クロヤマアリとナナホシテントウ

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~相手を見るなりアリが襲い掛かった~

春の野は、いろいろな植物が次々と芽を出しては花開き、昆虫や小動物も姿を現わし始めるから、その変化からなかなか目が離せない。

目覚めの季節、野の草を観察していたら、暖かな陽射しに元気になったナナホシテントウが、あちらこちらのカラスノエンドウの上で活発に動き始めている。

早速カメラを構える。テントウムシの飛び立つ写真、結構見かけるものだが、いつも狙っていてもなかなか撮れないものだ。と、ふとすぐ手前に生えているヒメオドリコソウの花の上にクロヤマアリがいるのを見つけた。

クロヤマアリは、アブラムシの排泄物の甘露を餌にするため、飼育するように保護しているから、アブラムシを餌にしているナナホシテントウとは利益相反関係にあり、ここで何かが起きるだろうか?

そう思っている間もなく、クロヤマアリはスルスルっとヒメオドリコソウを降りて、隣のナナホシテントウがいる草に上りはじめた。そして真っ直ぐナナホシテントウに掴みかかって、あっと言う間に弾き飛ばしてしまった。

勝負は約1秒。これには、ちょっと驚いた。クロヤマアリは、サムライアリに奴隷にされたり、他のアリとの攻防をみても、それほど好戦的なアリとは思えないのだが、本能的な行動なのだろうか?

もっとも、不意の攻撃にあったナナホシテントウは、例によって手足を丸めて亀の子状態。応戦することもなかったのだが。

(戦い前の両者の姿→四季の扉)

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V字編隊

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~鴨がV字で東へ飛んでゆく~

冬の空の高いところを、時折、大きな編隊が横切ってゆくのが見える。朝、明けたばかりで白んできた空、夕暮れの茜色の空、数羽から何十羽の鳥が列を成して飛びゆく姿は季節感もあってたいへん絵になるが、それなりに大きな意味を持っている。

ハクチョウやガンなど渡りをする大きな鳥が群れで飛ぶときは、例えばスズメが飛ぶときなどのように混然一群で飛ぶのではなく、V字型や斜め一列に列を成した編隊飛行を形成している。

この編隊飛行は、彼らの単なる嗜好によってなされているのではなく、より楽に飛べる進路を選ぶために生じるもので、結果的には運動の効率をよく考慮したものになっている。

もう少し具体的にいうと、大型の鳥が羽ばたいて飛ぶとき、その大きな翼の先端から後方へ向かって渦状の乱気流が生じることがなんとなく想像できると思う。そして、その乱気流は、横倒しの渦状であるから、渦の片側、つまりは鳥の斜め後方には上向きの気流が生じることになるのである。そこで、後ろをついて飛ぶ鳥は、その上向きの気流のあたりを飛ぶと楽になり、その気流に乗って飛行を続ければ、エネルギーの消耗は、単独で飛ぶよりもずっと少なくてすむわけである。
 
理窟はなんだかすごそうだが、鳥たちはそんな理窟まで理解して飛んでいるというはずはなく、楽なところを飛べば結果的にそれがV字型や、斜め一列の編隊飛行という形になって現れるということになるのだろう。

ただ、列の最先端を飛ぶ鳥が、一見、何十もの鳥を束ねるリーダーのようにもみえて実はそうではなく、上記のような、気流のアシストが得られずエネルギーの消耗が大きい先頭の係を、順次後方の鳥と交代して、疲労をみなで分けて負担するようにしているらしく、そのあたりには、やや高度な生態も感じるところである。

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トリバガ

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~なんとも奇怪でいけてる蛾~

魔界の昆虫が現世に紛れ込んでしまったかのような、トリバガ科の蛾はそんな容姿のなかなかいかした蛾である。

なんといっても、とうてい蛾とは思えないような細い翅が変わっている。体つきや足だって、細く長くてこれではガガンボとほとんど区別もつかないのではないか。個人的には足元に生えた棘と翅に少し生えているふさふさが、トゲトゲブーツとマントに見え、いかにも悪者っぽいところがお気に入りだ。

画像は10月に撮影したもので、この仲間は種の見極めが難しいが、おそらくは「ブドウトリバ」だと思われる。あまり見かけないようにも思えるが実はそうでもなく、ブドウの栽培上では特に幼虫の食害が問題となり、非常に敵視されるわけであるが、それはそれとして、単に生き物の多様性の視点でみたら、やはり、これはいかした昆虫としか言いようがない。

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昆虫病原糸状菌

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~一見りっぱなショウリョウバッタであるが~

この夏は、国内最高気温の記録が更新されるなど、ひところに限っていえば大変に暑かったのであるが、夏といえる期間そのものは少々短かった。9月に入ったが、8月の終わりから早くも秋霖ともいえるぐずついた天候が続いている。

さて、この時期に野を歩くと、まず目に付くのが赤く染まった赤とんぼ達、そして、足元からぱっと飛び立ってゆくバッタ達の姿である。トノサマバッタやクルマバッタの飛翔はよく目立つ。

カメラを持ってそっと彼らに近付くが、そこは個体によって千差万別、ドアップで撮らせてくれるサービス満点の被写体もいれば、近寄る隙もなくぱっと飛び去ってしまうものもいる。こちらとしては捕獲の意思など毛頭ないからじっとしていてもらいたいが、彼らにはそんなことはお構いなしで、逃げてしまうのが一番リスクがないのだろう。まあ、これは一般にはそうだということであって、今日などは、クルマバッタが目の前から飛び立ったばかりに、すぐに蜘蛛の巣に引っかかり、あっという間にぐるぐる巻きにされてしまったなんてこともあり、ちょっと気の毒であったが、自然界、どこで死と隣り合わせているかは判らないものであるということを、改めて感じた。

ところで、草むらをよく観察しながら歩いていると、たまに草のてっぺんの方にとまっていて、なかなか撮影しやすそうなバッタが目にとまる。そして、そのバッタにそっと近付きカメラを構えるが、どうも様子がおかしいことに気がつく。

草にしっかりつかまっている割には、なんだか生気がない。いや、よく見ると、生気がないのではなくて既に死んでいるのである。通常に考えたら、生き物はこういう死に方はしないものであるが、実はこのように死してなお草にしがみつくバッタの死骸は少なくない。どうやら、昆虫病原糸状菌に侵された個体であると思われる。

バッタにこのような死に様をもたらす原因の菌は、エントモファガ・グリリという糸状菌であり、この菌に侵されると、バッタは草に登り高い位置でしっかり草の茎につかまったままの形で息絶えるようである。そして、その高い位置からは、また、その糸状菌の胞子が、他のバッタを求めてばら撒かれるということになるらしい。

この菌が宿主のバッタにどんな作用を与えることによって、そのバッタが力尽きて地に落ち朽ちるのではなく、草を登りしっかりそこにしがみつくように仕向けるのだろうか、たいへんに不思議なことではあるが、だいぶ涼しい風も吹くようになってきた初秋の野では、あまり人目に触れることもなく、そんなことも起こっているのである。

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アリの土盛り(その2)

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~不思議な行動の意味は?~

前回の続き、アリの土盛りの話である。アリが少し大きめの食物を発見し、これを搬出する際に、食物に覆いかぶせるような土盛りをしているようにみえるが、これはいったいどういう意味があるのかということだった。

子供の頃から不思議には思っていたのだが、一方で、あまりに普通に見かけていたためか、当たり前の習性のようにも感じていて、調べたこともなかった。
そこで、まず手許のいくつかの書籍をあたってみるが、それらしい記述はまったく見当たらなかった。
アリの生態といえば、まず、社会性のある営巣システムが大テーマであって、ほとんどの紙面がこれに割かれている。

やむなく、ネット上を検索してみるが、探し方が悪いのかソースに信頼性のないものまで含めても、この点に触れたものは多くは見当たらない。数少ない記述の中から、要点だけ拾ってみると。

①多数のアリが食物の周囲を取り囲むように活動する際に、土が外周に寄せられる跡である。

②アリは、清潔を保とうとする本能的志向が強く、活動範囲内に腐敗物と認知されるものがあると砂を掛けて封じてしまう。死臭を放つ死骸は、彼らにとって腐敗物に過ぎない。

というような趣旨の記述が少数ながら見つかったくらいである。いずれも各筆者が質問に答えるような形で受動的に書かれたもので、主体的に記載したものではないにしても、実観察した状況とはあまりにかけはなれていて、失礼ながらおよそ満足のいく回答とはいえない。

①説は、そもそも、今回のセミの幼虫の亡骸解体はコンクリートの上で始まったのであるから、これほど多量の土は偶発的結果によっては集まりようもなく、アリがわざわざ運び込んだものであることは明白であるので肯定できない。おそらくは、下地が土の場合でもまったく同じであると思われる。

②説は、実例では、最終的にセミの幼虫の肉質部分がすべて持ち去られていることだけからしても、アリたちは対象物を、あくまで食物とみていると思われ、食物でないとしても利用できる有用なモノであるはずで、腐敗物と認知する前提に明らかな誤りが認められてしまう(清潔志向を持っているという前提自体は正しいと思う。)。

そういうわけで、人の知識を借りようとしたのであるが、思いのほか難問であったのであるが、私は、次いで、長男に意見を求めてみた。
すると、当然のような顔で即答が返ってきた。

彼がいうには、アリは自らの巣まで直ちに搬送できないサイズの食物を発見すると、これを確保するために、自分達を識別し得る特定成分のフェロモンを付着させた土を掛け、他の採食者を排斥しようとするのだという。いわゆる「つばを付ける」ということか。

なるほど、アリの社会行動の根幹は、このフェロモンの交換による情報伝達によっているのであるから、あり得そうな話ではある。ようやく、一理ありそうな説を得たが、はたしてこれは、どこから仕入れたものであるのか。

ところで、例のアリの土盛りには、その後雨が掛かってしまったが、数日して、これが乾いたころ、残った土盛りの跡を調べてみると、中には既にセミの抜けがらさえ残っていなかった。あのセミの外皮さえも食す又は利用し得るというのだろうか。

アリも種類が少なくはないから、種によって違いもあるのだろうと思う。結局、今回は疑問を呈しただけで終わってしまったが、今度、機会をみつけ、この「つば付け説」を一応の目安として、その検証をしてみたいものである。

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アリの土盛り(その1)

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~格好の餌食に黒山となるアリたち~

夏の夕刻、セミの幼虫が羽化のために地上へ現われる。羽化が始まったまではよかったが、運悪く木から転落してしまったりすると、アリがいち早くこれを発見し、たちまち黒山のように集まってきて餌にして、セミはそこで息絶える。子供のころ、大変に切ない思いで見てきた光景であった。今となって見ても気の毒ではあるが、セミだけを特別視することもなく、淡々と自然の摂理であると整理しているが、ここに子供のころから変わらない不思議が残っていた。

セミの幼虫がころがり落ちた場所は、建物の軒下にあるコンクリートの土間の上だった。そこで、セミの幼虫の亡骸に黒ゴマをまぶしたかのごとくアリたちが取り付いて、解体作業が始まる。

さて、しばらく哀れな思いでその様子を観察してから数時間後、再びその進行具合を見に行くと、現場はちょっと様子に変化がみられた。

セミの幼虫の亡骸は、既に内部の肉質部分はある程度持ちだされているのかもしれないが、半透明の堅い外皮の中まではよく見えない。とりあえず外観では先ほどとあまり変わったようにはみえない。しかし、周囲の様子が一変している。

アリは、相変わらずおびただしい黒山をなしているのであるが、セミの幼虫の亡骸の周囲には、いつしか土盛りがされている。はて、この土盛りはいったいなんであるのか。

今回、観察したアリは、トビイロケアリである。どこの住宅地でもごく普通に見られるアリのうち、やや小さめで茶色いアリである。もう少し大きめで黒灰色のクロヤマアリとともに、最も普通種の一種だといえる。

ここでアリの食料となったのはセミの幼虫の亡骸であるが、過去に幾度となく見てきた同様の観察例を考えれば、対象が他の昆虫であろうと、ミミズであろうと、子供が落としたアメ玉であろうと、アリにとって、ある程度大きさのある食料ならば、この状況は、みな共通している。

また、さらに数時間後、土盛りは、セミの幼虫の亡骸をすっぽり覆ってしまい、外からみると、ただの小さな砂山になってしまった。

そして、2日後、そっと土盛りを崩し、中の様子を伺ってみると、案の定、セミの幼虫の亡骸は、外皮だけを残して、文字どおりセミの抜けがら状態になり、中身は運び去られている。崩した土盛りの中にはアリがほんの数匹、残務整理でもしているかのように散らばって見つかる程度で、もはやあの活況はなくなっている。

この、アリが食物に土を盛る現象?、習性?、はたまた行程は、いったいどういう意味があるというのだろうか。
(つづく)

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構造色

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~微小構造が生む不思議な色~

沢沿いを歩いていると、キラキラとまぶしい水面の反射のなかにひらひらと翔ぶ昆虫のシルエットが目に映った。

ひらひらとした翅の動きはまるで蝶のようであるが、飛翔軌跡は蝶とは違い線形的であり、そのシルエットがトンボのものであるとわかる。翅の大部分は黒っぽく色が付き、後翅だけが、トンボとしてはやけに幅広く、対して、胴は短い。
比較的、自然の保存度が高い川に住むチョウトンボである。

子供の頃の私の家は、平地の住宅地の真ん中にあり、多様な生き物との触れあいの場としては、せいぜい住宅地周辺の、遠からず埋め立てられてしまうであろう田んぼが残っていた程度で、チョウトンボを見ることはなかったから、たまに山際にあった父の生家に遊びにいった時には、よく、裏手の小川でこのトンボの姿を追ったものであった。

チョウトンボの翅の色はといえば黒なのだが、同様に黒い翅をもつカラスアゲハなどとも共通する美しい翅の輝きを持っている。見る角度によって青や緑の金属光沢を放つこの色彩は、構造色といって翅そのものの色ではない。

昆虫には、ほかにもタマムシやコムラサキなどのように、見る角度で美しい光沢を見せるものたちがいる。CDやDVDなどの、オプティカル・ディスクに見られるあの虹のような色彩もこれと同種であるのだが、翅がもつ微小な構造が起こす光の回折と干渉によって生みだされた色彩である。

光は、波の性格と粒子の性格を併せ持ったような進み方をする。一般的には直進的で理解しやすい粒子っぽい性格が現れているように見えるが、ときに回折や干渉といった波動ならではの進み方も見せる。

小さな穴を光が通りぬけると、粒子の性格だけならば、穴を抜けた粒子だけが、そのまままっすぐ進むところであるのに、ここで、波の性格が出て、穴を抜けたあとの光は、そこから広がるように進む。小さな構造物からの反射でも同じ事が起こり、これらを「回折」という。また、波でもある複数の光が、互いに重なって強めあうことや、逆に打ち消しあうこともあって、それを「干渉」という。

それらの光の性質をここで詳しく述べるつもりはないのであるが、ともかく、チョウトンボの翅にある無数の微小な凹凸の構造によって、反射光が回折と干渉によって、一定の方向から見ると、特定の波長の光だけが集まって強められ、あの青い光沢を見せるのである。

では、はたしてそのような微小な構造をなして、こういった色彩を発することの意味はなんであるのか。なぜ、このような構造を形作るに至ったのか。このへんが、生物の最も不思議な部分であるのだが、もちろんその答えは用意できない。

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八重山を歩く(5) カラスアゲハとカラス

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~青さが引き立つ~

前回、八重山の蝶としながらマダラチョウの話だけで終わってしまったが、もちろんマダラチョウのほかにも様々な蝶がいる、一つ一つよくみるとみな目新しい。そもそも、蝶だけでなく、生き物全般にわたって、普段、本土で見かけている種とまったく同じ種の生き物を捜す方が難しいくらいで、動植物の構成が総入替えとなっている感じである。
とはいっても、まったく違う種ばかりではなく、本土の種の亜種も多い。

山の入口の木陰にオレンジの目立つ花が咲いていた。この花を眺めていると、大きなカラスアゲハがやってきた。それまでの短時間のうちにも、カラスアゲハは各所で見掛けたが、それはやや遠目からであった。

しかし、間近で見ると、どうもいつも見なれたカラスアゲハとは違う。また林道でよく見る、より美しさの増したミヤマカラスアゲハとも違う。本土のカラスアゲハよりやや小ぶりで派手ではない感じだが、後翅には、まるでこの島の珊瑚の海以上に青いコバルトブルーの光を放ち、全体にエメラルドグリーンの星を散りばめたような輝きを持った美しいカラスアゲハである。

この蝶はカラスアゲハの亜種のヤエヤマカラスアゲハで、八重山特産のようである。沖縄本島周辺のカラスアゲハもオキナワカラスアゲハという別の亜種とされるようである。

ところで、少々話がはずれるのだが、同じくカラスでも鳥のほうの烏。もちろん、これがまた同じようで違う。本土と同じようなところに、同じように出没するのではあるが、近くで見ると、どうもやけに小さいことに気づく。

小さめなハシボソガラスかと思ったが、これはオサハシブトガラスという別亜種である。こちらは、蝶のように、エメラルドの光沢がどうのこうのというようなことはなく、大きさが違う程度ではあるが、一見、同じに見えるあたりまえのような鳥であるのに、よく見たら違うのでびっくりした。

八重山では、このように様々な生き物が微妙に違っている。
やはり、小笠原や八重山は、同じ日本でも動植物の相でみると、本土と同一エリアではないのだなあとはっきり感じる。
(つづく)

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八重山を歩く(4) 八重山の蝶

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~最も目についたスジグロカバマダラ~

石垣島には、いたるところで蝶が舞っていた。大きめで、かつ、活発に飛んでいる

日本の生物の地理的な分類上において、鹿児島と屋久島の間又は屋久島の南のトカラ海峡とには重要な境界がある。前者を三宅線、後者を渡瀬線と呼び、ここを境に南北では生息する生物の種の構成に大きな差があって、昆虫では主に三宅線を境界とし、他の多くの生物では渡瀬線が適用されることが多い。

爬虫類や両生類などは、移動能力がかなり乏しいので、海という地理的な障害が持つ意味は計り知れないことは言うに及ばないが、飛翔力を持ち、移動能力と繁殖力に優れた昆虫や鳥類の仲間にして、そのような境界が認められるのだからなかなか興味深い。

さて、その三宅線又渡瀬線より南の琉球列島(南西諸島)は、世界的な視野で生物をみたときの地理的分類区としては東洋区と呼ばれ、熱帯系の生物層が顕著であるが、そこに住む蝶もまた、ふだん関東周辺にいたのでは、まず見かけることはない熱帯系の蝶たちで、色彩や姿の優雅さと珍しさを楽しませてくれる。

石垣島に訪れたのは5月初旬で、特に目だったのは、マダラチョウの仲間だった。マダラチョウといえば、いつも出かける林道でも、アサギマダラの姿は見ることができるが、本土でみられるマダラチョウはそれくらいであり、八重山には定着しているものだけでも6種のマダラチョウの仲間がいるようである。

マダラチョウの仲間は、ふわふわと綿のように軽く、とても優雅な翔び方をしていて、見ているこちらをおおらかな気持ちにさせてくれる。翅の形状がすっきりと整ったものであるためか、それほど大型の蝶という印象はないが、実際にはアゲハの仲間と同じくらい大きい種が多く、軽やかに林間を翔んでいる様はよく目立つ。

ところが、マダラチョウの仲間が目立つ上にゆったりのんびりと翔んでいても、鳥などの捕食者に襲われることはあまりない。それは、この蝶の仲間は植物から採り込んだ毒の成分だけを体内に蓄積させていて、食べるとひどくマズイという記憶を鳥たちに植えつけることに成功したからだという。

なるほどと思うかもしれないが、絶対的な正解と、簡単には決めつけない方が無難かもしれない。体内の毒の蓄積までは実証できるが、一方の捕食者の方となると、一個体がそのマズイという記憶を生涯持つことも確実とはいえないが、それ以上に、このような体験から獲得した記憶が、文化のない生物において次世代へ伝えられる仕組みがあるのかないのか不明である。現在のところ、こういった後天的に獲得された事項は遺伝には馴染まないのであるから。

生物の不思議な部分はあまりに多くて、そのほとんどには、推定的な正解しかまだ用意されていない。
(つづく)

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八重山を歩く(3) キシノウエトカゲ

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~日本最大のトカゲ~

さて、石垣島のヤシの群落をより奥へと進んでいくと、ヤエヤマヤシは一層深くなり、それ以外の樹種がほとんど見当たらずに周囲の視界がヤシで埋め尽くされてしまうほどの群落の中枢部とも思えるところに出た。
頭上を見上げると、ヤシの葉のあい間からのぞけるまっ青な空とまっ白い雲がまぶしい。

ガサッという音、今度は、先ほどのイシガキトカゲとは明らかに違う重量感のある音がした。すぐさまそちらを振り向くと、やや大きめのヘビ類程度の頭を持った爬虫類が倒木の隙間に消えていくのが一瞬だが見えた。ほんとうに一瞬であったので、目に映った姿は、頭と胸部までは150cm以上はありそうな立派なヘビのような体格であるのに、それにしては、胴長は40cmくらいと極端に太く短いヘビに見えた。

まあ、絵にしてみれば、いわゆるツチノコというやつになってしまうが、目に映ったのは一瞬のことであったし、また、動きがかなり早かったため、足が見えなかったのであって、常識的にはこれはトカゲなのだろう。しかし、そうだとすれば異常に大きい。一体何者?

なにしろ、ここは動物園や水族館の爬虫類コーナーではなく、まったくの自然環境の中である。そんなに大きいトカゲにはお目に掛かったことはない。再度、姿を確かめようと、一緒に歩いている妻にも声を掛け、その爬虫類が消えていった倒木の隙間のほうを見守った。

しばらくすると、ゴソッと音がして、運よくそいつは再び表に現れて来てくれた。いやはや、びっくりするほど太くて大きいトカゲである。
もちろん、世界中にいるトカゲの仲間には、コモドオオトカゲのような真に巨大なやつもいて、飼育下ならば、そういう大トカゲも何度もみてはいる。

しかし、いくら南西のはずれに位置するとはいえ、石垣島も国内の島には違いない。緑色の細長いトカゲなら、目新しさはあってもさほど驚かなかったと思うが、これにはかなり驚いた。

八重山、宮古の両諸島に固有の種にして、全長40cm超という日本最大のトカゲ。日本にいく種もいるスジトカゲ属の盟主のようなこのキシノウエトカゲは、準絶滅危惧種で天然記念物でもある。イシガキトカゲと色形は似ているし、ほぼ同じところに住むが、とにかくその大きさや重量感が圧倒的に違う(上の画像では残念ながら比較対象物がなく判りずらいかもしれません)。

地元の方に聞いてみたところによれば、かつては家屋周辺にもよく現われ、「オカノウエトカゲ」と呼んで親しまれていたが、近年さっぱり見られなくなってきたので、見られたのは幸運だったということだった。

これほどの存在感。うっすらと図鑑の写真が脳裏にあったくらいで、ノーマークだった。こんな主要種の存在を軽視していたとは、国内の生き物にはかなり自信のあるつもりだったのに、琉球方面にはやや手抜きがあったのだろう。八重山の自然の奥深さに恐れ入った次第である。

(つづく)

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八重山を歩く(2) イシガキトカゲ

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~ちいさなニホントカゲのなかま~

しっとりとした空気に包まれているヤシの繁る山の中を歩いていく。大きめの蝶も気持ちよさそうにふわふわと舞い、ヤシ群落の中は必ずしも暗い森ではない。

ふと、足元のすぐ近くから小さくカサコソっと、枯れ枝や落ち葉を分けて、明らかに何かが歩く音がするのに気が付いた。

強く興味を持つものに対しては、誰しも五感がよく働くものである。私も普段の視力・聴力自体に自信はないのだが、生き物の動きや気配となるととたんに過敏になる。

いま、音が聴えてきたあたりを注意深く観察すると、地に積もった枯れ葉の一部が時折揺れ、その揺れる位置が少しづつ動いてゆく。どうやら、枯れ葉の下を断続的に歩いて移動していくトカゲのような生き物がそこにいるらしい。

この八重山のヤシ群落に住むトカゲ、はたして、どのような姿を見せてくれるだろうかと期待して、さらに観察を続けた。

そして、しばらくじっとしていると、ようやく枯れ葉の間から頭をひょこっと上げたトカゲの姿を確認できた。

ただ、それは、なにか目新しさを感じるようなトカゲではなく、普段我が家の庭でも見かけるニホントカゲと、色合いもあまり変わらず、違うとすれば、成体にしては少々小さめかなという程度のトカゲだった。

おそらくイシガキトカゲだろう。ニホントカゲを代表とする日本産のスジトカゲ属の仲間のなかでは最も小ぶりな種である。

「成体にしては」といったのは、そのトカゲは、体全体は褐色であり、そこに薄い黒スジがあるという外見であって、スジトカゲ属の仲間に共通した幼体の特徴といえる尾部を中心としたきれいな青色は見られなかったからである。

幼体の青色が残るうちは、このトカゲは小さめなこともあって、「宝石」の称号があるくらい綺麗であり、また、成長しても結構いつまでも青色が残るようであるが、すっかり成熟した親になると地味な色で、まあ、こうした生き物に興味がなければ、この八重山の地で見掛けたとしても、ああ、トカゲか・・・でおしまいなのかもしれない。

ところどころに午後の太陽の木もれ日が落ちるヤシ群落では、相変わらず、ふわふわと時折蝶が舞い、のどかな時が流れていた。そんな中で、しばらくはこのトカゲの仕草を見守った。

八重山を歩く(3)につづく
八重山を歩く(1)にもどる

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シュレーゲルアオガエル

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~土の中から出てきた土色のアオガエル~

4月~5月の春の宵、水が満々と張られた水田は、なにもかもみずみずしく、わたる風も爽やかで、その風に乗ってコロコロコロと聞こえてくるカエルの声と、まさに日本の原風景ともいえるような景色と音に包まれる。

特にまだ田の土が起こされてそう間もない桜の咲く頃の月の晩、「月」「夜」「カエル」その情景そのものを歌った童謡が心の中でオーバーラップするのだろう、なんともいえない安らぎを覚える。幼いときに見た童謡の絵本の挿絵が脳裏に焼きついているのかもしれない。イメージに浮かぶその情景は、おそらくその頃に見た挿絵そのものだろう。そういった意味では、絵本の挿絵というものが心に落すの影響というのは、図りしれないのだと感じる。

さて、この「コロコロ」の声の主であるシュレーゲルアオガエルの名前は、非常に知名度が低い。声は超有名だが、姿は無名といってもいいくらいで、その存在をよく知っていて図鑑で何度も見たことがある人でも、自然の中で見ることは稀である。実際、興味を持って探しても簡単には見つからず、アマガエルやヒキガエルのようにはいかないのだ。

このカエル、普通は緑色をしている。一見したところアマガエルにそっくりであるが、アマガエルならば目の前後に黒線が走るが、シュレーゲルにはそれがない。そして緑色の質はややエメラルドに近い。もう1種にた種にモリアオガエルがいて、こちらのほうが名前のとおり近縁種であるが、大きさがモリアオガエルのほうがやや大きめで、目も赤いので、こちらの判別もたやすい。

シュレーゲルアオガエルは、通常の季節には森に住むが、春の繁殖期には、主に谷あいの田などに出てくる。そして、あの素晴らしい鳴き声を聞かせてくれるのではあるが、いくら探しても簡単には姿は見えない。それは、このカエルが、水田では土の中に入って繁殖行動をしているからで、しかも非常に足音に敏感であって、鳴き声を頼りに近づこうとしても、10mほどまで近寄ったかと思うとピタリと鳴き止んでしまうのである。

今日は、たまたま農家のおじさんがトラクターで田を起こしていて、その音で私の足音が聞き取りづらかったのかもしれない。すぐそばから鳴き声が聞こえてきたので、見当をつけて土をひっくり返してみると、はたして、そこに土色に体色を変色させたシュレーゲルが潜んでいた。

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ムクドリ

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~仲良く散歩する椋鳥のつがい~

ムクドリは、そのへんに当たり前にいる鳥だというふうに感じられるだろうし、実際、人家の周辺には、多くのムクドリが棲息している。

ところが、林道のような自然豊かなところでは、いざ、ムクドリの写真を撮ろうとしてみると、これがまったく撮れないのである。

姿を見かけないわけではない。いや、むしろ、最も見かける鳥の一種かもしれないが、その姿に気づく時というと、決まってバサバサっと羽音のしたほうに目をやったとき、目立つ腰のあたりの白羽だけを強く印象に残して飛び去ってゆくムクドリの後姿ばかりである。
いまでは林道で、ムクドリのことを私は「腰白」と呼んでいるほどである。

一方、ムクドリは、平地の人里に多く、街中の公園や庭園などにも、多くの姿を見かける鳥である。都会での観察にはまったく苦がなく(※)、地面を歩き回って昆虫などの小生物を食べる姿をよく観察できる。なお、秋~冬には、木の実を好んで食し「ムクドリ」という名前は、椋の木の実を好んで食べるため「椋鳥」と呼ばれるようになったとも言われるくらいである。

群れで生活する時期(繁殖期の後)があり、かなりの広範囲から、街路樹などに数百、数千ものムクドリ集団で集まってきて、ねぐらとすることがあり、これが、騒音や糞害として問題になる場合さえある。

ところ変わると、生き物の生き様も大きく変わるものである。

※都会に棲息する野鳥は、みな、自然豊かな場所よりも、都会での観察のほうがはるかに簡単である。カワセミなどもまさしくその好例である。人間の気配というものに馴れていて、相当に近づいてもなかなか逃げないので、撮影チャンスが多い。上の画像も都内の公園で目の前にいたつがいである。私の自宅周りでは、とてもではないがこの間合い(APS-Cの200mm)には入り込めないのである。このあたり、なにか、ちょっとすっきりした気持ちにはなれない。

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イタドリハムシ

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~派手模様のかわいい小虫~

林や野原の周辺にイタドリが育ってくる4月ごろを中心に、よく目立つこのイタドリハムシは、この時期の甲虫のなかではお気に入りの昆虫である。

光沢ある黒色の体色に鮮やかなオレンジや濃黄色のコントラストの強い模様が鮮やかである。

一見、大き目のテントウムシのようでもあり、確かにチョンと体に触ったりすると、手足を丸めてコロリと死んだ振りをするところなどもよく似ているが、葉を主食とするハムシの仲間にあって、ヒゲナガハムシのグループに属しており、その特徴である長い触覚が、テントウムシとの違いをはっきりアピールしているように立派であり、どうもご本人もそれがとっても自慢であるかのように威張っているように見える。

食性はまったくの雑草であるイタドリやスイバの葉が専門であるようなので、農作物を荒らすウリハムシなどのように人に嫌われることはないだろうが、イタドリやスイバ自体が以前のようにそれほど多くはなくなったので、近年、以前ほどは見かけなかった気がするが、出足の早い今年の春は、2月から既に出没し、この頃はずいぶんよく見かけるようになって、ちょっとうれしい。

ただ、不思議なことにこの虫は、イタドリやスイバの葉についていることよりも、そのへんの路上をノコノコ歩いているところを見かけるほうがずっと多いような気がする。見た目がかわいいから、家や田畑周辺の道で歩き回っているのを見かけると、立ち止まって踏まれちゃうよと話しかけてみるが、もちろん何ら反応はない。

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ヒヨドリ

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~畑のかわいい嫌われ者~

この秋から冬にかけては、果実などの実りが悪かったのだろうか。

ナンテンやマンリョウなどの庭の赤い実が、ヒヨドリにことごとく食べられてしまう。確かに玄関脇のピラカンサの赤い実は、毎年実るはしから食べられてしまうのだけれど、ナンテンまではそれほど食べなかったと思うのだが。

そういえば、この秋には、近隣の銀杏は皆無に等しかった。よく注意していなかったけれど、そうした野山の果実の凶作は野生の生き物には死活問題。どうもこの冬の人家周辺への野鳥の出没頻度が多いような気がするのも、そういう理由があって単に気のせいだけではないのかもしれない。

ヒヨドリは、日本の各地に普通に分布している鳥で、本州以南では留鳥、北海道だけは夏鳥で本州に渡る。
生活範囲は低地や低山帯の樹林で、人家周辺や公園などでも樹木が豊富なら繁殖する。

食性は夏は昆虫などの肉食中心であるが、冬は果実や種子などの植物食が中心となり、春にはサクラの花の蜜を吸ったりもする。スズメのように花ごと落してしまうことはなく上手に嘴を差し込んで蜜を吸う。しかし果実は大好物であるから、庭の果樹や果樹園には、かなりの悪さをやってくれる。まあ、彼らの立場で見ればいたしかたないのも事実ではある。

そうしたわけで、人に敵意が感じられるからなのか、比較的注意深く、あまり傍には近寄れないが、ギャアギャアと喧しく鳴くこの鳥も、よくよく見ると、黄色い口元に赤い頬と、なかなか可愛いものである。

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ジョウビタキ2

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~振り返る目線が可愛い~

冬になって、野鳥たちを見たり撮影する時間が大きな楽しみになっている。

ジョウビタキについては、以前にも書いた。派手ないでたちで縄張り意識も強く気丈なオスの画像を貼って、それに比べてメスはもっと優しく可愛いイメージと書いたが、今回はそのメスの画像を貼ってみた。

どうだろうか、小さな野鳥で、ここまではっきり雌雄の性格の差を感じるものは少ないかもしれない。おとなしめの地味な色でありながらも、ホワッとした柔らかそうで温かみのある羽毛の色も、クリッとしたつぶらな目許も、まさに可愛いというほかない器量ではないだろうか。

チッチッっと鳴くオスと比べて、小さくクックッと低く鳴くメスは、地味な羽色であることもあって目に付きづらく、野鳥探しをしていても、気づいたときには、自分のすぐ傍にいて驚かされるということも多い。

それにしても、こんなに小さく可愛らしいのに、春になるとまたサハリンや中国へと渡って行くというのだから、野生の生き物たちの力は底知れない。

前回ジョウビタキについて書いた1年近く前には、機敏で正確なAFを備えた超望遠レンズが欲しいと書いたが、なんとかそれらしきものを手に入れることが出来たので、この冬は、幾度となく撮影の機会があってうれしい。

関連記事>ジョウビタキ(1)
画像>四季の扉「ジョウビタキのメス」

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カマキリの産卵

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~これが最後の産卵になるだろうか~

我が家の庭で、初冬となってもときおり姿をみせ、活動を続けていたオオカマキリのメスが、今日はヤツデの樹上に産卵していた。何回目の産卵になるのか、季節から見て、おそらくこれが最後になるのではなかろうかと思われる。

カマキリは一度卵を産んでも、餌をとって栄養を蓄えれば、また産卵を繰り返すことができる。カマキリの産卵方法であるふかふかの卵の入った塊のようなものを「卵のう」(※注)というが、カマキリは生涯にその卵のうを3、4回形成して産卵をするようである。

メスの卵巣にはかなりの数の卵があるらしく、卵のうには200個くらいの卵が入っているようであるが、その卵のうを20個ほどつくれるくらいの卵が卵巣に保存されているともいう。

そして、実際にどれだけ卵のうを残せるかというのは、産卵の間に摂れる餌の量で決まるようであり、卵のうの大きさも栄養や、また産卵回数によっても変わってくる。

そういう要素もあってか、冬になってから今日産んでいた卵のうはちょっと小さめのものに感じられた。

※注:両生類(モリアオガエルやサンショウウオ)やクモの仲間には卵のうを産むものが多い

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モズの高鳴き

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~高鳴きをしているオス(左)とメス(右)~

秋も深まり、空は抜けるように蒼くなってきた。雲はベールのようにたなびいて、いっそう秋らしさを増す。

その抜けるような秋の空にそそり立つ樹の先端「キィーキィーキィー」というよく通る鳥の声が聞こえてくる。
モズの高鳴きである。

小さな姿ながら、攻撃力のある体を持ったモズが、自分のなわばりへの侵入者に対して発する威嚇の声であるり、秋から冬の風物詩でもある。

モズは繁殖期には一夫一妻で仲良く子育てするが(注)、秋から冬にかけては、オスは単独のなわばりを持ち、メスを排除する。メスはメスで、あまり良い環境とはいえないところに追いやられるが、それでもそこでなわばりを構え、雌雄ともに高鳴きでなわばりを主張する。

モズは狩をする鳥であって、繁殖時以外は自分のなわばりの中で孤高なハンターとして過ごすということになる。体は小さいが、クチバシは猛禽類のように肉を引き裂くのに適した形であり、獲物の急所である頭や首などに噛み付いて、確実にしとめる。カエルやトカゲなどを捕らえることは、はやにえ(木の枝に獲物を刺す行動)などでよく知られるが、時には自分より大きな鳥さえも一撃でしとめてしまう。

ところで、ここで使った2枚の雌雄のモズの写真。あまりいい写りではないのだが、これを使ったのは、この2枚が実はほとんど同じ場所にある樹のてっぺんを写したものだからである。メスの画像は昨年の秋、オスの画像はこの秋撮影したものだ。オスがなわばりからメスを追い出すから、メスは少し悪い環境でなわばりを作ると上に書いたが、同じ場所でも年によって環境価値が変わる又は環境がランクアップしたのだろうか、それとも単なる好みや偶然か。

(注)モズはつがいで仲良く子育てをするものの、調査によると子をDNA鑑定すると、約10%はつがいのオスの子ではないらしい。

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カマキリの共食い

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~カマキリのオスは本当に子孫繁栄を願って死んでゆくのか~

朝の散歩から帰ってくると、玄関先でお腹の大きなオオカマキリのメスが、カマキリの残骸らしきものをくわえているのに出会った。「おいおい、やっちまったね」とオオカマキリに声をかけ、その真下の地面を探してみると、そこには確かに紫色のオオカマキリの後翅が落ちていた。
落ちている翅はかなり大きい・・・もはや、確かめるすべはなくなっているが、おそらくこれはメスの翅であることに間違いない。

よく「カマキリは産卵するために、交尾したあとメスがオスを食う」と言われる。そしてさらに、産卵前のメスが栄養をたっぷり取ることでいい卵が産み落せそうだからであるのか、「いい子孫を残すためにオスは犠牲になるのだ」とまでもいわれる。しかしながら、実はそれは正しくはない。

カマキリは、「共食い」という行為自体は確かにする。それは、朝、私が見たとおりである。けれども、カマキリにとっては、共食いもへったくれもないようで、「動くものなら何でも喰らい付く」のが真相である。

飼育下で、繁殖させる目的で雌雄をいっしょに飼うと、どうしても狭い環境下にあって逃げ場のないオスは、体の大きなメスに食われてしまう。それが先の迷信的な誤認の原因であると思われるが、実際のところ、自然界においては、カマキリのメスがオスを食べてしまうことは、メスがメスを食べてしまうことよりかえって少ないようである。メスのほうが丸々太っているから、動きは鈍いのは確かだろう。

オスは、交尾するときにも、メスに食べられないようにうまく近づく方法を知っているようであるし、普段の生活時には、カマキリはそれぞれの場で活動し、なかなかカマキリ同士が近づくということはないうえ、広い自然の中においては、たまたま出会っても、それなりにうまく逃げているようだから、共食いはそうそう頻繁にあるということでもないようである。

カマキリのオスが子孫のため、わが身を糧にするという話は、なかなか興味深そうな話ではあるけれども、自然界はそんなに人情深くはないようだ。

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3匹のカマキリ

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~樹上で構えるオオカマキリ~

我が家の庭に、3匹の種類の違うカマキリがいて、それぞれがいつもだいたい決まったところでじっと身構えている。全部で3匹だけではないと思うが、今年はこの3匹がやけに目だって目に入る。

3匹は、オオカマキリ、コカマキリそしてハラビロカマキリの3種。それぞれテリトリーが違っていて、狭い庭でも競合することなく棲み分けているようだ。

気の荒いカマキリではあるけれども、よくよく見れば、その仕草もちょっと可愛らしく見えるものだ。とくに比較的小型のコカマキリやハラビロカマキリなどは、威圧感もさほどないだけに、鎌を振り上げてこちらを威嚇してみても、なんだかたかが知れててむしろ撫でてやりたくなってしまう。

オオカマキリは、かなり強力。様々な昆虫ばかりでなく、時には小さなカエルやトカゲまでも鎌で捕らえて食べているのを見ることもあるほどだ。
よく似たカマキリ(チョウセンカマキリ)に比べると、体がすこし大きくて、後の翅が濃い紫色をしているのと、鎌の付け根の間に黄色い部分のあるのが特徴である。

ハラビロカマキリは、明るい緑色の体色で、その名のとおり腹はちょっと太めである。鎌の付け根に、黄色いイボ状の突起がいくつかあるのが特徴で、樹木にいることが多い

コカマキリは、たいてい体が茶色系で小さく細めである。鎌付け根の内側に黒白の班があるのが特徴で、地表を歩き回っていることが多い。

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~コカマキリ~            ~ハラビロカマキリ~

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ミヤマカラスアゲハの光沢地域差

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Photo : Nikon E5700
~目を奪われる美しい翅~

先月下旬に栃木の林道で主に蝶・トンボを見てきた。
走って来た見通沢林道ほかの様子は本サイトのツーリングレポートを参照いただきたいが、ここでは、同レポにも書いたが、ミヤマカラスアゲハの光沢について書きたい。

ミヤマカラスアゲハは、黒地の翅に美しい青緑系の光沢があるカラスアゲハによく似ており、更にそれに輪をかけて鮮やかな光沢がある大型のアゲハである。夏の林道では、比較的よく見かけ、水場でオスが大集団で給水しているところなども、よく見ることができる。

このミヤマカラスアゲハの、ときにブルー系、ときにグリーン系の反射光沢色は、経験上、どうも地方によって違いがあるのではないだろうかというのが、レポで投げかけた疑問であったが、いろいろ調べてみようと思ったものの、どうも、その答えにすぐには行きつけそうではない。

ミヤマカラスアゲハの給水は、オスが生殖に必要なミネラルを採るための行動ではないかというのが有力説である(給水行動はオスにしかみられない)。
その給水や幼虫の時に摂取する植物から、その地方の地質が含む、特有の金属元素を体内に採りこむこととなり、それが世代に渡って蓄積し、金属の特長によって発色の作用が出るのではないかというのが、はじめに想像したところであったのだが、よく考えると、蝶の翅が金属光沢に見えるのは、細かい凹凸からの反射によって生じる光の干渉であって、そこに実際に金属があるからというのではないのだから、ここで仮説はいきなり怪しくなる。

そうなると、なんとなくの経験上で決めつけていた地域による光沢色の差異という現象自体が、そもそも本当に存在するのかどうかというところからもう一度見なおす必要がある気がしてきた。
話は降り出しに戻ってしまったわけだ。

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ナナフシ

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Photo : Nikon D200 / AF-S DX VR Zoom Nikkor ED 18-200mm
~小枝のような体と節~

先週末、雨の早朝、林道大名栗線(埼玉県)を走ってきた。

天気のほうは生憎でも、車で走る林道は、それなりの楽しみがある。特に春から夏にかけてのこの時期は、とにかく草木の緑が生き生きとして見える。

道にややかぶさり気味の木々の枝を掻き分けながら走り、ときおり気になるところで車を停めては、野外を歩いて回る。いつもながらのわがままな自然探索だが、車のボンネット上になにやら緑の木の枝が落ちている。いや、木の枝ではなく、そのように見える昆虫、ナナフシだった。

どうも、木々を分けて走るときに、ボンネットの上に振り落としてしまうらしい。一回でなく何回も同じようにナナフシを見つけることが出来た。ずいぶんたくさんいるものだ。

せっかく木の枝でのんびりしていたものを、ごっつい車で振り落としてしまってかわいそうなので、つまんで木の枝に乗せてやると、その場であっという間に擬態モードに入ってしまった。
まあ、見事に木の枝のように振舞ってはいるのだが、なにぶん自分がつまんで放った場所なのだから、いくらなんでも木の枝はでなく、ナナフシそのものに見えるから滑稽なばかりである。

ナナフシがこうして木の枝に擬態していることは、よく知られているところだが、ナナフシの卵というのが、また著しく木の実に似ているということはあまり知られていないだろうし、見たことがある方も少ないのではないだろうか。

ナナフシは不完全変態の昆虫で、カマキリのように、幼虫も成虫とほぼ同じ形態をしていて木の枝に擬態する。つまり、卵から成虫まで、一生通して擬態して暮らしている昆虫なのである。
そこまでしなくても、あまり美味しそうな体つきには見えないのであるが。

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ホタル・房総のゲンジボタル

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Nikon D200 / SIGMA 24mm F1.8EX DG
~左が源氏、右は平家、光の周期が違う~

昨年、ヒメボタルとヘイケボタルのことをここで書いたが、読み返して見たら、なぜかゲンジボタルの題名では何も書かなかった。

そこでというわけではないのだが、昨晩、房総の山中にゲンジボタルを見に行ってみた。林道仲間から生息地の情報をいただいたので赴いて見たが、あいにく時間や天候が良くなかったか、大群生は見られなかった。それでも、数匹のゲンジボタルの力強い光は見ることができた。

房総の各地には、人為的に保護されているところも含めて、まだまだ、ゲンジボタルを観察できる所は残っている。房総のゲンジボタルは、もともと長いゲンジボタルの発光周期にもまして、長々と光りっぱなしが続き、5秒~6秒くらい光っているものも少なくない。

ゲンジボタルは、ヘイケボタルと並んで人に馴染み深いホタルである。旧来に比べてやはりその数を減らしたとはいえ、まさに日本のホタルの代表種であって、その大きさ、明るさからみても、ヘイケボタルやヒメボタルに比べて、堂々として見える。

代表的な3種のホタルの見分け方だが、簡単にまとめると次のようになるだろう。

(1)生息地、見ごろ
ゲンジボタル:流れのあるやや清流。5月終わりごろ~7月初めごろ、関東では7月2日ごろが最盛期になるらしい。19~20時くらいがピーク。
ヘイケボタル:流れの少ない、又は止水、谷津田など。6月~9月と少し遅め。時間はやはり20時くらいか。
ヒメボタル:他の2種と違い、幼虫が陸生なので水は必須ではなく、森の中にいる。時期は5~6月で、21時以降の夜更けでかつ、光がまったくといっていいほど届かないところに出る。

(2)光り方について
ゲンジボタル:明るくゆっくり明滅する。明滅周期は2秒(西日本)~4秒(東日本)。なお、房総のゲンジボタルは、明滅周期がかなり長く、6秒くらい光っていることもある。
ヘイケボタル:やや弱く、明滅の周期は1秒くらいであるが、ひと周期の間にも明るさに揺らぎがあることが多い。
ヒメボタル:フラッシュ状に明滅するので特徴的で分かりやすい。

(3)形状について
ゲンジボタル:15~30mmくらいと大きい。特に大きいのはメスのほうである。背中(胸部)の赤い部分にプラス(+)のような黒い文様があることが多い。
ヘイケボタル:10~12mmと小さい。背中の赤い部分に一本の黒い筋が入る。これを「ゲンジはプラス、ヘイケはマイナス」というらしい。
ヒメボタル:10mmに満たず、かなり小さい。背中の赤い部分の黒い模様は、縦方向に伸びない。

いまキーボードを叩いているパソコンの無線LANカードが、ホタルとそっくりな黄緑色の光を点滅させている。長く安定したこの光り方は、さしずめゲンジボタル系といったところである。

※画像は、左のゲンジボタルは房総山中、右のヘイケボタルは、我が家の近くの谷津田での撮影)

※過去の関連記事
ホタル・房総のヒメボタル
ホタル・近場のヘイケボタル

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