが・・・

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